ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

ペンギンが教えてくれた 物理のはなし (河出ブックス)  

ペンギンが教えてくれた 物理のはなし (河出ブックス)
渡辺 佑基



野生動物を野外で観察するのが、スタンダードな研究方法である。
しかし魚類や水棲ほ乳類などや、鳥類では、その主たる生息環境(空中・水中)で観測することは難しく、まして厳密な測定は困難だ。
かといって、観測環境が整った飼育下では、そもそも野生状態の研究とはならない。

その限界を突破する手法が、バイオロギングである。
対象となる動物に、位置を測る測位計や深度計、速度計などを装着し、それぞれの動きの実測データを入手する、新しい研究手法である。

例えば、位置測定の手法としては、大きく3つある。

まず、一般的にもよく知られている、生物に発信器を取り付け、その電波を受信するもの。アルゴス・システムとして知られているこの手法では、コハクチョウやヒシクイなどに装着され、成果を上げている。
また「ハチクマ・プロジェクト」では、猛禽類のハチクマの渡りを日々楽しませてもらえた。
また、「ミサゴのいる谷」(レビューはこちら)のように、ミサゴの渡り(ヨーロッパでは渡り鳥である)をアルゴス・システムで調査する手法が非常に効果的に盛り込まれた児童文学まである。

一方、近年発達しているGPS。精度は高いが、測位を行うのがGPSそのもののため、データを入手するためには、どうしてもGPSを回収する必要がある。

そしてジオロケータ。日の出・日の入りを記録する照度計と時計の組み合わせのシンプルな機器で、そこから得られる昼の長さや南中時刻等で測位が可能となる。ただ、これも機器を回収する必要がある。
近年、機器の小型化と汎用化が進み、国内の鳥類の調査でも、これを用いるものが出だしたところだ。

バイオロギングで測定されるものは深度・速度など様々なものがあり、様々な生物に上手く装着・回収さえすれば、これまで得られなかったデータが、まさに「手に取る」ことかができる。

本書は、このバイオロギングの第一線で活躍する研究者が、バイオロギングの概要と、自身の研究結果を紹介するもの。

単なる調査報告ではなく、多難なフィールド・ワークの話も盛り込まれ、生物調査好きには非常に面白い一冊である。

特に、魚や魚類における、遊泳速度と代謝速度の関係、
深く潜る生物の生理学、
高々度を飛翔する鳥類の揚力と代謝速度の関係など、
バイオロギングという「武器」を持つ著者ならではの理論は、これまでの「観察」では決して得られなかった知見である。

デジタルベースのバイオロギングが、内藤靖彦による世界初のデジタル式データロガー(1991年)からまだ20年程度しか経過していないこと、そして近年のコンパクト化・高容量化を考えれば、これから更にバイオロギングの力が発揮されるだろう。

【目次】
第1章 渡る―ペンギンが解き明かした回遊の謎
「動物はどこに、何しに行くの?」
ミズナギドリの終わらない夏
第2章 泳ぐ―遊泳の技巧はサメに習う
マグロは時速一〇〇キロでは泳がない
薄気味悪いニシオンデンザメ
第3章 測る―先駆者が磨いた計測の技
バハマの悲劇
最初のひとしずく―生理学の巨人、ショランダー
第4章 潜る―潜水の極意はアザラシが知っていた
「ぺんぎんは、なんでもぐるのですか?」
ダイビング界の雄、ウェッデルアザラシ
第5章 飛ぶ―アホウドリが語る飛翔の真実
離島での飛行百景
縦横無尽の機動性―グンカンドリ

バイオロギングの成果を紹介するものとして、本書以外に次のようなものがある。
いずれも、生物学の新しい地平を拓くものであり、
こうした進歩をリアルタイムで楽しめるのは、嬉しい。

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category: 動物

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そして謎は残った―伝説の登山家マロリー発見記  

そして謎は残った―伝説の登山家マロリー発見記
ヨッヘン ヘムレブ,エリック・R. サイモンスン,ラリー・A. ジョンソン



エベレスト。
山屋でなくとも、その頂は、憧れの地だ。

公式には、1953年、エドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイによって征服されているが、
それに至るまで、イギリスは1921年以降、何度も遠征隊を送り込み、失敗した-とされている。

