ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

一瓦一説 瓦からみる日本古代史  

一瓦一説 瓦からみる日本古代史
森 郁夫



市町の歴史資料館に行くと、瓦の展示をよく見る。

個人的な感覚だが、特に奈良・平安あたりの歴史資料に多い感じる。

考えてみれば、
古墳時代だと、そもそも古墳が発掘調査のメインだし、いわゆる竪穴式住居には瓦が無い。
高床式倉庫も茅葺だ。

一方、鎌倉期以降になると、武具や文献資料も多く、そちらの展示が多い。

そうすると、古墳が消滅し、でも文献の多くはまだ木簡という律令時代、
その住居跡・寺院跡となると、「瓦」という焼成された物体が、最も残りやすい歴史資料のような気がする。

実際、香川県では近年、讃岐国府跡探索事業(香川県埋蔵文化財センターのホームページはこちら)というのが進行しているが、ここでも瓦が出土しているようだ。

だが、実際に瓦を見ても、何が面白いのかさっぱり分からない。
忸怩たる思いを抱いていたところ、出会ったのが本書。

本書では、推古朝から聖武朝(とあと少し)について、図版と2ページ程度の解説を加えるもの。

冒頭に瓦を読み解くための専門用語の解説、見方の基礎知識の説明がある。
ここで、瓦を理解するための出発点としての用語を理解できる。

例えば、次のような用語だ。

・瓦の種類   軒丸瓦(のきまるがわら)と軒平瓦(のきひらがわら)

・瓦の文様がある面   瓦当(がとう)

・瓦に文様をつけるための型  瓦当笵(がとうはん)

これを知らないと、そもそも展示の解説を「読む」ことすらできないだろう。

続け本書では、年代順に各瓦の文様が解説される。
これによって、瓦の文様の発展がわかり、瓦の展示に添えられている呪文のような言葉、
例えば「八弁複弁蓮華文」とかの言葉の意味が見えてくる。

ここまで来ると、
文様や瓦当笵を通じた各寺の建立年代の確定や、官、他寺との関係など、
「瓦と歴史」がリアルなものとして認識できるようになる。

もちろん、この一書で瓦を理解することは不可能である。
添えられた図版も少なく、中には拓本もあり、(僕には)解説された文様を見出すことすら難しいものもある。

しかし、瓦を通して歴史を見るテクニックが理解できるという点で、本書は類のない価値を持っている。

歴史の展示を見に行く程度には、歴史に興味があるのに、
展示された「瓦」の面白さがさっぱり分からずに悔しい思いした方に、特にお勧めしたい。

少なくとも、僕のように
「讃岐国府跡探索事業ではどんな瓦が出て、どんなことが分かったのかな」
という程度には、瓦に興味が湧くと思う。

入り口としては、十分であろう。


【目次】
序章 出土瓦から読み取れること
第1章 推古朝の瓦
第2章 舒明・孝徳朝の瓦
第3章 天武・持統朝の瓦
第4章 聖武朝の瓦
補遺
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category: 歴史

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筆跡鑑定入門──ニセ遺言書、文書偽造を見破るには  

筆跡鑑定入門──ニセ遺言書、文書偽造を見破るには
魚住和晃



まず、本書を読んだからといって、筆跡鑑定ができるようになるものではない。
本書は、「現在の筆跡鑑定をめぐる状況」入門である。

本書は大きく2つのパートに分けられる。
前半は、ケーススタディ。

一つは、一澤帆布遺言書事件。
遺言書の真偽をめぐる事案であり、著者による鑑定をふまえて、
当該遺言書は真正のものではない、という逆転勝訴となったもの。
事件の経緯はともかくとして、本書を読む限り、
著者の鑑定方法はかなり客観性が高く、批判に耐えうる手法・観点によるものと感じられる。


