ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

鉱物の不思議がわかる本 (図解サイエンス)  

鉱物の不思議がわかる本 (図解サイエンス)
松原 聰




鉄や銅はもとより、ダイアモンドや金といった宝石も鉱物である。
科学技術の発達は、いわば鉱物利用史でもあると思うが、それにしては知っていることが少ない。

また、自然の一部としての鉱物にも興味はあるものの、やはり敷居が高く感じている。

その一旦は、僕個人としては「分類がよく分からない」ことにある。
◯◯石、◯◯鉱と言われたところで、その分類(類縁)関係が良くわからないと、
単なる羅列にすぎない。

この点、本書は「不思議がわかる本」というタイトルだが、
むしろ鉱物カタログとして非常に美しく、かつ理解しやすい一冊である。

本書は、おおむね3章からなる(目次にある4章目は、オマケ程度)。

第1章は、鉱物の不思議というタイトルで、代表的な鉱物(ダイアモンドや金)、また興味深いトピックス(石で絵を描く、薬になる石等)について、各2p程度でまとめたもの。
内容的には、様々な鉱物ガイドにも取り上げられているようなものだか、美しいカラー写真が多用されていて、わかりやすい。

第2章は、「しくみ」とあるが、結晶、硬度、比重、色や条痕による分類といった話が収録されている。
ここで、鉱物を「見分ける」基礎知識が得られる。

そして第3章、鉱物図鑑である。
これが非常にわりやすく、結晶、劈開、光沢、産地、硬度、比重、色、条痕色、化学組成といった基礎データをはじめ、
各鉱物の特徴、人類の利用形態等が簡単にまとめられている。

そして、これが元素鉱物・酸化鉱物・リン酸塩鉱物・ハロゲン化鉱物…と分類されて並べられていることで、
各鉱物の類縁関係や、違いが非常に明瞭になっている。

用いられているカラー写真も美しく、コレクション欲をそそられることもあるだろう。

さて、本書で初めて知って恥ずかしいのだが、実は僕は、長らくなぜ青銅器文明が先で、鉄器が後かよく分からなかった。
どちらも精錬には技術が必要だし、とすれば自然界により多い鉄の方が先に利用されるはずじゃないの、と疑問だった。

そこで、本書である。
銅は、自然銅として天然で産出されるが、鉄は黄鉄鉱や赤鉄鉱など、化合物として産出する。
だから、原材料の入手しやすさから、銅が先に利用されたのだった。
ちなみに鉄は、上記のとおり化合物で産出されるため、文明の初期には、むしろ隕鉄がよく原材料として使われた。
実際、エジプト・イラク・アナトリアなどで出土した、紀元前3000-2000年前の最古の鉄器は、全て隕鉄を原料としているという。なるほどねえである。

▼著者による鉱物採集の入門書もある(レビューはこちら)。
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category: 地学

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とりぱん(18)  

とりぱん(18)
とりの なん子



生物系エッセイ・コミックの先駆け、かな。
だいたい半年に1巻ペース。
自宅に設置した餌台を訪れる野鳥たちの話がメインだが、
その他、日常の端々に現れる様々な動物・昆虫・植物が取り上げれる。
野鳥保護の面からちょっと危なっかしい時もあるが(特に一般の投稿者が保護した野鳥をそのまま飼育しているとか)、
とりあえず動植物を気軽に・身近に愉しみ、慈しむという点において、
凡百の本よりも影響力は大きい。

今回は、アメリカ旅行での野鳥も紹介されており、
ややマンネリ化したところにスパイスが効いている。

それにしても、「とりぱん」を読んでつくづく感じるのは、日本の多様性である。
僕の住む香川県では全く「身近な」鳥種が変わる。
また、こちらでは滅多に見られない積雪時の行動など、いつもながら驚きや発見がある。

各地の読者が、それぞれの故郷と照らし合わせながら楽しめる。
日本の生物相の豊かさを気軽に楽しめるものとして、未読の方にもお勧めしたい。


---  蛇足  ----
蛇足なのは重々承知の上で、お願いである。

本書に憧れて、安易に大量に給餌したり、
巣立ち雛や傷病鳥の不必要なまでの長期飼育などはしないようにしていただきたい。
 
安易な給餌は野鳥の栄養バランスの失調、移動や渡り時期の変調、外敵の誘引など、様々な悪影響がある。
また、巣立ち雛は簡単に育てられない。また育てた後、放鳥しなければ違法飼育となる。