そこには、謎がある。

第1次遠征隊以降、当時最高の登山家であり、名誉が重んじられる当時の登山界において、
その技術により参加していたジョージ・マロリー。
彼は1924年6月の第3次遠征において、パートナーのアンドルー・アーヴィンと共に頂上を目指すが、
北東稜の上部の頂上付近で行方不明となった。

マロリーの技術と当時の状況からすれば、登頂できていたはずだ、と見る人も多い。

果たしてマロリーは、エベレストの初登頂者だったのか。

例えばこれをテーマにしたフィクションとして、日本には夢枕獏の「神々の山嶺」がある。刊行当時、話題になった記憶がある。

だが、事実は小説より奇なり、という。

1979年、日本隊の長谷川良典が、中国人クライマー王から、1975年に高度8,100m付近でイギリス人の遺体を見たという証言を得た。その状況などから、この遺体はマロリーと共に遭難したアーヴィンの可能性が高い、と考えられた。

この遺体を再発見すれば、マロリーの謎を解く手掛かりが得られるのではないか。
いやむしろ、マロリーの遺体そのものを発見することも可能なのではないか。

マロリーの謎に取りつかれた人々は、不思議な縁によって邂逅し、
この可能性を追究するプロジェクトを立ち上げた。

本書は、そのプロジェクトの全貌をまとめ上げたもの。

マロリーが参加した第3次遠征隊の足跡を辿りながら、
捜索プロジェクトが具体化し、メンバーを募り、ベースキャンプに到達する話など、
本書では、1999年の調査隊と、1924年のマロリーの道程を、並行して描いている。
そこに時の流れを感じる一方、エヴェレストのように変わらぬ風景を通して、
凍り付いてしまったマロリーの「時間」を実感する。
本書は、稀有の冒険ノンフィクションでもある。

そして、1999年5月1日、彼らはマロリーの遺体を発見した。

遺体は頂上付近の北壁で俯せになっており、様々な装備はまだ残っていた。
その中にあった物証から、著者らはマロリーが登頂した可能性を客観的に推理していく。

本書の前半が冒険ノンフィクションであれば、後半は科学的推理のノンフィクションである。

その結果、彼らは登頂した可能性が高いと結論付けるが、
それを単純に決定づける証拠は、さすがにない。
「そして謎は残った」という本書のタイトルは、著者らの冷静な視線を証するものだ。

だが、本書で示された推理は全て違和感がない。
酸素タンクの数、残量、最後に確認された位置、時刻…。
彼らが推測するマロリーとアーヴィンの最期の姿は、本当に手に汗握る程、「現実的」なものだ。

そして何より、頂上に残すと常々言っていた最愛の妻の写真と手紙が残っていなかったこと(その他のメモや手紙は残っていた)。
僕は、それをマロリーが登頂したという証と見たい。

世界最高峰のエベレストに残る、謎。

登山そのものに興味が無くとも、この本は読む価値がある。

なお、探して見ると、なんとこの捜索隊がマロリーの遺体を発見した。まさにその時の映像があった。
ネット時代恐るべしである。
本書にも描かれているが、マロリーに憧れたクライマーたちは、
調査後、死と隣り合わせの世界で、厳かにマロリーの遺体を再埋葬する。
マロリーの登山は、ようやく終わった。


【目次】
プロローグ 最後の頂上アタック
第1章 謎に取り憑かれた探偵たち
第2章 冒険というより、むしろ戦争
第3章 地図の空白部へ
第4章 バンダバスト―準備段階
第5章 魔の山
第6章 『イギリス人の遺体』
第7章 頂上ピラミッド
第8章 封筒に記した覚え書き
エピローグ そこに山があるから




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category: ノンフィクション

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図説 よりすぐり国立国会図書館 竹取物語から坂本龍馬直筆まで  

図説 よりすぐり国立国会図書館 竹取物語から坂本龍馬直筆まで
国立国会図書館



粘土板や電子書籍を「書物」に含めるかという問題はあるにせよ、
人類が人類たる所以として、前世代以前が獲得した知識を、書物(粘土板のように紙以外もあるが)として伝達できる、という点がある。