二つ目は、「狭山事件」である。

この事件は、1963年に埼玉県狭山市で発生した、高校1年生の少女が被害にあった強盗強姦殺人事件であり、事件当初に送付された脅迫状の筆跡が、被疑者Iの筆跡に一致するとして、有罪となったもの。
(いくらでも検索可能だが、本件は冤罪の可能性もあるため、本ブログでは伏字とした。
なお本ブログでは、過去に足利事件も取り上げているが、菅家氏が無罪であることを確定情報として扱うべきと判断して実名で記述した。)

狭山事件については筆跡鑑定だけでなく、その他の物証、被疑者の自供の変遷、部落差別問題など様々な要因も絡んでいるため、冤罪か否か、僕は意見するほどの知識がない。

このうち筆跡鑑定について、著者は、被疑者の識字能力が低く、逮捕後に写字教育を受け、脅迫状を見ながら書かされたので似て当然(だが細かく見れば明らかに異なっている)と主張し、冤罪説に立つ。

冤罪か否かについては、他の狭山事件関係の文献もふまえて、それぞれご判断いただきたいが、
少なくとも筆跡鑑定については、事件当時、きちんとた方法・基準でなされていないことが、
大きな混乱の原因であると理解できる。

なお、著者は筆跡鑑定の発展する可能性としてしか紹介していないが、
筆跡鑑定のために著者がスキャンしなおしてデジタル処理をしたところ、
「消されていた鉛筆の文字」が浮かび上がったということを紹介している。
著者は軽く扱っているが、これは内容によっては非常に重要な意味を持つのではないかと感じた。


さて、これらの事例を踏まえて、著者が主張する筆跡鑑定に対するスタンスは、次のようなものだ。

・筆跡鑑定は、非常に科学的に遅れており、鑑定者の質によって鑑定結果が変わりうる。
 しかし裁判所では、「科捜研OB」等の肩書、また無意味な統計等に惑わされ、
 誤った鑑定をそのまま鵜呑みにする事例も多い。

・科捜研(やOB)、安易な筆跡鑑定人は、1字1字の字形の類似を重視しがち。
 しかし、まず本人の筆順、筆圧、ハライ等の角度などの筆癖をきちんと把握し、
 それと比較する必要がある。
 
 1字1字の字形の類似を重視すると、偽造など、ある人の筆跡に似せた字などは、
 当然類似性が高く、誤認の可能性が高まる。

・現在の筆跡鑑定は鑑定人の姿勢、知識・経験等に左右される可能性が高いのに、
 証拠として重視されがち。
 筆跡鑑定を科学として確立するようなシステムが必要。

狭山事件はもう40年以上前の事件だが、
現在は指紋やDNAのように、筆跡鑑定もある程度の手法・評価基準があるものと思っていた。

しかし、現実は違うと筆者は指摘する。

その実例として、Nに対する脅迫状事件をあげている。
(本書では実名で記載されているし、ネットでも簡単に検索できるが、被疑者とされたMが起訴に至っていないことから、誤報・冤罪の可能性もあるため伏字とする。)

この事件では、Nへの脅迫状を、Mが書いたことが、科捜研OBの鑑定によって99%確実とマスコミで報道された。

しかし、実際は起訴すらされていない。
すなわち、筆跡鑑定結果が、実際は立件できるほどの説得力がなかったということだ。

それなら、「科捜研OBが99%確実と鑑定した」という報道は、いったい何だったのか。
マスコミも警察も、筆跡鑑定の限界や、「科捜研OB」という肩書に惑わされただけではないのだろうか。
この事件は冤罪とならなかったが、それでも被疑者と報道されたMの被害は相当なもののようだ。


曖昧な鑑定結果が、「科学的な鑑定」のように扱われ、それを基に起訴されない段階で報道される現状。
確かに筆跡鑑定は、もっと「科学」として確立していく必要があるだろう。

またその応用として、筆者は公証役場でのサインを取り上げる。

著者は、筆順や筆圧などが明瞭にならないサインペンは、非常に筆跡鑑定しにくいことを指摘し、
公証役場でのサインはより筆跡鑑定しやすいボールペンの方が適しているのではないか、と主張する。

