ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

苔とあるく  

苔とあるく
蟲文庫店主 田中美穂



コケについての本を読もうと思って以降、長らく楽しみにしていた本を入手。

フィールドワーカーがコケに嵌っていく疑似体験として、
コケの謎―ゲッチョ先生、コケを食う」(レビューはこちら)を紹介した。
ゲッチョ先生はゲッチョ先生で十分楽しめるのだが、入門書ではないため、
それを読んでフィールドでコケ探索ができるかというと、ちょっと無理である。
また、多数のスケッチはあるものの、写真ではない。

一方、本書は、徹底してコケの楽しみを伝えよう! という愛情に溢れている。
多くのカラー写真、観察の仕方、採集方法、整理方法、著者の使用している顕微鏡類。
またコケの栽培、コケの本、コケを通じた交流まで。

いわば、「苔と(人生を)あるく」という本だ。

カラー写真・イラストページと説明ページが交互に現れ、飽きることもない。

身近なフィールドを満喫したいと思っている方に、最初に読むべきコケの本として、まずお勧めしたい一冊である。

なお、もし本屋(古本屋)で見つけたら、カバーを外してその裏側を見ていただきたい。
キュートな写真が潜んでいる。

【目次】
1 探索
2 観察
3 研究
4 採集
5 整理
6 啓蒙
7 実用
8 遠征
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category: 植物

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アルピニズムと死 僕が登り続けてこられた理由   

アルピニズムと死 僕が登り続けてこられた理由 (ヤマケイ新書)
山野井 泰史



「登攀」という言葉には、陳腐な言い方だが、ロマンがある。
そこにあるのは高みへの欲求、岩と雪との闘い、
技術と精神力、そして静けさ。
単なる僕のイメージにすぎないが、「登山」とは一線を画したものがある。
「単独登攀」なら、なおさらだ。

山野井氏は、1988年(23歳)にバフィン島(カナダ)のトール山の西壁を単独初登攀したり、
1990年(25歳)には、フィッツ・ロイ(3,441m)を冬季単独初登するなど、
ソロ・クライマーとして名を馳せる。

ところが、2002年(37歳)、ヒマラヤのギャチュン・カン北壁下山時、
岸壁の途中で雪崩に遭遇。冷気により視力も喪失、素手で降りざるを得なくなる。
この時、山野井氏は重度の凍傷に罹り、両手の薬指と小指、右足の全ての指を切断する。
(ザイルパートナーだった山野井妙子氏もほとんどの指を切断。)

岩をホールドする指の切断、右足の指切断によるバランスの不安定さがあるが、
それでも現在も山を登っている。生粋のクライマーと言えるだろう。

もちろん、なぜそこまでして、とも思える。
しかし、誰にでも、無理してでもやりたいことがある。
それを実行し続けるかどうかは、人それぞれの判断に過ぎず、他人がどうこう言う筋合いでもない。

むしろ同時代に、自分にはできないこと、自分には生きられない世界に生きている人の姿を見られる方が、有り難い。

本書は、山野井氏が自身のクライマー人生を、死を軸にして振り返ったもの。
子ども時代の無茶な冒険、
ギャチュン・カンでの遭難、
様々な知人の死などが綴られている。

一般論とするには余りにも特殊だ。
だが、だからこそ、本書を読まなければ、限界に挑むクライマーの生き方・考え方に触れる機会なんて、
到底無い。

「山」という文明から隔絶された世界を「本」にするという文化は、考えればとても不思議な話なのだが、
そのおかげで結実した一冊である。

【目次】
第1章 「天国に一番近い男」と呼ばれて
第2章 パートナーが教えてくれたもの
第3章 敗退の連鎖
第4章 2000年以降の記録より
第5章 危機からの脱出
第6章 アンデスを目指して
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category: 趣味

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2015夏休み 出会った生きもの  

2015夏休み 出会った生きもの
 
なかなか旅行まではできませんでしたが、例年通り広島へ里帰り(僕の実家ではありませんが)。
できるだけ色々な生きもの(特に昆虫)を見つけよう、という裏課題を設定しました。
何しろ、先日昆虫観察イベントをお手伝いする機会があったのですが(説明要員ではなく安全要員として)、
自分がほとんど昆虫を知らないことを再確認したためです。