特に野鳥の飼育は、善意によるものが大半だろうが、密猟・違法飼育と疑われかねない。
 (実際、傷病鳥の保護を密猟のカモフラージュにしていた人物を知っている(←摘発済み)。)
また、それを見ていた人が「自分も育てたい」と(知らないうちに)密猟者になりかねない。
野の鳥は野に。
過度の関与はせず、ありのままを楽しんでいただきたい。野鳥はペットではない。
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category: 野鳥

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指輪の文化史 (白水uブックス)  

指輪の文化史 (白水uブックス)
浜本 隆志



僕は結婚はしているが、現在、結婚指輪はしていない。
大層な理由があるわけではなく、単に一時期太り、我が指の危険を感じ始めたためである。

さて、僕は装身具には全く興味がないタイプなのだが、それでも結婚指輪は「買わなきゃな」と思っていた。
だが、なぜ結婚の際に指輪を贈りあうのか。改めて考えると、よく分からない。


本書冒頭では、次のような点が指摘される。

 日本では、大陸からの影響としても、確かに縄文~古墳時代までは勾玉、耳飾り・腕輪・ネックレス・指輪などの装身具文化があった。
 しかし、奈良時代以降、なぜか装身具文化は失われてしまった。

 確かに中世の武将、江戸時代の人々、様々な時代に描かれた画を思い浮かべても、
そこにネックレスや指輪をしている姿はない。
 
 実際、英語のRingという言葉自体、江戸時代後期の文化11年(1814)に「ゆびがね」と訳され、
明治4年に「指環」、大正13年にやっと「指輪」という語が用いられたらしい。
 現代日本における指輪文化は、間違いなく西洋由来である。

 そして本書では、大部分のページを割いて、ヨーロッパにおける指輪の発生、分化、役割などを紐解いていく。
その過程において、古代ローマの印象指輪、鍵付き指輪、中世の武器付き指輪、毒殺用指輪など、
 指輪文化が根付いた地域ならではのバリエーションを紹介する。
 また、結婚・婚約指輪の成立についても、「契約社会における契約の証」という話には帰着するものの、「なぜそれが指輪なのか」という点についても、連綿と続く指輪史から紐解いていく。
 
 指輪という、現代では日常的なモノについて、改めて学ぶことが多い一冊であった。
 ただ、指輪だけでなく、蛇とかハートとか、様々なシンボルに関する解釈が散在するが、これについては本書のみを鵜呑みにせず、別のシンボル専門書も併せて読みたい。西洋社会のシンボルの意味は複雑怪奇である。

 なお冒頭の、なぜ日本社会では装身具が根付かなかかったのかという疑問に対して、
本書では次のような説を紹介している。

・西洋の遊牧民族、または侵略が繰り返される地域では、財産を身につけておく必要性があった。
・ヨーロッパのような契約社会ではなかった
・手を洗ったり、浄めたりする文化では、指輪は邪魔になった
・村落共同体では、装身具によって差異を見せることが好ましくなかった
 (古墳時代も装身具は支配階級に多い)

納得できるようで、まだ納得できない。
「なぜ日本では、耳飾り・腕輪・ネックレス・指輪などの装身具文化が衰退したのか。」
頭の片隅に残しておきたい疑問である。
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category: 歴史

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それではさっそくBuonappetito!  

それではさっそくBuonappetito!
ヤマザキ マリ



著者ヤマザキ マリ氏、名前に聞き覚えがある方もいると思う。
テルマエ・ロマエ」の作者である。

17歳の時にイタリアに美術・油絵等のため留学し、後にイタリア人の方と結婚するなど、イタリアでの暮らしも長い。
そのリアルなイタリア生活のうち、
特に「食べもの」をテーマとしたエッセイ・コミックである。

随所に、取り上げた料理(こじゃれたイタリアンではなく、生活に密着した料理。
イタリアン以外も多数ある)のレシピもあり、
食べてみたい、作ってみたいという欲が沸き起こる一冊。

さて、この中に「ヌテッラ(nutella)」が取り上げられている。
ヌテッラ(nutella)とは、チョコレート&ヘーゼルナッツ味のペースト。
イタリアの朝食に良く使われるようだ。
それどころか、本書では
「イタリア男に欠かせない人生の二大信念 それはズバリ『ママ』と『ヌテッラ』なのだった…」とまで書かれている。