確かに、遺言書などの重要書類の真正を証するため公証役場では、筆跡鑑定に発展する可能性は、
他の書類より格段に高いだろう。

であれば、筆跡鑑定により適した筆記具が良い、というのは当然である。
こうした配慮すらなされていないところに、現在の筆跡鑑定のレベルが現れているのではないだろうか。

最後に、本書では、他に毛筆の書の濃淡をデジタル化することで、筆の運び、
また真筆か搨模(とうも、原本の書の上に薄紙を置き、文字の輪郭を写し、裏から墨を塗って作成する)という模写かを鑑定する方法を紹介している。

これは筆跡鑑定とは直接関係はないものの、非常に面白い研究である。
これを応用すれば、肉筆の日本画の運筆なども見えてくるのではないだろうか。

著者は、「書聖 王羲之――その謎を解く」(レビューはこちら)の著者でもあり、書にも造詣が深い(というか、書家でもある)。

著者が主張する筆跡学、確かに科学的に発展させてほしい分野である。


【目次】
第1部 ドキュメント 筆跡鑑定
 一澤帆布遺言書事件
 狭山事件―「脅迫状」の怪
 筆跡鑑定がサスペンスに
第2部 筆跡鑑定のすすめ
 筆跡鑑定とは
 筆跡鑑定の地位向上にむけて
 コンピュータ機能の応用
 鑑定手順の原則とは何か
 筆跡鑑定のセンス
 待たれる筆跡学会の立ち上げ
第3部 対談 筆跡鑑定の課題と筆跡学の未来―もう、科捜研にはまかせられない




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category: 事件・事故

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絶滅した水鳥の湖  

絶滅した水鳥の湖
アン ラバスティール



僕の持つ本書は、1994年11月20日発行の初版。野鳥を見始めて間がない時期に購入した。
でもタイトルでわかる通り、読むのがつらい本だ。
だから、いつか読まなければならないと思いつつ、これまで読むことができなかった。
しかし、このブログで、この本を紹介したくて、とうとう読み終えた。

絶滅した野鳥は、オオオビハシカイツブリPodilymbus gigas
グアテマラのアティトラン湖にのみ生息していた、飛べないカイツブリだ。
ポック
"Atitlán Grebe" by http://extinct-website.com/extinct-website/product_info.php?products_id=439. Licensed under Fair use via Wikipedia.


本書では、グアテマラカイツブリと表記しているが、
それより現地でのツトゥヒル語での呼び名、「ポック」こそ、この鳥の名前にふさわしい。

著者アン・ラバスティールは、1960年初め、米国外での自然観察ツアーを企画したとき、
アティトラン湖で見たことがないカイツブリに出会う。
その後、グアテマラ市の博物館で、本種が1929年に発見され、当時約200羽が生息していたこと、
それ以降、ほとんど研究されていないことを知る。

そして数年後、離婚したアン・ラバスティールは、ほんの4~8週間グアテマラに滞在し、ついでにポックを撮影し、論文を出そうと考える。

だが、久しぶりに訪れたアティトラン湖では、ポックが激減し、約80羽になっていた。

ブラックバスなど外来者問題や、生息地のアシの伐採などの問題が発生していることに気付いた彼女は、
勢いに任せてポックの保護活動を開始し、結局、以後24年間、ポックの保護に奔走することになる。

ダム建設計画(これは中止になった)や、ブラックバスなど外来種の増加、湖畔の別荘増加。

湖の環境を悪化させる原因はいくつもあったが、彼女はアティトラン湖の湖畔に住み、
地元テインディオの理解と協力も得て、
アシ伐採の期間制限、地元の自然保護官、保護区の建設などを実施。