それにしても、これまで、標本作成も抵抗があり、写真だけで進めていましたが、
満足に写真が撮れなかったり、そもそも識別点を撮影してなかったり。
昆虫はやはり標本を作らないと、なかなか覚えられないなあ、というのが実感です。

さて、では出会った生きものの一部を紹介しましょう。

まず出迎えてくれたのはニホンイモリでした。
201508HM (6)
先に到着していた姪が捕獲していたもの。乾燥気味の香川では、なかなか偶然会う事もなく、久し振りです。

また、庭ではカナヘビの幼体を捕獲。
ひっくり返してそっと腹を撫で続けると、固まります(ちゃんと生きていますよ)。
甥っ子が夢中でした。
201508HM (2)

さて、昆虫。
別の樹ではミヤマクワガタも捕獲していましたが、
姪が仕掛けたスイカトラップには、ヒカゲチョウが渡来。
まあ、まじめに夜とか早朝に見ていなかったので、去ったのかもしれません。
201508HM (1)

地面に埋めたトラップでは、つまみも兼ねてサキイカを投入。まあ遊びなので何でも良いのです。
主にオオセンチコガネと、ニシムネアカオオアリが来ました。
ニシムネアカオオアリ、分布を見ると愛媛・広島・九州と、変な分布ですね。
201508HM (5)
いくつかのトラップは、トラップごと動かされてました。ネズミ類等の仕業でしょうか。

また陸貝も探索。こちらはナミギセルガイでしょうか。持ち帰って現在飼育中。
201508HM (3)

ヤマクルマガイもいました。
三角の蓋がありますが、体が出ると、この蓋が中央の窪みにピタっとおさまります。妻のお気に入り。
2015HM14

ニホンアカガエルも数回遭遇。背側線で、ヤマアカガエルと識別するとのこと。ふむふむ。
2015HM13

夜はクスサンが渡来。
2015HM12

オニヤンマも捕獲(姪が)。ここらへんは全て逃がしています。
2015HM11

また、桜の老木にてタマムシをゲット。
朽木に来るのは主に雌。雌雄の識別点は、腹の末端のかたちとのこと(へこんでいるのが雄)で、
この個体も雌でした。
201508HM (4)

その他にも昆虫・カタツムリ・鳥類等々観察しましたが、
やはり新しい発見というのは楽しいものですね。
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category: 雑記:日々のこと

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絵でわかる昆虫の世界 進化と生態  

絵でわかる昆虫の世界 進化と生態 (KS絵でわかるシリーズ)
藤崎 憲治



言うまでもなく、昆虫類は哺乳類とは全く異なっている。
だが、日本ではあまりにも日常的に遭遇するために、何となく昆虫について分かっているような気になっている。
だが、その構造、翅、環境耐性、食性など、様々な点において、
僕らの思い込みとは全く異なる生きものである。

本書は、そうした様々な昆虫の特徴を、多数のイラストと共に解説するもの。
例えば、昆虫の翅の駆動方法に直接飛翔筋駆動タイプ(トンボなど)と関節飛翔筋駆動タイプ(ハエなど)があること、
そしてハエでは機動性を優先させるために翅が2枚となり、一方、飛翔中の角角度を検出するための感覚器である平均棍が発達しているなど、あまり類書では見られない知見も盛り込まれている。

DNA方面の話題はほとんど無いが、従来からの伝統的な昆虫学の最新の教科書として、かなり有用だろう。
ただ、「絵でわかる」シリーズだからイラストが多用されているものの、
特にイラストが優れているわけではない(擬態の説明など、むしろ写真の方が望ましい場合もある)。

社会性昆虫の話題やバイオミメティクスなど、もちろん専門書を読むほうがベターではあるものの、
(例えばハチなら「ミツバチの世界 個を超えた驚きの行動を解く」(レビューはこちら)が詳しい)
巻末に参考文献も掲載されているので、ここから出発すれば良いだろう。

