ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

地球の声がきこえる 生物多様性の危機をさけぶ動物たち  

地球の声がきこえる 生物多様性の危機をさけぶ動物たち
藤原 幸一



RARE National Geographic Rare: Portraits of America's Endangered Species ナショナル ジオグラフィックの絶滅危惧種写真集 (P-Vine Books)」 (レビューはこちら)は、絶滅に瀕している生物を、「静」の写真で描いたものだ。
本書は、「動」の写真が持つ力を存分に生かした一冊である。


ペンギン、サンゴ礁、シロクマ、ホエザル、リスザル、アザラシ。
「これらの動物が絶滅しないよう、自然を守ろう」という映像を見ることが多い。

ただ、これらの動物の背景は、手つかずの自然のであることか多いため、
「こうした無垢な自然に生きる動物を守るために、環境を守らなきゃな」とは感じるものの、
切迫感は、生じない。
背景となった自然環境が、無意識のうちに「まだ危機は及んでいない」と過小評価させるのだ。

しかし、実際は異なる。
おそらくこうした誤解を打ち砕くため、トップは最も人里離れた地に棲み、
雪と氷だけの世界にいるというイメージが固定している南極のペンギンである。

最初の写真は、ペンギンが太腿から出血している。
「針金が刺さって怪我をしたアデリーペンギン」とのキャプションが添えられている。

左側のページには、お馴染みの白い大地を背景にしたペンギンの親子。

しかし次のページにある写真には、
「錆びたワイヤーの塊を不思議そうに眺めるアデリーペンギン。彼らの繁殖地はゴミ山の後ろにある。」
というキャプション。
その次のページは、南極のゴミ山。その間を歩くアデリーペンギンの写真だ。

「まだ危機は及んでいない」というイメージは、完全に消滅する。

もう世界中に、人間の汚染が及んでいない土地など無い。
人類の経済活動は、見事なまでに地球上の全ての生物に影響を与えるに至ったのだ。

猶予はないという現実を、本書は突きつける。

油にまみれたペンギン。漁網で溺死するアザラシ。氷が早く溶けるため、泳げないうちに海に投げ出されて溺死するアザラシ。そのために餌が激減したホッキョクグマ。

また一方では、人間が勝手に移動させることで攪乱される生物がある。

ペットのために群から離されたサル。
外来種として日本でも分布を拡大するタイワンリス。
日本でペットにするために乱獲される東南アジアの甲虫。
外来種のギンネムの葉を食ったために新陳代謝が阻害され、毛が抜け、寒さへの抵抗力や虫への防御を失いつつあるキツネザル。

これらを、「たかが動物」と思うことは、たやすい。
しかし、この狂気じみた攪乱は、必ず人間にも戻ってくるだろう。



ところで、本書でも、日本でペットにするために昆虫が乱獲されていることが紹介されている。
確か、以前は植物防疫法で昆虫の輸入はかなり制限されていたが、
「そもそも穀物を食害しない昆虫」は、「日本の農作物にダメージを与えない」という理屈で、
規制が緩和された。
その結果、以前は図鑑でしか見られなかった外国のカブトムシ・クワガタムシが輸入可能となった。

本書によると、約550種も国内で外国産カブトムシ・クワガタムシが流通しているという。

その結果、様々な問題が発生している。

逃げたり捨てられた外国種との交雑による、国内のカブトムシ・クワガタムシへの遺伝子汚染。
外国産クワガタムシに寄生していたダニの国内侵入。
原産地での乱獲。

また本書では、原産地で大量に捕獲するため、
現地の子どもたちが現金収入の方法として、学校にも行かず、児童労働の温床になっていることが指摘されている。

夏になると、大型スーパーで外国産昆虫が販売されている。
それがいかに歪な状態であり、国内外の生態系を破壊しているか、
多くの方が理解することを望む。



【目次】
南極のゴミ山のペンギンたち
喜望峰でヒヒが人間を襲う
最後の恐竜コモドドラゴンの苦境
日本の昆虫ブームが児童労働と環境破壊を生む
北極から海氷とシロクマが消える日
大仏様を悩ませる隣国のリス
オットセイの命を奪う悲しきネックレス
最後の楽園ガラパゴスの憂鬱
マダガスカルから森がなくなる
体内汚染が進むクジラが危ない
身寄りのないサルたちの保護施設
南アフリカのペンギンは油まみれ
地球からサンゴ礁がなくなる
地球温暖化がラクダの運命を変える
オゾンホールとネコの耳
10万頭のアザラシの赤ちゃんが溺死している
ヒートアイランドで生き抜く昆虫たち
世界最大の魚ジンベエザメに迫る絶滅の危機
ワオキツネザルの「禁断の木の葉」
猛暑が南極のペンギンを襲う
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category: 環境