一時は発見時を超える約232羽まで回復するに至ったのだ。


ところが1976年、グアテマラ大地震により、湖の水位が低下し始める。

だが、環境保護活動が根付いていたアティトラン湖では、地元インディオがアシの移植に取り組み、
2年半で約7万5千株を移植。

水位低下が落ち着くまで、何とか持ちこたえようと皆が考えていたところ、
今度はグアテマラの内戦が激化。

アメリカにいた著者はグアテマラに戻れず、
地元の自然保護官は射殺され、保護区も略奪、保護活動は全て頓挫してしまう。

残ったのは、湖の周囲の乱開発。
ポックは湖に侵入した近縁種にも圧迫され、
ついに1986年、地元研究者はポックの絶滅を宣言。

その翌年、著者はグアテマラに戻り、湖で2つがいだけポックを発見したが、
保護活動は断念。

現在は1987年が、ポックの絶滅年となっている。


様々な要因が、ポックを絶滅させた。

ブラックバスなどの外来種。湖の生態系を破壊した。
ポックのヒナはバスを飲み込めず、それが理解できない親鳥は、25回もバスを与え続けたという。
また、ちいさなヒナがバスに食われることもあったかもしれない。
増加したバスは底生生物のカニも食害。ポックの餌が減少したどころか、
地元インディオがカニが取れず、蛋白質欠乏症になったほどだ。

湖畔の乱開発。シャレー(別荘)やコンドミアムの建設に伴い、未処理の排水が湖に流入。
インディオは湖で泳ぐこともできなくなった。

グアテマラ大地震。溶岩湖だったアティトラン湖では、どこかから湖水が流出。水位は5m以上も低下した。

グアテマラ内戦。地元自然保護官も殺され、全ての保護活動が破綻した。


だが、本書を読めば、著者アン・ラバスティールと地元の人々は、何とか対応していたことが分かる。
活動の結果、ポックは一時、200羽以上まで増加していたのだ。

確かに大地震という自然災害はあったが、地元インディオは大規模なアシの移植で対応しようとしていた。
このままなら、細々とでもポックは生き残ったかもしれない。
だが、内戦によって全ての環境と、人々の生活が破壊されてしまった。

結局は絶滅してしまったという事実だけを見れば、
絶滅危機に挑んだ著者アン・ラバスティールは、ドン・キホーテのように思えるかもしれない。
しかし、実際は一人の女性によって、全ては改善しつつあったのだ。

ならば、多くの野生動植物が絶滅の危機にある今、なぜ世界は、日本は、そして私たちは改善できないのか。

世界で最も美しいとまで言われたアティトラン湖で、ひっそりと消えていったポック。

その事実を、一人でも多くの方が認識し、生かしていくことを願う。

〈関係年表〉
本書から、ポックの羽数等を整理した。きちんと年代が記載されていない個所もあるため、
正確でない部分もあるが、流れは間違っていないと思う。
表中、◆は減少の原因、◎は保護活動。A.L.は著者アン・ラバスティールのことである。

1929 【約200羽】(名付け親のラドロワ・グリスコム博士)

1936 【約200羽】(アレグザンダー・ウェットモア(スミソニアン博物館))

1950年代 湖には18種の魚が生息

1958 ◆ブラックバス、クラッピー(小型の淡水魚) 放流 (数十尾)
釣り客誘致のため、パン・アメリカン航空と地元のパナハッチェル・ホテル連盟が実施

1959 アティトラン湖のポックならびに他の水鳥を殺したりいたずらすることを禁止する法律が
   実施 (ただし殆ど守られず)

1960 【目視99羽、推定 約200羽】
    シャレー(別荘)28軒
   ◆ブラックバス、クラッピー(小型の淡水魚) 放流 (2000尾)
 放流者・目的は1958と同じ

1965 【82羽】
   A.L.アティトラン湖へ。 シャレー(別荘)32軒
   この頃 湖には5種の魚が生息、大部分はバス、クラッピー、ティラピアの外来種 
   カニ、淡水魚が激減し、地元インディオにも蛋白質欠乏症が発生 