【目次】
第1章 昆虫の分類―進化的道筋と多様化―
 1.1 昆虫の動物における位置づけ
 1.2 節足動物とその特徴
 1.3 昆虫の系統分類
第2章 昆虫の形態とその機能―小さな体に潜む驚くべき特徴―
 2.1 基本体制
 2.2 一般的な形態特性
第3章 昆虫の飛翔性―空中への進出と繁栄―
 3.1 翅の発明
 3.2 飛翔筋の発達
 3.3 二次的な飛翔性の喪失
第4章 昆虫の環境適応―地球環境への挑戦―
 4.1 休眠
 4.2 耐寒性
 4.3 耐乾性
 4.4 移動分散
第5章 昆虫の食性―ありとあらゆるものを食べる―
 5.1 植食性
 5.2 捕食性
 5.3 寄生性
 5.4 捕食寄生性
 5.5 菌食性
 5.6 吸血性
 5.7 腐食性
第6章 昆虫の天敵に対する防衛―天敵から逃れる技―
 6.1 捕食者に対する防衛
 6.2 捕食寄生者に対する防衛
第7章 昆虫の繁殖戦略―オスとメスのかけひき―
 7.1 有性生殖と無性生殖
 7.2 精子競争
 7.3 同性内選択と異性間選択
 7.4 配偶システム
 7.5 オスとメスの対立―軍拡競走―
 7.6 繁殖干渉
第8章 昆虫の集合性と社会性―群れることの知恵―
 8.1 集合性
 8.2 社会性
第9章 昆虫の共生―昨日の敵は今日の友―
 9.1 送粉共生
 9.2 アリ共生
 9.3 微生物との共生
第10章 昆虫ミメティクス―昆虫から学ぶ科学―
 10.1 バイオミミクリーとバイオミメティクス
 10.2 工業技術への応用
 10.3 医療技術への応用
 10.4 農林技術への応用


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category: 昆虫

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角筆のみちびく世界―日本古代・中世への照明  

角筆のみちびく世界―日本古代・中世への照明 (中公新書)
小林 芳規



増補 書藪巡歴 (ちくま文庫)」(レビューはこちら)に、角筆が出てきた。

角筆とは、先のとがった木製の筆記具。これで書くと紙が凹むため、一見何も書かれていないようだが、角度によっては読むことが可能となる。

この角筆研究の第一人者である小林芳規先生の集中講義を大学院時代に受ける機会があり、香川大学図書館所蔵の和本と柴野栗山の栗山文庫の調査に同行させていただいたことがある。

その懐かしさもあって探してみると、何冊かご著書を発見。
そこで、最も手軽と思われる一冊を入手した。

本書は、小林先生と角筆の出会い、各地での研究、次々と発見される新たな事例といった経験を軸に、
「角筆」というモノに対する歴史上での認識の変遷、角筆そのものの発見、
個々の事例から判明したことなど、日本語学的な分野までも解説する。

角筆という筆記方法は、これまで知られていなかっだたけあって、
既に毛筆面では調べつくされた既知の文献上であっても、
そこに角筆が発見されると、あたかも新たに膨大な文献資料を発見したかのような状況となる。

特に、「一目見ただけでは見えない」という面から、
落書きのようなもの、イラスト、日常口頭音での書入れなど、
日本語史、地域文化史など、様々な方面での新資料となる。

その一例として、本書では大宰府の岩蔵寺の「宋版大般若経」六百巻を取り上げる。
その「大般若経」には多数の角筆による書入れがあり、
記載されていた内容から、鎌倉後期には、今は失われた明星寺という寺で用いられていたことが判明。
多くの寺僧の名前、当時の儀式手順などが判明した。
これなど、「角筆」という視点がなければ、到底知り得ない情報であった。

ところが、この貴重な「宋版大般若経」六百巻を、
昭和59年5月28日、ある若い僧が本尊の前に積み上げて、周囲に蝋燭を灯して祈りをあげ、やがてその火を用いて焼いてしまった。

焼失してしまったという事実には悲しみしかないが、
それでも角筆文献として精査されていたことは、唯一の救いだろう。

そう考えると、今も調査されずに放置されていたり、これまでに喪失した文献を考えると、
日本語資料としてだけでなく、歴史史料としても「角筆」として精査する重要性が痛感される。