「情報」を客観的なモノに移すこと。

遺伝子の選択や、個体間の直接的なコミュニケーションではなく、
独立したモノに情報を込められれば、次世代はその情報の上に新たな情報を積み重ねられる。
それこそが、人類の知識の発展の源泉だろう。

しかし「モノ」は、形があるゆえに、外的要因によって失われやすい。

世界を見回してみれば、古くから書物という「モノ」を創り、
それを現在まで維持し続けている社会というのは、そう多くない。

そして日本は、その数少ない国の一つである。
むしろ、「有数の」といっても良いほどだ。

現代、その蓄積を公に担っているところ、それが国立国会図書館である。

その蔵書は、近年デジタル化され、公開されつつある。
(国立国会図書館デジタルコレクション)

だが、そもそもどんな史料・資料があるのか。
膨大な蔵書の前に、立ち尽くす思いだ。

本書は、その「ほんのわずかな一部」を抽出したガイドブック。
実に、約4000万点の蔵書から、たった115品を取り上げているに過ぎない。

だがそれでも、紹介されたモノは、絵巻物、仏典、古活字、写真、地図、書簡、行政文書など、
様々な時代・地域・分野に及ぶ名品である。

こうしたモノを日本が伝え残していることに、やはり誇りを感じざるを得ない。

電子出版やインターネットが主流となりつつあるが、
こうした「モノ」として蓄積すること。それもやはり、文化ではないだろうか。
(それにしても、冷泉家時雨亭文庫や宮内庁書陵部の蔵書について、同じように見てみたいものである。)

【目次】
目 次
第1部 貴重書と古典籍
第1章 書物の華 絵本・絵巻・錦絵など
第2章 書物の歴史 奈良時代から江戸時代まで
第3章 さまざまな資料 絵図、記録、名家の筆跡
第4章 外国の書物 中国・朝鮮、西洋
第2部 憲政資料
第1章 幕末洋学
第2章 維新明治期
解説 国立国会図書館の概要とデジタル化事業―本書の背景として
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category: 読書

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深海生物大事典  

深海生物大事典
佐藤 孝子



深海本ブームである。
これまでも様々な本に出会ったが、本書はまたそれに連なるもの。
深海生物というカテゴリに含まれる生物が、クオリティの高い写真とともに、基本的に見開きに1種掲載されている。

スケーリーフットやダイオウイカ等、メジャーな深海生物のみならず、
魚類やアンコウなどまで含んでいるのが特色か。
また、近年の不思議生物のヒットであるデメニギス、スケーリーフット、ダイオウグソクムシはもちろん、
ジュウモンジダコのタコ・イカの仲間、ナマコの仲間も掲載。
さらに、また、メタンハイドレード巣食うメタンアイスワームは、僕は本書で初めて見た。

様々な分類群の生物を掲載しているので、例えば、「ドキュメント 謎の海底サメ王国 (光文社新書)」(レビューはこちら)でのようにカラー写真が少ない深海本を読む際に、手元にあれば、より楽しめるだろう。

類書として「深海 鯨が誘うもうひとつの世界」(レビューはこちら)があるが、こちらは鯨骨生物群集にスポットを当てたもの。普遍的な深海としては、本書の方が多いかと思う。

【目次】
序章 深海の世界
第1章 中層(200‐1000m)+漸深海底帯(200‐2000m)
第2章 漸深層(1000‐3000m)
第3章 深層・超深層(3000m以深)+深海底帯・超深海底帯(2000m以深)
鯨骨生物群集
湧水域・熱水噴出域の生物群集

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category: 動物

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バウムクーヘン、野鳥観察会 LOG 2015.3.15  

バウムクーヘン、野鳥観察会 LOG 2015.3.15


◆バウムクーヘン
「100種類のバウムクーヘンを食べる」夢。
今年はいいペースです!
最新は、
#022 2015年2月17日 マダムシンコの「塩キャラメルバウム」
絶妙な塩加減でおいしかったです!