   ◎アシの伐採時期、区画制限に地元同意

1969 ◎湖に保護区建設、つがいを移住させる

1968 【116羽、推定 約125羽】
    湖での生息可能数は250羽程度と見積もる。

1969 ◆湖に水力発電所計画。
   ピーター・スコット、イギリスのフィリップ殿下らの反対もあり、計画中止。

1970頃 【157羽、ヒナを含む推定 約185羽】
    切手3種発行。保護活動の機運高まる。

1975 【推定232羽】
   保護区は観光客で賑わう

1976 ◆グアテマラ大地震

1978 湖の水位 -1m
   ◎インディオかアシの移植に着手、2年以上継続し、7万5千株を移植

1980頃 【130羽以下】
    湖の水位 -2m、アシは1968の24kmから10kmに減少
    シャレー(別荘)308軒、コンドミニアム建設

1982 【80羽】
    ゲリラが活発化

1982.5.7 ◆地元の自然保護官エドガー・パウエルが殺される

     この頃、アメリカから送った保護活動用の物資は届かなくなる

1984 【5~60羽】 
    A.L.グアテマラへ、アシは14km

1985 【54羽】
    捕獲しての人工飼育を検討、湖でナイロン漁網の使用増加(潜水性の水鳥の事故懸念)

1986 【20羽 (32羽が確認されていたが、うち12羽は後に他種または雑種と判明)】
    水位 -5.5.m、シャレー(別荘)401軒
    ◆ポックと近縁のカイツブリとの雑種懸念

1986.6 地元研究者 ポックの絶滅を宣言

1989 水位 -5.8m
   A.L.が2組のつがいを発見するも、積極的な保護活動は断念
   シャレー 449軒、アシ13km、ポックの繁殖可能面積では83%減少
   A.L. アティトラン湖の環境保全の嘆願書を提出




【目次】
プロローグ グァテマラの幻の鳥
世界で最も美しい湖
その名は「ポック」
ブラックバス
ポックを救え!
腕ききシャーマン
保護作戦開始
新しい愛
マヤの遺跡
緑の鎧戸の小さな家
夜の化け物
保護区開設
別れのとき
ダム建設計画
大地震の衝撃
しのびよる危機
長い沈黙
内戦の爪痕
風前のともしび
そして…絶滅
汚された湖
極楽の鳥
湖の試練
さよなら、ポック
エピローグ 最後の別れ
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category: 野鳥

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ときめくチョウ図鑑  

ときめくチョウ図鑑
今森 光彦



毎年、夏が終わると、今年も蝶や甲虫を追いかけなかったことを後悔する。

マニアックに探し求めるつもりはないが、
身近な昆虫を楽しむ気持ちは、何歳になっても保ちたいところ。

だから、雨の日や秋・冬になると、蝶や甲虫図鑑を持ち出すのが多くなる。
しっかりと勘を養って、
今度の春こそ、昆虫の出会いしっかりと楽しむのだ、と。

特に、蝶の図鑑は、何冊見ても楽しい。

特に野鳥でもそうだが、書き手の思いが込められている図鑑は、
「出会いたい」という気持ちにさせてくれるもの。

実用性もさることながら、そういう図鑑は、ちょっと空いた時間に手に取りたい。


本書は、昆虫写真家の今森光彦氏によるもの。

「ときめく」とタイトルにある通り、チョウに対する想いを湧き起こさせる。

ただ、雌の写真がなかったり、季節型などのバリエーションの取り上げが少なかったりするので、識別には別の図鑑が必要だろう。

だから、「図鑑」というタイトルではあるものの、図鑑として購入してはいけない。

屋内で美しい蝶を眺め、いつかこれらの蝶に出会うことを夢見るための本だ。

ささやかな写真集を、身近に置いておきたい。
そんな層にお勧めする。


【目次】
Story1:チョウの記憶
Story2:ようこそ、チョウワールドへ(図鑑)
Story3チョウにまつわる不思議なお話
Story4チョウと暮らす
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category: 昆虫

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波紋と螺旋とフィボナッチ: 数理の眼鏡でみえてくる生命の形の神秘  