例えば香川県でも、小林先生による調査により、次のような記事が掲載されたこともあった。
角筆が面白い ~旧高松藩士の獄中記発見から 3つの謎に迫る

お住いの地域でも、こうした事例は有り得る。
また旧家であれば、角筆文献を所蔵している可能性も無くはない。

実際に研究するか否かは別としても、
「角筆」という存在を知っていることは、古来から紙での文献が多く残る日本においては、
必須の知識ではないかと思う。

【目次】
角筆と角筆文献
 第一話 王朝物語の世界
 第二話 角筆文字との出逢い
 第三話 出現した"幻"の角筆用具
 第四話 埋もれた北九州の文化
 第五話 角筆文献の内容と言葉の性格
角筆の言葉
 第六話 女手のもう一つの世界
 第七話 王朝人の日常口語をかいまみる
 第八話 俗語を掘り起こす
中国大陸へ
 第九話 法隆寺金堂壁画から中国唐墓の壁画へ
 第十話 中国大陸二千年前の古代へ
角筆文献一覧(二百点)




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category: 歴史

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消えた伝説のサル ベンツ  

消えた伝説のサル ベンツ
緑慎也



高崎山のサルといえば、先般シャーロット王女と同じ名前をサルに命名したことで話題となったものである。
結局はそのままの名前で行くことになったようだ。
命名も853通の応募のうち最多の59通だから、
話題となったのも多数の批判があったから、とのこと。
正直、その時々の、個々人の感性と主張、特に大声を出した方に振り回されているだけのような気がしたものである。

さて、そんなことはさておき、
本書の主役は「ベンツ」という猿である。貫禄十分だったからベンツと名付けられたという。
表紙には、凛とした表情でいるベンツの肖像画。ただ者ではない。

高崎山には、かつてA、B、C群の3群があった。
ベンツは、1987年、最年少の推定9歳で、生まれ育ったB群のボス猿(現在はαオスという。以下もその用語を用いる。)となった。
ところが、生まれ育ったB群では近親交配の可能性が高く、ぺアがあまり成立しない。
そこでベンツは、1990年2月、C群の雌ザルを追い、B群を離脱。
一転してB群の最下位となる。
ところが着々と実力を見せつけ、2000年にはナンバー2となる。
そして2011年2月、ついにC群の第9代αオスに就任する。
ただこの時点で、既に推定33歳、人間だと100歳以上だった。

その後、高齢となったベンツは失踪。誰もが死んだと思っとき、
約6kmも離れた市街地で発見・保護される。

もうαオスとしての復活は無理だろうと思われたが、
何とナンバー2だったゾロメが率先して服従し、見事αオスとして復活。
ベンツを記念して銅像が作られたが、それが披露される5日前に再び失踪。
そしてついに、死亡宣言がなされた。

最年少でαオスとなったベンツ。
初めて、異なる2つの群でαオスになったベンツ。
失踪後もαオスの返り咲いたベンツ。

その力強い生涯が、本書では多くの方のインタビュー、記録をもとに丹念に記録されている。
その中で明らかになっていくのは、人による餌付けの影響である。

群が分裂するほど個体数が増加したこと。
上位になるほど、自分の育った群では繁殖が困難になること。
また、分裂した群が維持できなくなり、争わなければならなくなったこと。

全てが人間の餌付けが起因となっている。

本書は、そうした人と野生動物の係わりに翻弄されつつ、
αオスとして生き続けた一匹のサルの、おそらく世界でも稀有な詳細な記録である。

本書により、餌付け問題、有害鳥獣駆除、野生動物の観光化等、様々な問題を考えることができるだろう。
そして、そうした問題を我々は考えなくてはならない。

だが、そうした問題はさておき、その環境の中で力強く生き抜き、
「高崎山最強」「名誉ボス」の称号を得たベンツの一生に、敬意を表したい。

嬉しいことに、YOUTUBEに、失踪後にαオスに復帰したことを確認した時のニュース映像があった。

ぜひ、一度ご覧いただきたい。


【目次】
序章 幻のサルを追って
1 高崎山のベンツ
2 最年少のボス就任
3 友情と裏切り
4 群れを守る
5 武闘派の台頭
6 出生の謎
7 失踪と捜索
終章 なぜベンツは人々を惹きつけるのか
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category: 哺乳類