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RARE : Portraits of America's Endangered Species (National Geographic)  

RARE : Portraits of America's Endangered Species (National Geographic)
ナショナル ジオグラフィックの絶滅危惧種写真集

ジョエル・サートレイ



「ナショナル ジオグラフィックの絶滅危惧種写真集」という身も蓋もないタイトル。
同じズバリなタイトルであれば、原題の方が良い。
そして、もし和訳のタイトルにするならば、本書の主旨を尊重して、
「絶滅危惧種の肖像」としたい。

本書は、アメリカにおける絶滅危惧種を丹念に撮影したもの。
基本的に見開き1種。片面もしくは両面に写真を配し、コメントはごく僅か。

その真価は、「Portraits」と題するとおり、写真にある。


目次の見開きに配された写真を除き(これはコメントも定型から外れているため、挿絵的位置づけだろう)、
全ての写真が、背景が黒または白で統一され、背景のノイズは除外されている。

しかも、動植物の全体を撮影したものは少なく、多くは顔等の一部をクローズアップしたもの。

いわば、個々の種を代表する個体を被写体として、
その種が生きた証ともいえるような「肖像写真」を著者は撮影したと感じる。

実際に、こうして「今絶滅の危機にある動植物の姿」のみを提示されると、
改めて全ての生き物が美しく思えるとともに、今にも消えそうな儚さを感じる。

確かに、生息地を背景とした写真も大事だし、減少原因や生態を詳しく記載している方が、資料価値は高い。
しかし、資料価値の高さが、そのまま人を動かす原動力になるかといえば、そうではない。
本書に図鑑的な役割は期待できないが、絶滅危惧種を救うために、写真の持つ力を最大限に発揮したものと言える。

また、ページを開くと、美しい写真の横に、無味乾燥に大きく示された数字が目につく。
「195」、「<1,000」、「≦330」。
それは、推定される(もしくは確定した)個体数だ。

この広い世界で、ある種の総個体数が、10,000を切る。
それだけでも恐ろしいのに、本書では1,000を切っているものも少なくない。
その事実に、愕然とする。


本書には、ハイイロハマヒメドリの写真が掲載されている。
真っ白い背景に、味気ないラベルが添付されたガラス容器の中で、保存液に使って横たわっている1羽。
その個体数は、0。
本書に収録された種が、この姿にならないとも限らない。

生物多様性なんて、という人もいるが、
知識・技術を比べ物にならないほど発達させた人類が、生物多様性すら保持できないなんて、情けない話だ。

【目次】
・はじめに/ジョエル・サートレイ
・最後の1羽/バーリン・クリンケンボルグ
・現存個体数 1万より多い種
・現存個体数1万から1,000の種
・現存個体数1,000未満の種
・現存個体数不明の種
・現存個体数が増加中の種
・始めよう、あなたにもできること
・掲載種リスト・撮影について

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category: 環境

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犯罪は「この場所」で起こる  

犯罪は「この場所」で起こる
小宮 信夫



タイトルから、具体的な事例を収集して、「こういう場所が危険」と示すのかと思ったが、全く違った。
しかし、逆に学びは多かったと思う。

本書は、犯罪を防止する考え方の転換を紹介する。

現在の日本における犯罪防止は、個々の犯罪者が、なぜ犯罪に及んだかという動機や社会的要因といった「原因」を追究するといった視点に立つ。これを「犯罪原因論」という。

殺人など、犯罪者が大きくマスコミで取り上げられるとき。
「アニメが好きだった」「ホラー映画が好きだった」「職場でトラブルを起こしていた」などといった、特定個人の嗜好や生活態度に報道が収束していくのに接して、正直うんざりする。

アニメが好きだろうと、ホラー映画が好きだろうと、犯罪を起こさない人間の方が圧倒的に多い。

それなのに、こうした「わかりやすい原因」にマスコミが注目するのは、結局は犯罪者を「自分たちとは異質な者」と認識して安心するためだろう。
テレビ・週刊誌を通してしかニュースに接しない中高年層には、「アニメ好き」「ホラー映画好き」「職場の人間関係が下手」というのは、「自分たちとは異質な者」のステレオタイプとして、非常に理解しやすい。