◆野鳥観察会
今月は、香川県高松市の新川河口でカモを観察しました(正式な報告はこちら)。
20150315 コガモ♂.jpg
いつ見ても、コガモのお尻の三角形はキュートです。

カワセミもいました。飛び立ったところ、腰の青が鮮やかでした。
20150315 カワセミ(2).jpg

川沿いには樹が植えられていたため、干潟にジョウビタキ(雄)が降りるという、ちょっと珍しいシーンも見られました。
今年はジョウビタキが多い気がします。
20150315ジョウビタキ♂ (1).jpg
そうそう、もうヒバリが囀っていました。皆さんのお近くでは、いかがでしょうか?
香川のツバメもそろそろかな?
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category: 雑記:日々のこと

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写楽―江戸人としての実像 (中公新書)  

写楽―江戸人としての実像 (中公新書)
中野 三敏



「写楽」というと「謎の浮世絵師」と続けたくなる。
1990年代は「写楽は誰か」というテーマの本・TVなどを時折見かけたものだが、最近は余り話題にならない。
それは、写楽=斎藤十郎兵衛 という至極真っ当な説(「説」というのもどうかと思う程の事実)が定着してきたからだろう。何も考えていないメディアならともかく、ちょっとリサーチする努力を行うメディアなら、もう「謎の浮世絵師」なんて言うことは憚られる。

さて、そもそも「写楽」はなぜ「謎」だったのか。

実は現実には、当時の浮世絵師の多くの素性は「謎」である。
ただ写楽はイツの美術研究家ユリウス・クルトが注目し、1910年にまず西洋社会で評価された。
その評価が逆輸入し、素性を探ったところ、「多くの浮世絵師と同様に曖昧」だった。
それが「写楽の素性は曖昧」となり、写楽の活動期間が短かったことと併せて、
何かウラがあるのではないか、という憶測に繋がった。
本書は、その「謎」に対して、近世文学研究者がその基礎史料を真っ当に精査したものである。

実は写楽の正体については、「謎」どころか、明確な記述が残っている。

「浮世絵類考」という本にはいくつかの写本があるが、それを要約すると写楽については次のように記載されている。
・江戸八丁堀に住す(文政四年 式亭三馬補記)
・阿波候の能役者なり(天保十五年 斎藤月岑追補)
・俗称は斎藤十郎兵衛といふ(年代未詳、達磨屋伍一旧蔵本書入)

写楽は「謎」という説は、この情報に対して二つのスタンスをとっている。
一つは、この「浮世絵類考」の記述そのものを否定するもの。
だが、太田南畝らの著作に始まり、斎藤月岑が「阿波候の能役者」と記載したことは、非常に重い。
例えば斎藤月岑は、江戸名所図会や東都歳時記の著者であり、家康の江戸入り以前からの名主である。
しかも、名主として草双紙の検閲にも関与していることから、自ら虚言を記載した書物を記すことは考えられない。斎藤月岑の増補「浮世絵類考」を疑うなら、その他の著作まで否定せざるを得なくなる。

もう一つは、斎藤十郎兵衛という人物はいるかもしれないが、それが浮世絵師だと示す史料がない、というものだ。

これに対して、本書では「諸家人名 江戸方角分」という史料を紹介する。
これには、八丁堀の項に浮世絵師のマークを付け、「号写楽斎 地蔵橋」と記載とされている。
また他にも、近堂版「本八丁堀辺之絵図」(地図)で、村田治兵ヱ(村田春海)の隣に斎藤与右衛門の家があること、
「重修猿楽伝記」「猿楽分限帳」において、
阿波藩の能楽者である斎藤家は代々与右衛門と十郎兵衛を交互に名乗っており、
地図の時代は与右衛門、写楽の時代は十郎兵衛だったこと、
江戸期に築地にあった法光寺の過去帳では、「釈大乗院覚雲居士」「辰(文政三年、1820)三月七日」「五十八歳」「八丁堀地蔵橋 阿州殿御内 斎藤十郎兵衛事」とあること、
などが紹介されている。

その論証は丁寧かつ精緻なものであり、「写楽は斎藤十郎兵衛」と記載した基礎史料(「浮世絵類考」)の裏付けとしては十分なものだ。

「写楽は謎の浮世絵師」と言う過去のイメージが残っている方には、新しい発見が多い一冊となるだろう。

なお、「浮世絵類考」という基礎史料からスタートし、斎藤十郎兵衛の実在を論証、よって「写楽は斎藤十郎兵衛」とする本には、他に明石散人の「東洲斎冩楽はもういない (講談社文庫)」がある。
こちらはフィクションの形式をとっているが、内容はノンフィクション。
本書「写楽―江戸人としての実像 (中公新書)」とは別の史料も多く紹介しており、併せて読むと、実は「斎藤十郎兵衛」という江戸時代の人物については、むしろ、非常に多くの事実が判明していることが分かる。