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コケの謎―ゲッチョ先生、コケを食う  

コケの謎―ゲッチョ先生、コケを食う
盛口 満



フィールドを歩いていると、様々な生きものが気になってくる。
なかなか手を出す機会がないものの、
調べたくなった時のために、図鑑だけは購入している動植物群がいくつかある。
特定種に拘らない生きもの屋だとありがちな習性である。

僕の場合は、シダ、コケ、クモ。
鳥を探してフィールドに出ると、移動中にこれらに出会う機会が多い。
だが、最初の一歩がなかなか踏み出せないままでいる。

ただ、その「一歩」を踏み出せば、新しい世界が開けるはずだ。
それを疑似体験させてくれるのが、盛口満氏の諸本であろう。

特に盛口氏の場合、気にはなるけど手は出しにくい分野が多いのが、嬉しい。
ゲッチョ先生のナメクジ探検記」(レビューはこちら)では、ナメクジ。
雨の日は森へ―照葉樹林の奇怪な生き物」(レビューはこちら)では、冬虫夏草への扉を開いてくれた。

そして本書は、タイトルどおり「コケ」である。
コケが少し気になりつつ、でも一歩を踏み出す気にならなかった盛口氏が、
ふとしたはずみでコケの世界へ足を踏み出し、様々な発見や驚きを綴っていく。

・ギンゴケは世界的広域種であり、街中にも南極にも生息していること。
・コケには雄株と雌株が別株のコケがあるが、同時にで無性芽でも増加できるものもあり、
 それが分布拡大に効果的となっていること。
・教科書でよく聞くゼニゴケにも雄株と雌株があるが、10cm以内にないと受精できないため、
 多くは無性芽で増加していること。
・日本の蘚苔類は、蘚綱 約1030種、苔綱 約620種、ツノゴケ綱 17種で、約1600種であること。

我が家の裏庭にもスギゴケらしいものが生えているが、
今後は道端のコケにも注目である。新しい視点が得られる一冊。

【目次】
1 コケ屋という病にかかる
2 コケって何?
3 そうだ、京都へ
4 南の島の不思議な事情
5 東京でコケ探検
6 そして、それは持病になった


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category: 植物

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ハトはなぜ首を振って歩くのか   

岩波科学ライブラリー ハトはなぜ首を振って歩くのか
藤田 祐樹



街で見かけるドバト。
20150118ドバト2

そして、公園で出会うキジバト。
いずれも、歩くときに首を前後に振るのが、とても特徴的である。

「なぜ首を振って歩くんですか?」
野鳥観察会を開催していると、時々こうした質問をもらうことがある。

待ってましたとばかりに、
「あれは、首を振ることで視界を安定させているノデスヨ」と答えている。

しかし実のところ、どうやってそれが解明されたのか、
「視界を安定させる」とはどういうことなのか、
また、なぜハト類は首を振るのに、他の種では振らないやつがいるのか、
「歩く」ということとの関係は、
ホッピングする鳥ではどうなのか、などなど、
正直言うと知らないことばかりだったのだと、本書で気づかされた。

本書は、「首振り」という動作に注目して、それを徹底的に追求していくもの。
一見マニアックだが、
動きと視界という関係と考えれば、非常に一般的なテーマでもある。

まだ全てが解明された訳ではなく、本書でも多くの疑問と仮説が生まれている。
果てして野鳥を見る時に、こうした「不思議」に気づいているだろうか、
こうした「不思議」を伝えられているだろうかと、自身の漫然としたバードウォッチングを反省させられるとともに、
新しい知識を得られる、とても素晴らしい一冊である。


【目次】
1 動くことは生きること
2 ヒトが歩く、鳥が歩く
 コラム 間子の七不思議
3 ハトはなぜ首を振るのか?
 コラム 首振りとの運命の出会い
4 カモはなぜ首を振らないのか?
 コラム ハンブルグにおけるユリカモメのハト化
5 首を振らずにどこを振る
エピローグ たかが首振り、されど首振り-身近な動物観察のススメ
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category: 野鳥