これは、食べてみたい。
善は急げである。探してみたところ、近所のKARDIで1個だけ発見。
nutella

さっそくトーストに塗って食べてみた。
チョコ味とのことだが、それほどチョコは濃くない感じ。
だがそれだけに、何枚でも食べられそうな味である。
コーヒー、ミルクにも合う。
我が家では大好評だが、これはデブまっしぐら。危険な食材である。
自己責任でご賞味いただきたい。

お近くに販売していない場合、Amazonでも販売中。


容量は、375gのほか、220g、750gもある。
それどころか、輸入品では1kg(35.3oz)もある。
チョコペースト1kgって何だ。恐るべしイタリア人。

なお、ヤマザキマリ氏には、他にイタリア人の夫の家族との生活について、「モーレツ!イタリア家族 (ワイドKC Kiss)」や「イタリア家族 風林火山 (ぶんか社コミックス)」などのコミックエッセイがある。
気軽に楽しめるので、お勧め。







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category: 漫画

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先生、子リスたちがイタチを攻撃しています! 鳥取環境大学の森の人間動物行動学  

先生、子リスたちがイタチを攻撃しています! 鳥取環境大学の森の人間動物行動学
小林 朋道 (著者ホームページ ほっと行動学)



先生、シマリスがヘビの頭をかじっています! 「鳥取環境大学」の森の人間動物行動学」(レビューはこちら)の続編である。数冊でているが、たぶん各号の時系列はあまり意識する必要が無いと思う。

 本書でも、シマリスの子リスの不思議な習性の意味、ヤモリ、アカハライモリ、モグラ、カヤネズミなど、様々な動物についての出会い、調査、考察が語られている。
 写真も多く、文章も軽妙であり、相変わらず安心して楽しめる一冊である。生物好き(特にフィールドワーク好き)の方には、特にお勧めしたい。

 ただ本書について1点述べておきたい。
 著者が保護した傷病鳥のヒヨドリやドバトに関する章の中で、傷病鳥・ヒナの保護について言及されている個所があった。

 鳥類のヒナは、わりと早く巣立つ場合が多い(巣そのものが無防備なため)。
その後、親鳥とつかず離れず行動するのだが、飛翔力が劣るため、よく巣立ちビナだけが地上にいることがある。
 それを見て、「ヒナがはぐれている」と拾ってしまう場合が多い。

 だが、そこには様々な問題がある。

 ①まず、それは親鳥とヒナを離す行為である。
 ②また、野鳥のヒナを育てるのは極めて大変であり(適度な加温や頻繁な餌やりが必要)、むしろ死の可能性が高まる。
 ③さらに、法律上日本の鳥類は飼えないため、できるだけ早く放鳥しなければならないが、愛着が湧くと離しがたくなる。

 よって日本野鳥の会や保護団体では(僕も)、ヒナは拾わないで、と話している。


 これに対して、著者は上記のような問題があることは理解したうえで、
 「傷ついた動物を持ち込む子どもにとって、その行為は理屈でないのである。」
 「小学校四年ごろまでに、傷ついた動物を「見て見ぬふりができず、思わず駆け寄ってしまう」子供たちの体験は、脳内に大きな影響を残し、大人になってから自然に対する気持ちに大きな影響を与えると予想することができる」
としている。その気持ちは理解できる。

 だが実際に拾ったとき、多くは自ら世話せず、都道府県等の保護施設か保護団体に持ち込まれる。
 しかし、それでも死亡する場合も多い。
 子供は「拾った、届けた」で満足するが、それが本当に「助けた」ことになっているのかという点を、きちんと大人が教えなければならないだろう。
 また、頑張って子供(とその家族)が育てあげると、「離れないから」という理由で飼い続ける場合も多い。
 美談とされがちだが、やはり違法行為であるとともに、「野生動物はペットではない」ということをきちんと説明し、放鳥するよう大人が導かなければならない。
 こうした「大人の責任ある対応」が担保できないのに、子どものためという理由で、安易に保護することは、やはり問題である。

 というのも、現に大人によって、野鳥の密猟が絶えないからだ。
 多くの場合、その目的は鳴き声を競わせるため。
 西日本では、特にメジロの密猟が多い。他にもホオジロ、オオルリ、キビタキ、ウグイスなどが密猟される。