なお、本書の著者には、他に「和本の海へ 豊饒の江戸文化 (角川選書)」(レビューはこちら)がある。
和本について詳しく知りたい方にお勧めする。

【目次】
第1章 江戸文化における「雅」と「俗」―写楽跡追い前段
第2章 すべては『浮世絵類考』に始まる
第3章 斎藤月岑という人
第4章 『江戸方角分』の出現
第5章 『江戸方角分』と写楽
第6章 大団円
補章 もう一人の写楽斎



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category: 歴史

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図説 ツタンカーメン発掘秘史  

図説 ツタンカーメン発掘秘史
レナード コットレル



エジプトと言えば、ピラミッド、ミイラ、そしてツタンカーメンの黄金のマスク。
誰もが遥かな古代世界に思いを馳せたことがあると思う。

しかし、ツタンカーメン陵の発掘についは、「未盗掘で発見された」程度の曖昧な知識しかなく、
他には「ツタンカーメンの呪い」なんて話しか頭にない。

現実には、どのようなものだったのか。
本書は、ツタンカーメン陵の発掘過程を、当時の様々な写真とともに、丁寧に追うもの。

カーターによる最後の発掘シーズンに始まり、発見時以降のマスコミの報道合戦、エジプト政府による関与、それらに対応しつつ、「宝探し」ではなく、当時に出来る限りの「学術的発掘」としたカーターの苦労が綴られる。

また当時、現地の発掘に常に雇用されていた現地のクフト村の人々が、
一時期エジプト政府によって発掘から外されていたカーターの復帰を強く望む手紙を出していたというエピソードは、カーターと現地の人々との信頼関係が、確実に築かれてきたことを示している。


さて、本書で驚いた点をいくつか挙げておこう。

まず、ツタンカーメン陵は「未盗掘」ではないこと。
といっても、3000年前に埋葬されてからほどなくの時期。そして陵内の状況から、
盗掘者はおそらく現行犯で捕まったこと、
その際に盗掘された品の多くは、当時の神官か墓守によって乱雑に戻されたこと、
そして改めて封印され、それ以降は盗掘されていないということである。

当時の写真を見れば、乱雑におかれた宝物、墓泥棒らの足跡、持ちだそうとしていた布に包まれた指輪など、数千年前の混人が見事に封印されていたのが分かる。

また、棺の中は香油で満たされ、それが樹脂状に固着していたこと。
現在、見事な黄金のマスクを見ることができるが、それが埋葬された当時のままの姿で写真に残っているとは思わなかった。

そして、一時期カーターが干されていた時、その棺にかけられていた亜麻の覆い布が、
エジプト官吏によって乱雑に扱われて急速に朽ち、失われていたこと。
その「失われた亜麻の覆い布」がかかっている状態の写真が本書には収録されているが、
これは二度と見ることができない姿なのだ。

ツタンカーメン陵の発掘以降、歴史学上の重要な発見はあるものの、
これほどまでに人類を驚かせた考古学上の発見は、おそらく無い。

とすれば、その当時の写真を多数収録した本書は、非常に価値がある。
考古学的ロマンを満たしてくれる一冊であった。

【目次】
第1章 王たちの谷
第2章 発見者たち
第3章 ファラオの宝物
第4章 絶望と挫折
第5章 王の御前にて
第6章 仲違いと「呪いという言葉」
第7章 三つの人型棺
第8章 姿を現したファラオ
第9章 伝説と事実
第10章 どうしてそれは起きたのか
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category: 歴史

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ドキュメント 謎の海底サメ王国 (光文社新書)   

ドキュメント 謎の海底サメ王国 (光文社新書)
NHKスペシャル深海プロジェクト取材班+坂元 志歩



地球環境において、日本は特異的だなと思うときがある。
海に囲まれた島国であること。
そして、直近に深海が広がっていることだ。

さて、ダイオウイカについては、2013年に放映されたNHKスペシャル「世界初撮影! 深海の超巨大イカ」(NHKスペシャルのホームページはこちら)で、一気に火が付いた。