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円空と木喰―微笑みの仏たち  

円空と木喰―微笑みの仏たち (ToBi selection)
小島 梯次



時折り、メディアで円空作の仏像が鳥取り上げられる。
単なる木端に刻まれた、独特の仏像。いや、もはや一般的な仏像ですらないような姿であり、
一見して「只者ではない」と感じる。
しかも、どうも日本中に沢山あるらしい。

でも、円空って何者だ?
そんな疑問がずっとあったのだが、運よく本書に巡り合った。

円空は、江戸時代前期の仏師。というより、修行僧。
寛永9年(1632年)から元禄8年(1695年8月24日)に没するまで、その60年余りの障害の間に、数千の仏像を各地に残した。現在までに発見されたものだけで約5000体以上、北海道から奈良県まであるという。
何より特徴は、その独特な仏像の風貌。
本書では「抽象性」と「面の構成」と記しているが、その仏像のインパクトは圧倒的である。
ただ、非常に簡略化されものというイメージがあったが、本書収録の諸仏像を見ると、
極めて優れた仏像の方が多い。
むしろ、どんな木端も仏像となす、という意識の現れと感じられた。

一方、本書で新たに知ったのが木喰。
こちらも1718年(享保3年)から1810年(文化7年)、江戸時代後期の修行僧である。
その生涯は約90年だが、なんと60歳を過ぎてから仏像を彫り始めている。
しかも80歳に彫った仏像に、初めて「心願日本千躰ノ内」と1000体を彫る願を立て、
90歳になって「日本二千ノ内ナリ」と2000体に目標を変更している。
なんとも驚嘆すべきバイタリティである。

さて、円空の仏像が「抽象性」と「面」だった。
一方木喰の仏像は、「だんごっ鼻」と「微笑」である。
かといって、迫力がないわけではなく、
僕はその不動明王像の写真に圧倒された。いやはや、すごいエネルギーであった。

円空、木喰とも、その親しみやすさゆえか、子どもたちが浮き木として遊んだとか、
ソリとして使ったから顔が削れたとかの像がある。
江戸時代に各地を旅し、仏像を残した僧。
その姿も面白いが、そうした僧がどんどん仏像を彫り、残していったとき、
地元の人々はどのように受け入れていったのだろうか。
想像するのも面白い。

さて、円空仏は香川県には無い。
だが木喰は、四国を二度訪れ、天明7年(1787)11月19日~25日、
天明8年(1788)2月11日~13日の二回、金刀比羅宮を参拝している。
その縁でか、高松市鬼無の円蔵寺と、坂出市加茂町の鴨神社に仏像(鴨神社のは神像)が残っている。

本書7pには、その鴨神社の神像が掲載されており、非常に嬉しいのだが、
「愛媛県」坂出市加茂町というキャプションとなっていたのは涙である。

【目次】
はじめに
序 二人の造仏聖
庶民が信じる神と仏
本願としての神仏造像
作像も開眼も一人で
第一部 円空──木端にまでも仏の慈悲を
 仏の功徳を国中に
 誕生
 開眼
 展開
コラム 円空の歌
第二部 木喰──満面の笑みにあふれる慈愛
 二千体造像への旅
 誕生
 開眼
 展開
コラム 木喰の歌
特集 円空と木喰の絵
終わりに 庶民信仰に息づく仏たち
感動をもたらす「微笑み」
巻末資料
 円空年譜/木喰年譜
 円空仏のおもな所在地
 木喰仏のおもな所在地
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category: 美術

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ちいさなカタコト*イタリア語ノート―フォトエッセイとイラストで楽しむ  

ちいさなカタコト*イタリア語ノート―フォトエッセイとイラストで楽しむ
高坂 千秋



本書は文法を省略し、空港、ホテル、バールなど、
各シチュエーションごとに、ごく基本的な挨拶・受け答えを紹介する。
単語や活用なども省略されているため、本書だけで会話するのは難しそうだ。
でも一方で、「まずどう言うか」、イタリアではどうはなしながら振る舞うべきか、という点について具体的に紹介されているため、旅行の際には参考になるだろう(と言いながら、僕はイタリア旅行をしたこともないが)。