しかし一方、たぶん40代より若いと、アニメやホラーは当たり前で、別にそれがどうしたという感じである。
だから、「アニメ好き」「ホラー映画好き」「職場の人間関係が下手」というのは、自分と「異質」ではない。
それなのに、そこに犯罪の原因を求めるマスコミに、うんざりするのではないか。

本書を読むと、こうしたマスコミ報道が「犯罪原因論」の枠組みにあることが理解できる。
そこで著者が進めるのは、欧米で取り上げられている「犯罪機会論」という視点だ。

「犯罪機会論」では、犯罪性が高い人物でも、犯罪機会さえなければ犯罪を実行しないと考え、その機会を減少させることを重視する。

最も分かりやすい「犯罪機会の減少」の考え方は、次のようなものだ。

・物理的・心理的なバリアがあれば、標的への接近を防げる。
・犯罪者が勢力圏の内側に入っても、目撃される可能性が高ければ犯行を阻止できる。
・犯罪者が標的に近づいても、その抵抗性が高ければ犯行を防げる。

これに注目し、バリア-領域性と監視性のハード面を重視する手法が、欧米でセプテッド(CPTED:Crime Prevention Through Enviromental Design)、「防犯環境設計」と呼ばれるものだ。

例えば児童公園で、壁による視覚を無くしたり、周囲の建物から常に見えるようにするのも「防犯環境設計」だ。
そして監視カメラの導入も、監視性の向上に効果がある。
監視カメラは日本では個人情報面でやや過敏な反応もあり、なかなか導入されないが、通り魔的犯罪が増加すれば、いずれ考えねばならないだろう。
その時、すでに多数が導入されているイギリスでの運用を参考に、冷静に導入の可否を判断する必要があるだろう。
 (例えばイギリスでは、私的な場所を撮影しないことはもとより、
 ・監視カメラの存在を知らせる
 ・保管期間の設定: 居酒屋7日、街路31日、ATM3ヶ月
・権限者のみがモニター視聴、管理者だけが録画を視聴
 ・被撮影者からの開示請求への対応、その際の第三者の画像のぼかし処理、
 ・モニター室訪問者への守秘義務契約などが定められている。)

また有名な「割れ窓理論」も、実は犯罪機会論からの対策である。
・窓が割れているような「場所」は縄張意識が感じられないため、犯罪者への心理的なバリアがない
そこで、割れ窓を無くす(ような環境整備)対策を行うことにより、その場所に対する公共の縄張り意識が感じられるようにして、心理的なバリアを構築する手法である。

ニューヨークでの犯罪減少実績を踏まえれば、犯罪機会論の効果かわかる。

また、「不審者情報」という妙なシステムが盛んになっているが、これも犯罪原因論に執着した結果というのが、本書でわかる。

不審者情報や不審者マップは、不審者という人、すなわち潜在的な犯罪者に焦点をあわせた犯罪原因論の視点に立つ。
しかし、不審者かどうかは主観による。
先に不審者と見極めるのは困難なため、結局子供の大人不信を増長させるだけであり、子どもに挨拶しただけで「不審者」とされかねない。
こんなものは、万一犯罪が発生した時だけは検挙に役立つかもしれないが、犯罪機会を減少することにはならない。

むしろ、「どのような場所で不審者に遭遇すれば危険か」という犯罪機会論の立場で分析すれば、子どもたちが危険な場所を回避したり、回避できなくても「その場所では特に注意する」という日常的な防犯が可能となる。

「犯罪原因論」から「犯罪機会論」という視点は、地域の防犯活動を行う人々だけでなく、小さな子供が周囲にする大人にも、非常に役に立つものと思う。

【目次】
第1章 機会なければ犯罪なし―原因論から機会論へ
 (1)欧米の犯罪対策はなぜ成功したのか
 (2)新しい犯罪学―犯罪をあきらめさせるアイデア
第2章 犯罪に強い空間デザイン―ハ-ド面の対策
 (1)「防犯環境設計」で守りを固める
 (2)監視カメラが見守る、監視カメラを見張る
第3章 犯罪に強いコミュニティデザイン―ソフト面の対策
 (1)「割れ窓理論」で絆を強める
 (2)被害防止教育の切り札「地域安全マップ」の魅力
第4章 犯罪から遠ざかるライフデザイン―もう一つの機会論
 (1)立ち直りの「機会」をどう与えるか
 (2)非行防止教育で「対話」と「参加」を促す
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category: 事件・事故