だがそれと同時期、深海のサメについても世界で稀有な撮影が行われ、
その成果がNHKスペシャル「謎の海底サメ王国」(NHKスペシャルのホームページはこちら)として放映されたことは、あまり知られていないのではないか。

少なくとも、僕は見逃していた。
番組表で見にしても、「たかがサメだから」と甘く思っていたのかもしれないが、
それが大失敗であったことを、本書で知った。

本書はNHKスペシャル「謎の海底サメ王国」の企画立ち上げから、放映後まで、その舞台裏を綴ったドキュメントである。

大蛇のようなシルエットのラブカ。映画エイリアンのようにアゴが飛び出すミツクリザメ。巨大な口のメガマウスザメ。
深海に棲むゆえに、生態もよく分かっていないこれらの生きた姿、捕食シーンを撮影する、不可能とも思えるプロジェクト。
それを決意させ、可能にしたのは、いくつかの条件が、奇跡のように絡み合ったためだ。

世界でも有数の、沿岸から急激に深海へと深く落ち込む相模湾。
漁を通じて、研究者以上に深海ザメの生態・生息状況を熟知していた地元漁師の存在。
その漁師に、「NHKスペシャル 幻のサメを探せ ~秘境 東京海底谷~」(NHKスペシャルのホームページはこちら)を企画した高野氏が、出会ったこと。

さらにこのタイミングで、クジラの冷凍遺体を深海に沈め、それを継続観察するというプロジェクトが具体化し、
そして、ダイオウイカの撮影でも力を発揮した、広視界の潜水艇が導入される。
(実のところ、広視界の潜水艇を用いたのはこの深海ザメプロジェクトが先で、この時に多くのトラブルをクリアしたおかげで、ダイオウイカの撮影がスムーズに進んだようだ。)

この成果である映像を見逃すとは、もったいないことをしたものだ。
DVDやNHKオンデマンドで配信しているので、いずれ見たい。

さて、本書でも出てきた、「クジラの冷凍遺体を深海に沈め、それを継続観察するというプロジェクト」。この番組でもキーの一つとなるプロジェクトだが、この成果については、「深海 鯨が誘うもうひとつの世界」(レビューはこちら)で美しい映像により紹介されている。本書は、「深海 鯨が誘うもうひとつの世界」をより楽しむためにも有用である。

【目次】
口絵
プロローグ
第一章 海底王国への冒険のはじまり――東京海底谷と「悪魔のミツクリザメ」
第二章 深海プロジェクト始動――メガマウスを狙え!
第三章 撮影機材の改良、漁師の凄さ
第四章 深海ザメとは何か
第五章 深海プロジェクトの凍結
第六章 世界初のクジラ大実験
第七章 クジラが見つからない!
第八章 ラブカの発見
第九章 相模湾で起きていた奇跡
第一〇章 深海の生物移動の謎を解く
第一一章 2013年 奇跡 再び
エピローグ――海底王国 冒険の終わりとはじまり
あとがき 結城仁夫






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category: 魚類

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和本への招待 日本人と書物の歴史 (角川選書)   

和本への招待 日本人と書物の歴史 (角川選書)
橋口 侯之介



和本の海へ 豊饒の江戸文化 (角川選書)」(レビューはこちら)では江戸時代を中心とした話題だったが、本書は日本の「和書」の成り立ちから追うもの。時代的に重複はあるが、全く別の本として楽しめる。

まず、紫式部が著した当時に流通した「源氏物語」がどんな姿だったのか、なんて考えたこともなかった。
それを本書では、和本の成り立ちに沿って推測していく。この第一章だけでも、他書にない視点で十分スリリングである。