 密猟された野鳥は、数千円で売買されるが、鳴き合わせ会で優勝すると高値が付く。
 野外で原価0円で捕獲、そのままでも数千円で売買、うまくいけば数十万単位。
 メジロなど日本の野鳥は籠内では繁殖しないため、延々と密猟は続ている。

 野鳥を捕獲してはならない、という法律は、こうした人間の自己満足のための捕獲を放置しないためのものだ。

 だから僕も、著者の言うように子供の気持ちを育てるためには保護もやむなしとは思うものの、
 尋ねられれば「そのままにしてください」と言う。
 
 実のところ、子供の気持ちを利用し、
 「拾ったヒナがいたら預かる」と言って集めていた密猟者すらいたのだ(伝聞ではなく実体験である)。

 野鳥は見た目も鳴き声も美しく、楽しませてくれる種が多い。
 だが、それだけに、人の欲に利用される場合も多い。

 本書シリーズを僕はお勧めするのだけれど、この傷病鳥やヒナの保護の点については、
 慎重に読み取っていただきたい。

【目次】
はじめに
イタチを撃退するシマリスの子どもたち
 フェレットに手伝ってもらって見事に成功した実験
張りぼての威厳をかけたヤモリとの真夜中の決闘
 「Yさんお帰り。ヤモリの世話? もちろん楽勝だったよ」
アカハライモリの子どもを探しつづけた深夜の1カ月
 河川敷の草むらは、豊かな生物を育む命のゆりかごだった
ミニ地球を破壊する巨大(?)なカヤネズミ
 ほんとうは人間がカヤネズミの棲む地球を破壊している
この下には何か物凄いエネルギーをもった生命体がいる!
 砂利のなかから湧き出たモグラ
ヒヨドリは飛んでいった
 鳥の心を探る実験を手伝ってほしかったのに

レビューはこちら
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category: 動物

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なぜヤギは、車好きなのか? 鳥取環境大学のヤギの動物行動学   

なぜヤギは、車好きなのか? 鳥取環境大学のヤギの動物行動学
小林 朋道



 「先生、シマリスがヘビの頭をかじっています! 「鳥取環境大学」の森の人間動物行動学」(レビューはこちら)などでお馴染みの著者によるもの。
 面白いので少しずつ買い集めている。

 ただ本書は、様々な生物が取り上げられる上記シリーズとは異なり、鳥取環境大学で著者及び学生が飼い始めたヤギに焦点をあてたもの。

 なぜ、大学でヤギを買おうなんて話になったかに始まり、最初のヤギ・ヤギコとの出会い、そして次第に増えるたのヤギの話に広がっていく。
 各章は著者の他書と同様、動物行動学としての考察・発見が綴られているが、やはり著者の愛着の深さが違う。
 愛情にあふれた本である。
 どこかで読んだ感があるなあと思っていたら、往年の畑正憲(ムツゴロウ氏)の、ヒグマとの生活を綴った「どんべえ物語―ヒグマと二人のイノシシ (角川文庫 緑 319-4)」だ。

 ムツゴロウ氏の方が生活への密着度が高いが、 野生動物を身近に飼いながら、愛する一方で、その行動の意味を冷静に見ていく視線には、同じものを感じた。

 そして本書でも、「さよならどんべえ (角川文庫 緑 319-11)」同様、ヤギコとの別れを迎える。
 この章は、動物行動学者しか書き得ない、動物文学の傑作と感じた。

(ところで、「どんべえ物語―ヒグマと二人のイノシシ (角川文庫 緑 319-4)」と「さよならどんべえ (角川文庫 緑 319-11)」が、Amazonでは新刊が表示されなかった。
 文春文庫のムツゴロウシリーズも新刊で表示されない。
 角川書店のホームページで検索しても出てこない。全部が絶版なのか?
 もしそうだとしたら、日本の書籍から、また一つ夢が消えた。)

【目次】
第1話 大学に誕生したヤギ部と初代ヤギ「ヤギコ」のこと
第2話 なぜクルミとミルクの母娘ヤギは、駐車場の教員の車を一つ一つチェックするのか?
第3話 ヤギは他のヤギの行動を見て学習することはできるのか?
第4話 大学案内の表紙を飾ったヤギ
第5話 角突きをめぐるさまざまなドラマ
第6話 大雪の中のヤギたち
第7話 ヤギは発泡スチロールでつくったヤギモデルに頭突きする!?
第8話 ヤギコが思っていること
第9話 ヤギコの死