また本書の特色として、公共交通機関のチケットの使い方、
イタリアからの郵便物の発送方法、
著者の失敗談などもあり、イタリア旅行の手引きとしても楽しめる。

いつかイタリアと思ってイタリア語を勉強している方も多いと思うが、
実際にイタリアに行くことをイメージでき、
モチベーションを高めるのに良い一冊と感じた。ああ、イタリア行きたい。

ちなみに本書、フランス語や英語、ドイツ語など多言語もある。

【目次】
序章 ちいさなイタリア語文法
第1章 カタコト*イタリア語基本編―イタリア通になるための大きな一歩
第2章 カタコト*イタリア語実践編―旅行中、この時、ここで、こういう場合
第3章 カタコト*イタリア語でBuon Viaggio!ローマからの旅‐ナポリ・ポンペイへショートトリップ!―悠久の歴史を感じる旅
第4章 憧れのイタリア通になるためのイタリア基礎知識
イラストマップで巡るローマ*ハイライトツアー:ちいさなイタリアおみやげ案内
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category: 語学

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インフルエンザ21世紀  

インフルエンザ21世紀
瀬名 秀明



新型インフルエンザ、SARS、エボラ。ニパウイルス、西ナイル熱、MARS。
21世紀は、感染症-それも人畜共通感染症とか新興感染症とか言われるタイプの時代である。

中でもインフルエンザは、スペイン風邪の記憶、そしてインフルエンザウイルスに対する理解が深まることによって、
おそらくパンデミックが避けられない-そして場合によっては、スペイン風邪のように猛威を振るう-感染症であることが確実となった。
そして2009年から2010年にかけ、いわゆる新型インフルエンザ(A型、H1N1亜型)が発生する。

2009年新型インフルエンザの発生に際しては、日本でも検疫や最初期の兵庫での発生での混乱(というか情報錯綜)があった。だが、やがて想定していた程の高病原性ではないことが判明し、日本ではかなり流行したものの、
2009年新型インフルエンザも、通常のインフルエンザと同レベルの記憶になっていると思う。

だが、それが良いことだったのか。

本書は、2009年新型インフルエンザの発生に際し、2009年12月刊行という極めて早い時期に、
WHO、医師、行政、インフルエンザウイルス研究者、公衆衛生学者、看護師など、
様々な「現場」の実態や課題をインタビューし、網羅した一冊である。

僕としては目につく感染症関係の本は読んできたが、WHOの進藤奈邦子氏、押谷仁、センダイウイルスなど、
本書の守備範囲は正しく広く、適切と感じた。

実際のところ、もう「新型インフルエンザ」という言葉は、多くの人にとっては2009年新型インフルエンザだろう。

だが、インフルエンザウイルスの構造上、今後も新たな「新型インフルエンザ」は発生しうる。

そして、インフルエンザだけでなく、SARSやエボラなど、世界中の感染症がパンデミック・アウトブレイクする可能性はある。(ちなみに、パンデミックとアウトブレイクは全く別の意味である。)

日本は今後、どのような感染症対策ができるのか。
新型インフルエンザの経験を通し、いったい何を学んだのか。
そして何より、個人個人は、どう考えるべきなのか。

「自分は重症化しないから、罹ってもいいや」と思ってしまうと、感染の鎖が続いていく可能性がある。その鎖が続いていった先には、必ず重症化する人が出てくる。みんなの努力で社会を守るという発想が大事なのです。


押谷氏は、講演でこう訴えている。

2011年の東日本大震災以降、どうしても危機管理というと、地震・津波などの自然災害対策にウエイトがあるように感じる。
だが、感染症も終わったわけではない。
「新型インフルエンザ」は過去のものと思っている方にこそ、ぜひ読んでいただきたい。

【目次】
第1章 二一世紀のパンデミック
第2章 糖鎖ウイルス学の挑戦
第3章 ディジーズ・コントロール
第4章 時間と空間と呪縛を超える
第5章 想像力と勇気

▼SARSについては、こちらをお勧めする(レビューはこちら)。


▼WHOの新藤氏によるもの。レビューはこちら

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category: 感染症

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