また、あのウネウネとした草書体に対応した活字があったとは。それも慶長13年(1608)である。
日本人恐るべし。

これらの事実もさておき、本書で最も驚いたのは、江戸時代における出版・読書文化の高度化である。
おおまかに紹介してみよう。

まず書物には、
・物之本  儒書、医書、仏書などの仮名以外の本
・草紙   仮名の本。御伽草子や黄表紙等。
・浄瑠璃本 演芸の本文を記載した本
がある。

 まず、物之本。
その出版は本屋(物之本屋)が行っていたが、この出版は幕府の検閲がある代わりに、「重板」(同一内容)、「類板」(類似内容)を禁止することにより、作者・版元の権利も明確化されていた。
 物之本はスタンダードな本であることから、出版元が再版・再々版によって利益を得ることができた。
 ただ、原稿を整え、板木を彫り、出版許可を取るなど、初期投資が極めて大きい。
 そこで物之本では、その出版権を「株」(板株)として売買し、初期投資額を分散したり、板株によって再版時の収入を得ることが可能だった。
さらに、この株は出版予定のものに設定されたり(願株)、出版したが板木を焼失したもの(焼株)にも設定されていた。
 この重板・類板の禁止や板株の売買は、江戸・大阪・京都の三都で連携していたという。

 また1年程度で飽きられる草紙等では、貸本が流行っていた。
 文化5年(1808)の「町々貸本屋世話役名前」という史料では、江戸には656軒の貸本屋があったという。
著者によれば、貸本屋一軒の得意先は170~180人程度だったので、延べ10万人以上の顧客がいたことになる。
 
 ちなみに物之本は1冊銀2匁(数千円)、草双紙は3冊セットの黄表紙で銭20文程度(5~600円程度)程度だったらしい。また貸本の見料は、売価の1/6-1/10程度だから、100円程度だろう。
 
 これほど隆盛を極めた和本の世界だが、明治維新により「活字」が導入されることで、大きな断絶を迎える。

 まず、そもそも物之本の「板木」に価値がなくなった。
 例えば、大阪で一大勢力を誇っていた本屋、河内屋の筆頭である河内屋喜兵衛は、積極的に板木を買い集めていたが、明治10年代に倒産の危機に瀕した。
 この過渡期に、江戸時代に二百年以上続いた老舗の本屋が次々と消えた。

 また、活字の本や教育が主流となったことで、一般人が和書(変体仮名やくずし字)が読めなくなった。
 その結果、江戸時代までに出版された莫大な和書は、活字媒体にされたものしか読めなくなってしまった。

 日本人の読書好きは、まさにこの江戸時代の和本・読書文化に端を発しているのだろうが、そこには明らかな断絶がある。 これまで意識したことはなかったのだが、喪ったものは極めて大きいことに気づかされた。
 実際、僕の所有している和本の中でも、例えばこのうち、例えば「大工雛形」(この下の本)の奥付は、次のようになっている。
大工雛形 (1)

奥付
大工雛形 (奥付)

嘉永元年(1848)に彫刻
慶応3年(1867)に求版
明治9年(1876)に版権免許
明治33年(1900)に再版。

本書は実用書だが、この本の板木は、少なくとも企画から50年後、江戸から明治後半までは生きていたのだ。だが、現在この本に出会うことは、無い。
建築様式や版本。僕らは明治維新によって、江戸-明治の断絶が極めて大きいようなイメージがあるが、
実のところ、それ以降に起こった断絶の方が大きいのだろう。

なお、僕の所有しているその他の和本は、「和本の海へ 豊饒の江戸文化 (角川選書)」(レビューはこちら)で紹介している。

【目次】
第1章 千年前の『源氏物語』を復元する
千年前の書物の謎
装訂の誕生―『源氏物語』前史
千年残る紙の進歩
千年前の表記ルール
よみがえる『源氏物語』

第2章 中世の本づくりを担った人びと
藤原定家の時代
大きな役割を担った寺社
木版印刷の始まり

第3章 売れる本づくり
古活字版で広がる読者層
商業出版の始まり
本屋仲間の台頭
名門本屋「風月」に見る多角経営

第4章 世界的にも稀な江戸時代の出版形態
株になっていた出版権
江戸期の本づくり―風月庄左衛門の日記より
江戸期独特の「板株」の実態
共同出版の隆盛

第5章 揺れ動く“本”と“草”
正規の“本”と大衆の“草”
江戸初期に花開く草紙の世界
草紙屋による新たな“草”の拡大
変わるものと変わらぬもの

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category: 読書

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