レビューはこちら






さよなら どんべえ

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category: 動物

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国分寺を歩く (日本六十余州 全国分寺を完全収録)  

国分寺を歩く (日本六十余州 全国分寺を完全収録)
かみゆ歴史編集部



国分寺とは、741年(天平13)2月に聖武天皇が69ヶ国(3つの島分寺を含む)の国ごとに建立させたもの。
僧寺は正式には「金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)」といい、金光明経に由来。
尼寺は「法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら」といい、法華経に由来するという。
このように国ごとに寺を建立する先例は唐にあるが、尼寺は日本独自のようだ。

さて、香川県では、まさにかつて国分寺があった地域が、「国分寺町」である。
(かつては独立した自治体だったが、現在は高松市に合併している。)
があり、場所が、だ。

だが全国では、このように存在感を保ち続けているものばかりではない。
寺として存続しているものは良い方で、礎石しか残っていない地もある。

それを全て取材し、全国69か所の国分寺(もしくは、その跡地とされる場所)を網羅したのが、本書である。
こうして横断的に見ていくと、1000年以上も前に、
これほどの大規模な官営組織を作った当時の政権のエネルギーに圧倒される。

国分寺は聖武天皇の命令以降、9世紀初頭までには各地の「好処」にほぼ全て建立された。

本書でも語られているが、中央政権の命令によって、これほどの大寺院-しかも七重塔まである-が建立されたものを、
当時の人々はどんな思いで見ていたのだろうか。


全国の国分寺や国分尼寺(跡)を見て歩くことは、ほぼ不可能だ。
それどころか、そんな事を考えたことも無かった。

だが本書は、僕らの代わりにその旅を実現し、手の中に拡げて見せてくれる。
マイナーな分野だからこそ、たぶん後にも先にもこの一冊しか刊行されないだろう。
資料価値が高い一冊である。

(ところで、著者の「かみゆ歴史編集部」を、僕も妻も「かゆみ」と誤読した。ごめんなさい。)

【目次】
序章 国分寺の基礎知識
第1章 畿内の国分寺
第2章 東海道の国分寺
第3章 東山道の国分寺
第4章 北陸道の国分寺
第5章 山陰道の国分寺
第6章 山陽道の国分寺
第7章 南海道の国分寺
第8章 西海道の国分寺
第9章 国分寺の歴史
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category: 歴史

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ぞわぞわした生きものたち 古生代の巨大節足動物 (サイエンス・アイ新書)  

ぞわぞわした生きものたち 古生代の巨大節足動物 (サイエンス・アイ新書)
金子 隆一



ぞわぞわなんて言われると、わくわくするではないか。

本書は古生代の節足動物、すなわち三葉虫、ウミサソリ、陸上鋏角類、多足類、六脚類について、
著者が把握している分岐学の見解、そして代表的・特徴的な種を、化石写真や図で紹介するもの。

副題に「巨大節足動物」とあるが、これはいわゆる売り文句である。
素直に読めば、これまでの節足動物の進化研究をめぐる入門書であり、
特に重要な分類群である三葉虫以下の前出の生物について、さらにその進化を整理したもの。
その過程で、史上最も大きかった種は何か、を紹介している。

節足動物というと、つい昆虫のみと考えてしまうが、
その進化史については、まだまだ不明な点が多い。
そもそも、長い歴史を視野に入れると、そもそも「節足動物」とは何ぞや、という定義から問題となる。
さらに、いかなる生物から「節足動物」が生まれたのか。
そして進化上、どのような順番で分岐し、さらにそれぞれの分類群では、どのような形質が基本となり、進化上のリファインが進んだのか。

例えば巻頭では、ユーラシア大陸では馴染みのない有爪類が紹介されていて(僕は存在をしらなかった)、
節足動物全体を理解するだけでも、読み応えがある。

ちなみに有爪動物、日本で言うカギムシって、こんな奴だ(かわいい)。



「ぞわぞわした生きものたち」という、タイトルは奇を衒ったものだが、
内容はキワモノに走らず、文献ベースの良心的なもの。
本書巻末には結構細かい参考文献も掲載されている。
また、すごく単純なイラストの場合もあるけれど、これも元の(ぺっちゃんこの)化石を忠実に描いたものらしい。