波紋と螺旋とフィボナッチ: 数理の眼鏡でみえてくる生命の形の神秘
近藤 滋




生物の形や模様が、なぜそのようになっているか。
ごく基本的な問題だが、それに的確に答えることは難しい。

「適応による進化」という答えは正しいが、それは実は一部分しか回答していない。
進化は、単純に言えば、突然変異で生じた形質を維持し、普遍化するシステムだ。

形や模様が種として固定化される前には、様々なバリエーションがありうる。
どの形・模様が基本型で、どのようなメカニズムバリエーションが発生するのか。

例えば貝の仲間だ。

昔よく海で拾った巻き貝-キサゴ、ツメタガイ、シドロガイなど-は、
平たいか塔のような形かという違いはあったが、巻きの先端は突出し、一方は凹んでいた。

ところがアンモナイトの化石を見ると、同じ巻き貝でも突出・凹みはない。

さらに「異常巻きアンモナイト」といわれるニッポニテスを知るに至っては、
なぜ同じ貝殻を形成するのに、こんなに異なるのかが理解できなかった。
異常巻きアンモナイト2


異常巻きアンモナイト1


そして二枚貝だ。巻貝とは一見して異なるこの形は、巻貝のバリエーションなのか、それとも全く別のシステムで生じた形なのだろうか?

また、現生の動物で言えば、例えばウシやヒツジの角。
それらが維持され、大きくなるのは、性淘汰によるものだろう。
しかし、なぜあのような円錐形や、一部は巻いた形なのだろうか?
これらの形が維持したり、巨大化することについては進化で考えるが、
そもそもこの角の形はどのようなメカニズムで決定しているのか、という問いには、
進化だけでは理解できない。

一方、生物の模様でも、
熱帯魚のカタログを見ていると(飼ってはいないが見るのは好きである)、
底生のプレコの模様が、同じ2色模様のくせに似ていないことに気付く。

Hypancistrus_zebra4305
"Hypancistrus zebra4305" by Birger A - 投稿者自身による作品. Licensed under CC 表示-継承 3.0 via ウィキメディア・コモンズ.

Bristlenose_Catfish_700
"Bristlenose Catfish 700". Licensed under CC 表示-継承 3.0 via ウィキメディア・コモンズ.

同じグループである以上、たぶん模様形成のメカニズムは類似してはずだ。
でも、なぜこうしたバリエーションになるのか、全く想像できなかった。

本書は、そうした生物の形や模様について、それらが形成されるシステムを、
明解な理論をもって教えてくれる。こんな本を求めていた。

キーワードは、タイトルにもある波紋、螺旋、フィボナッチ数列。

上記の現生の巻き貝と通常のアンモナイト、ニッポニテスは、大きく形が違うのだけれど、
実は「螺旋」形成を根本原理としている。そのパラメータを少し変化させるだけで、
様々な「形」が形成されるのだ。

そして、ニッポニテスの「異常巻き」は、
このアンモナイトの「生態」と、「螺旋」形成が密接に関係して成された必然の形であるという。

このメカニズムの解説は、ものすごく鮮やかで、シンプルで、美しい。


一方、プレコの模様、そしてシマウマの縞模様は、
「チューリング波」といわれる反応拡散波の理論をもって、これまた鮮やかに説明される。
反応拡散波って難しそうだが、著者によるシンプルかつ的確な説明により、
多くの方は直感的に理解でき、そして納得できるだろう。

そして最後のフィボナッチ数列は、植物の葉が生じる間隔がなぜフィボナッチ数列になるのか、という点を説明する。

どの項目も、基本にあるのは美しいモデルだ。

そのモデルによって、様々な形や模様が形成される。この段階では、全ての形・模様は中立的だ。

そこに環境選択や性選択などの適応圧がかかり、特定の形や模様が維持された種が形成される。これが進化だ。

その結果を、僕らは見ているに過ぎない。

進化のメカニズムはとても面白いが、
本書は、進化論の本だけでは抜け落ちてしまう生物の素晴らしいメカニズムを教えてくれる。

非常に軽やかな文章で、各章も短いながら、込められている情報量は恐ろしい可能性を秘めている。

ぜひ、一人でも多くの方にお読みいただきたい。

【目次】
1 育てよカメ、でもどうやって!?
2 白亜紀からの挑戦状
3 シマウマよ、汝はなにゆえにシマシマなのだ?
4 シマウマよ、汝はなにゆえにシマシマなのだ?(解決編)
5 吾輩はキリンである模様はひび割れている
6 反応拡散的合コン必勝法
7 アメーバはらせん階段を上ってナメクジに進化する?
8 すべての植物をフィボナッチの呪いから救い出す
9 宝の地図編
10 お宝への旅編