コンパクトな本だけに、突出した最新見解は少ないようだが、
逆に刊行時点でのスタンダードな理解を紹介していると言えるだろう。

何しろ、三葉虫はもとより、ウミサソリや陸上鋏角類(クモやサソリ)、多足類(ムカデなど)といった、
なかなか詳しい資料の少ない生物について、それぞれの進化史を紹介しているのがありがたい。
進化史に興味がある人、
三葉虫に興味がある人、
脚がたくさんある生きものなんて怖いくせに、恐る恐る見てしまうタイプの人にお勧めしたい。


それにしても、三葉虫は今から2億年以上前に絶滅した三葉虫だが、5億2千万年前に出現し、以降3億年続くほど、大成功した生物である。
本書でも紹介されていたが、三葉虫には深海性のものもいたらしい。
どこかの深海の熱水噴出孔近くに生きてないかと、実はこっそり楽しみにしているのである。

【目次】
第1章 節足動物
第2章 三葉虫
第3章 ウミサソリ
第4章 陸上鋏角類
第5章 多足類
第6章 六脚類

お馴染み我が家の三葉虫。
Flexicalymene ouzregui(フレキシカリメネ ウーズレグイ)
Flexicalymene ouzregui フレキシカリメネ

三葉虫については、「三葉虫の謎―「進化の目撃者」の驚くべき生態」(レビューはこちら)が、やや饒舌ながら詳しい。
僕所有の他の化石も、こちらで紹介している。

三葉虫を含む化石については、
本ブログで紹介した本のリストのうち、「恐竜」を、
節足動物については同じく「節足動物」のカテゴリもご参考にされたい。
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category: 節足動物

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砂時計の七不思議―粉粒体の動力学 (中公新書)   

砂時計の七不思議―粉粒体の動力学 (中公新書)
田口 善弘



砂時計が、子供の頃から何となく不思議だった。
ところが、そのどこが不思議なのかが、全く分からなかった。漠然とした違和感だけあった。

で、発見したのが本書。タイトル買いであったが、アタリであった。

砂時計は、砂の粒の集まりである。液体や気体のような流体とは異なり、
このような個々の粒によって形成される「粉粒体」は、流体とは全く異なるメカニズムが働く。

粉粒体を蓄え、流す容器(簡単に言えば、砂時計を半分に切ったロート状の容器)を「ホッパー」というが、
本書冒頭で、この「ホッパーの七不思議」が紹介される。これが、本書タイトルの「砂時計の七不思議」のことだ。

1 ホッパーの側壁にかかる圧力は、ホッパー内の粉体の量によらない
  (例えば下から3cmの側壁にかかる圧力は、その上に何cm粉粒体があっても同じ)
2 ホッパーに粉粒体を貯め、ホッパーの出口を空けると、出口付近の横壁に大きな圧力がかかる。
3 粉粒体がホッパーから流れ出ている時の壁にかかる圧力、及び粉粒体が流れ出る速度は、周期的に変動する。
4 粉粒体が流れ出る速度は、出口の直径の2.5乗から3.0乗に比例する。
5 粉粒体が流れ出る速さの時間平均値はホッパー内に残っている粉粒体の量に無関係である。
6 出口にパイプをつけねと粉粒体が流れ出る速さが増大することがある。
7 出口の直径が粉粒体の直径の6倍より小さい時は、粉粒体は流れ出ずに目詰まりする。

何のことだか、という方のために本書があるのだが、
例えば「1」。
流体(水や大気)だと、こうならない。
上にある量が増せば、それだけ下の方にかかる圧力は増す。
なんてことはない、いわゆる気圧や水圧だ。
ところが、粉粒体はこうならない。上にどれだけ乗っていても、下にかかる圧力は変化しないのだ。
(だからこそ、、1000mの山(岩石の粉粒体)の麓にトンネルを掘れる。もし流体と同じように圧力がかかるとすれば、少し堀ただけで崩壊する。)

また、「5」。簡単に言いかえると、粉粒体がどれだけ入っているかは、出口(ロートの先)から流れ出る速さに影響しない。
だからこそ、砂時計が成立する。
大量にある時と、ほとんど残っていない時と、どちらも流れ出る速度は同じ。だから、少ない量で時間が測れる。