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category: 進化論

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ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足―神経内科からみた20世紀  

ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足―神経内科からみた20世紀
小長谷 正明



いかなる偉人も、人間である。

人間である以上、怪我もするし、病気にもなる。

アメリカの大統領の場合、予備選挙を含めればおおむね1年かけて選挙活動を行う。
だから、そもそも相当の体力がある人間のはずだ。

だが、誰もが年はとるし、激務は続く。

その結果の病を、自身や周囲が察知し、上手く療養できたり政権交代できれば良い。

だが、それができなければ。

しかも、その病のために判断力が鈍ったり、特定の考え方に固執するようになれば。

独裁的な政権ほど、その弊害は増し、多くの人々が苦しむことになる。

本書はヒトラー、毛沢東、レーニン、ルーズベルトなどの政治家や、
ルー・ゲーリックなどのスポーツ選手、
ちょっと変わったところでは、横井庄一氏、ドイツの医師ハーラーフォルデンなどについて、
その動作や資料等から症状・病気を推定(または確定)し、
それによる歴史への影響などを推し量っていくもの。

突出した政治家個人に社会が依存し続けた結果、
病気になった個人に国家の運命を委ね、多くの人命が奪われている。

日本のようにころころ首相等が変わる国はともかく、
特定の政治家が、長期間政務を担う国家にあっては、その政治家の健康管理というのも
リスク管理として重要だというのが、歴史の反省として実感できる本である。

なお、ドイツの医師ハーラーフォルデンは、ナチス政権下のドイツにおいて、
重症心身障害児の安楽死計画「E計画」に関与し、その結果得た脳の標本などで研究を行った医者である。
この医師と、E計画の存在は知らなかった。


また、横井庄一氏は、太平洋戦争終結から28年たった1972年、グアム島から生還した日本軍兵士。
僕はリアルタイムの記憶はないが、物心ついた頃には横井庄一氏を取り上げた本などがあり、
その存在は知っている。
もしかしたら既に知らない世代が多いかもしれないので、念のため記しておく。

【目次】
震える総統
言葉を失ったボリシェヴィキ
主席の摺り足
大統領たちの戦死
芸術家、大リーガー、兵士
20世紀のファウスト博士
映像の中のリーダーたち
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category: 医学

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2014年9月7日 野鳥観察会@姫浜  

シロチドリ探し、タヌキ。

昨日は、久しぶりの野鳥観察会でした。
会の公式ブログでも報告していますが、こちらでは他の生きものも交えて報告しましょう。

開始前。駐車場でまどろんでいたネコさんを激写です。
じりじり近づいたら睨まれました。ごめんなさい。
20140907ネコ

さて、最初に遭遇したのはカワセミです。何度見ても美しい鳥ですね。
カワセミ飛

次に、砂浜にたくさんいたのが、シロチドリ。
香川県では冬鳥でもありますが、今の時期に出会うのは、旅鳥として通過する群でしょう。
どんな鳥かをお見せするため、礫地での写真を先に掲載します。
シロチドリ

この鳥が、たくさん砂浜に潜んでいました。
会の公式ブログでも掲載しましたが、こちらでも掲載しましょう。

シロチドリ探しです(クリックすると、拡大します)。
10羽潜んでいますが、発見できるでしょうか。
現地では、こんな感じで、砂浜に29羽いました。
20140907シロチドリ群

次は、お馴染み黄色い靴下のコサギ。サギ類はダイサギ、コサギ、アオサギがいました。
ササゴイを期待していたのですが、残念ながら会えませんでした。
コサギ

最後に、突堤にいたタヌキの家族です。日中に見るのは珍しいですね。
タヌキ
人慣れしているようで、すぐそばを外が歩いても子タヌキは警戒していませんでした。
餌やりしているのかどうかは知りませんが、不思議な光景でした。

観察会は久しぶりでしたが、やはりフィールドはいいものです。
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category: 雑記:日々のこと

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ダーウィンのミミズの研究  

ダーウィンのミミズの研究
新妻 昭夫



本書、児童書のカテゴリに入れられており、どうも小学6年生の教科書にも取りあげられているようだ。
しかし、子どもの本にしておくのはもったない。

進化論のダーウィンは、一方でイギリスの白亜の崖は、サンゴを食べた魚によって砕かれたサンゴの砂が積み上がったもの、という仮説を持っていた(実際はチョーク(堆積岩)、微生物の遺骸が化石化したもの)。
それを証明する手掛かりとして、同様に生物が地質学的に影響を与える事例として、
ミミズが草を食べて排泄したものが土となって積み上がる、という事実を研究することにした。

そのきっかけは、「10年前に石灰を牧草地に撒いた場所を掘ったら、地下7.5cmの場所に石灰の層があった」こと。

そこで「ミミズが土を積み上げる」ことを実証するため、改めて牧草地に白亜の破片を撒き、その上に土が積み上がる様子を観察することにした。
1842年12月20日、ダーウィン33歳の時である。

ダーウィンは、ミミズの生態や、個体密度、年間に出す糞の量などを調査しながら、何と62歳になって、ようやく白亜の破片を撒いた場所を掘った。
1871年末、ダーウィン62歳の時である。なんと29年後である。

白亜の層があったのは、地上から17.5cmの深さ。約6mm/年のペースで、ミミズは土を作り、地表に堆積させると結論付けた。

そして、1881年(着手から39年後!!)、ダーウィンが死ぬ半年前、ようやくその研究の成果を「ミミズの作用による肥沃土の形成とミミズの習性の観察」として刊行したのである。

この研究の過程が、なかなか楽しい絵で紹介されているのだが、本書の面白さはここからだ。

「じゃあ、今はダーウィンが撒いた白亜の層は、地下何cmにあるのか?」

そんな疑問を抱いた筆者は、実際にダーウィンの庭を掘るべく、イギリスへ飛ぶ。
そして「ダーウィン博物館」(ダーウィンの家=ダウン・ハウス)」の館長の許可を得て、実際にダーウィンの庭を掘ったのだ。
その結果は、意外なものだった。

ここから先は、ぜひ本書を確認していただきたい。

40ページの本ながら、調べるって面白いなあ、と実感する一冊である。

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へんないきもの  

へんないきもの
早川 いくを



「へんないきもの」って、いいよね。

生物を見ていると、驚きばかりである。

多くの野鳥は紫外線も可視領域であるとか、
イボイボのあるナメクジがいるとか、
カベアナタカラダニ(コンクリートを歩く小さな赤いダニ)が花粉を食べているとか、
シロアリの卵に擬態しているカビの菌核(ターマイトボール)とか、
わくわくする。

本書は、そんなワクワクする「へんないきもの」を紹介するもの。

ただ、注意したいのは、本書著者が特に生物畑の人ではないこと。
また末尾に参考文献も掲載されているが、図鑑や二次著作物が多く、
直接の論文とかではない。

そのため、記載されている生物学的情報は、そのまま鵜呑みにするのはどうかと思われる。
例えば「世界一の」とか書いているが、実際に世界一なのかは自分で確かめた方が良い。

また、取り上げた種も、著者が「へんないきもの」と認識したものばかりであって、
おおむね「見た目が変」「日本の類似種と比較して変」「変ってニュースになった」というものである。
生物好きだと、「別に変じゃないよ」と感じる種もいる。

暇つぶしと思って気軽に読むなら、妥当な本である。
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