これが流体だと、容器に入っているほど、出口にかかる圧力が増し(「1」の流体のケース)、より早く流れ出す。
だから、測る時間を増すほど、入れる流体の量を増さなければならない。

そうなのだ、僕は、どうして砂時計の最初と最後が同じ速度で流れるかが不思議だったのだ。


本書では、こうした話からスタートして、粉粒体に関する様々なトピックを紹介する。
風紋であったり、雪崩であったり。話題は様々だ。

刊行が1995年といささか古いため(僕もおっさんなのでそんな気がしないのだが)、おそらくこの頃より研究は進んでいるだろう。
(特に、コンピューターの発展に伴う大規模シミュレーションなんて、この分野にうってつけである。)

だから最新知識とは異なるものの、「粉粒体」という存在について、
ベーシックな知識を持つには良いだろう。
(ただ、Amazonで調べると、あまり類書はなさそうだが。)

なお、本書では風紋のメカニズムを紹介するなかで、生物の縞模様を形成するメカニズムに触れている。
これについては、「波紋と螺旋とフィボナッチ: 数理の眼鏡でみえてくる生命の形の神秘」(レビューはこちら)が詳しく、面白い。

【目次】
第1章 流れ落ちる
第2章 吹き飛ばされる
第3章 かき混ぜられる
第4章 吹き上げられる
第5章 ゆすられる
第6章 粉粒体とは何か


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category: 技術

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世界を救った医師―SARSと闘い死んだカルロ・ウルバニの27日  

世界を救った医師―SARSと闘い死んだカルロ・ウルバニの27日
NHK報道局「カルロウルバニ」取材班



長らく読みたかった一冊である。
2003年3月、突然世界を震撼させた感染症、SARS(重症急性呼吸器症候群)。
実際は2002年に中国で発生していたが、その情報は抑制されていた。

しかし、2002年3月、ベトナムのハノイ・フレンチ病院に、一人の発熱患者が入院する。
その患者の原因が不明であること、そしてあまりにも急激に病状が進行することから、
未知の感染症だと気づいたWHOのカルロ・ウルバニは、
2002年3月3日以降、患者への処置、次々と発生する二次感染者への対応、そしてWHOやベトナムへの警告・情報発信を続ける。

そしてついに、WHOがグローバル・アラートを発し、ベトナムがハノイ・フレンチ病院の隔離対策を発表するに至った時、
カルロ自身もSARSに感染していた。

カルロが発信し続けた情報は、拡大していたSARS感染者の早期発見・隔離対策に極めて有効であり、
2003年7月には制圧宣言が出されるに至る。
だがそれまで、約8,00人が感染し、その1割近くが死亡した。

カルロが警告していなければ、またその情報が無かったら、
世界はもっとSARSによって混乱していただろう。

だが一方で、カルロは感染した可能性を自覚した直後、ベトナムを離れ、タイ・バンコクへ移動する(そして、そこで死亡した)。
WHOの感染対策としては考えられない行動であるものの、
一個人としてのカルロの「気持ち」を否定することは難しい。

未知の感染症に遭遇したカルロが、どう判断し、行動したのか。
本書は、NHKスペシャル「SARSと闘った男 ~医師ウルバニ 27日間の記録~
として、2004年2月15日に放送された内容をベースにしたものである。
この番組も後で見たが、本書で省かれた内容もなく、非常に丁寧にまとめられている。

さて、SARS、そしてSARSにおけるカルロの行動と死は、WHOにも大きな影響を与えている。
また、そうした感染症対策の場において、WHOの進藤奈邦子氏、押谷仁氏といった日本人が深く関わっている。
これほど人材がありながら、日本の感染症対策は、新型インフルエンザを経た今でも国際的に十分なものではない。
(進藤奈邦子氏とWHOの感染症対策については、「私たちにできること。 新型インフルエンザとの戦い (NHKプロフェッショナル仕事の流儀)」(レビューはこちら)に詳しい。)

SARS以前以後、そして新型インフルエンザ以前・以後で、世界の感染症対策は大きく変わっている。
それを知るうえで、この「原因不明の感染症に遭遇した物語」を知っておきたい。
この物語は、いつどこで再現されるか分からない。

と、レビューの準備を進めていたら、今回のMERSコロナウイルス(中東呼吸器症候群)である。
特定の国をどうこう言う気は全くないのだが、
現状を見ると、SARSや新型インフルエンザの事例やカルロの死から、何も学んでいないように見える。
歴史に学ぶ、とは、まさにこうしたことではないのだろうか。
日本、WHO、世界、そして僕たち一人一人の判断が、今後問われることになる。

【目次】
第1章 謎の肺炎患者との遭遇
第2章 感染拡大の危機
第3章 国家の壁
第4章 未知のウイルスの恐怖
第5章 ベトナム政府との交渉
第6章 世界への警告、グローバルアラート
第7章 ウルバニの死

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2010年、WHOインフルエンザ担当官であった新藤奈邦子氏の本。

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category: 感染症

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先生、シマリスがヘビの頭をかじっています! 「鳥取環境大学」の森の人間動物行動学  

先生、シマリスがヘビの頭をかじっています! 「鳥取環境大学」の森の人間動物行動学
小林 朋道



野生動物でもペットでも、昆虫類でも哺乳類でも、
とにかく生物を相手にしていて僕が面白いのは、発見があることだ。

少なくとも、未だ出会っていない生物は、自分にとっては全て未確認生物である。
またよく見知った生物でも、その生態や機能に驚かされることもある。

ツバメが今年も戻ってきた、というのも発見だし、
アオサギが今日もぼーっとしている、というのも発見である。

若いころはミステリやSF、冒険小説などフィクションばかり読んでいたが、
最近はフィールドに出たりノンフィクション(主に科学・歴史系)を読むようになったのは、
「現実世界も驚きに満ちている!」と気づいたからと思う。

その驚き、発見の楽しさを上手く伝えてくれるエッセイは、ありがたい。

疑似体験もできるし、自分が次に行動するための手掛かりにもなる。

その代表として、盛口 満があげられる。
本ブログでも数冊取り上げたが、最初の「生きものの死体からの発見」(「僕らが死体を拾うわけ 僕と僕らの博物誌 (ちくま文庫)」)というのは、それまでに無い切り口だった。
また、マイナーな生物に対して、素朴な疑問から始め、どんどん深くハマっていく様子は、まさに疑似体験である。
(例えば「ドングリの謎―拾って、食べて、考えた」(レビューはこちら)、「ゲッチョ先生のナメクジ探検記」(レビューはこちら)など。)

で、本書もまた、生物をテーマにしたエッセイ。
著者は鳥取環境大学の先生で、その研究や、大学生たちとの野外活動の合間に生じた発見、出来事を、
軽妙かつ楽しい雰囲気の文章で綴っている。読んでいて、楽しい。
盛口氏との違いは、調査・考察において、動物行動学という筋が一本通っているところ。
多くの方に好評なようで、続編も多数刊行。たぶん僕も買うだろう。

本書では、シマリス、アカハライモリ、アカネズミ、ナガレホトケドジョウなどが登場。

エッセイとしての面白さだけでなく、シマリスが動けないヘビの体表を齧って自分にヘビの臭いを付ける行動とか、
標高1,500mの周囲に水場がない場所に生息するアカハライモリなど、
フィールドに根差した生物学の面でも、知らなかった話題が盛り込まれている。
読んだらフィールドに出かけたくなること請負である。

さらに、小林氏の授業も楽しそうで、学生たちが羨ましい。
この大学での学んだ専門分野そのままに就職していく人は少ないだろうが、
「小林先生のもとで学んだ」という経験は、人生の宝物になるだろう。

著者・小林朋道氏には、ブログもあった(「挽きたての動物行動学的コーヒーブレイク」)。既にチェック開始済みである。

【目次】
イノシシ捕獲大作戦
駅前広場にヤギを放しませんか?
駅前に残された“ニオイづけ”はタヌキの溜め糞?
餌は目で、ヘビはニオイで察知するヤギ部のヤギコ
飼育室を脱走して90日間生きぬいたヘビの話
シマリスは、ヘビの頭をかじる
イモリ、1500メートルの高山を行く
ナガレホトケドジョウを求めて谷を登る懲りない狩猟採集人
1万円札をプレゼントしてくれたアカネズミ
そのネズミは少し変わった小さな島の住人だった 139
野外実習の学生たちを“串刺し”に走りぬけていった雌雄のテン
自分で主人を選んだイヌとネコ

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