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2014年7月21日 ニホンミツバチ、東京旅行予定。  

ニホンミツバチ、東京旅行予定。

庭の家庭菜園で、いろいろ育てています。
これまでカボチャも植えたのですが、全て最初の頃に、ウドンコ病で枯れてしまいました。

今年は、畑に植えてやらず、
庭の片隅の堆肥穴(抜いた草などを放り込んでいるだけ)に植えました。
結果、大繁茂して豊作です。

家庭菜園でいろいろ工夫している父としては立場なしです。

さて、カボチャの花を見ていると、早朝にミツバチが渡来しています。
ニホンミツバチ 2014-07-21 (2)
下手な写真ですが、脚に花粉がいっぱい付いているのがお分かりいただけると思います。

ハチはなぜ大量死したのか (文春文庫)」(レビューはこちら)でもご紹介しましたが、
花粉媒介者としてのハチは重要です。
我が家でも大活躍だなと、実感しました。

ところで、このハチはニホンミツバチでしょうか? セイヨウミツバチでしょうか?

ニホンと言いたいところですが、近くにもイチゴ畑があり、授粉用のハチがいそうです。
また、養蜂している人も近所にいそうな気配です。

ネットで調べてみると、確実に識別するのは後翅の翅脈を見れば良い、とのことです。
(セイヨウミツバチとニホンミツバチの区別点、ふらっとばぐずろぐ)

さっそくチェックしてみましょう。
ただ、飛翔中のを見るのは不可能です。でも、殺すのも避けたい。

そこで、以前知った方法にチャレンジしてみました。
まず、ミツバチを捕獲してプラスチックケースに入れ、冷蔵庫へ。
しばし待機すると、体温が下がり、動かなくなりました。

これを持ち出し、日向へ。
最初は翅も閉じて丸まっていましたが、日差しを受けて体温上昇。
徐々に復活し、翅を開きはじめしました。
そこで撮影です。
ニホンミツバチ 2014-07-21 (1)
日差しで温まりだして数分、ミツバチは無事飛び去っていきました。めでたしめでたし。

それでは後翅を拡大して見ましょう。
この赤い丸の部分の形状が、ニホンミツバチとセイヨウミツバチで異なるとのこと。
ニホンミツバチ 2014-07-21 (3)
「エ」の様になっていますが、これがニホンミツバチ。
セイヨウミツバチだと、右下(「エ」で言うと三画目)が突出しないそうです。
(詳しくは、セイヨウミツバチとニホンミツバチの区別点、ふらっとばぐずろぐをご覧下さい。)

よって我が家に渡来するミツバチは、ニホンミツバチでした!

さて、今週末は東京旅行です。
とりあえず、上野動物園と国立科学博物館だけは子供に見せておこうと思い、数年前から計画。
「家族を国立科学博物館に連れて行く」、やりたいこと100リスト(元ネタは人生の100のリスト (講談社プラスアルファ文庫)レビューはこちら)の一つです。
無事週末が迎えられますよう。



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category: 雑記:日々のこと

thread: 日々のつれづれ - janre: 日記

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地雷処理という仕事 カンボジアの村の復興記  

地雷処理という仕事 カンボジアの村の復興記
高山 良二



武装解除(DDR=兵士の武装解除(Disarmament)、動員解除(Demobilization)、社会復帰(Reintegration))関係の本を読んでいたら、次は本書が目についた。

地雷処理。舞台はカンボジアである。

正直、武装解除関係の本はアフリカとアフガニスタンが舞台なので、カンボジアって視野に無かった。
また、ベトナム戦争に絡んで発生した内戦は、1991年に終結。
最近では、猫ひろしがロンドンオリンピックのためにカンボジア国籍取得とかいうニュースが記憶にある程度だった。

しかし、現地ではいまだに、内戦時代の不発弾や地雷が存在する。
カンボジアに埋められた地雷は、400万個から500万個と言われる。

著者高山氏は、自衛隊員としてカンボジアPKOに参加。
その時に、「カンボジアで地雷除去を行う」というライフワークの考えに憑りつかれ、
自衛隊を定年退職後、認定特定非営利活動法人 日本地雷処理を支援する会(JMAS)のスターティングメンバーとなり、現地で活動を開始した。

高山氏が定年後初めて現地入りした2002年には、不発弾処理をしていると子どもたちが不発弾を持って来たり、道端で呼びとめた少女が不発弾を示し、処理をしていると別の子も不発弾を持ってくるという状況。
高山氏らは、次々と不発弾処理に追われる。

しかし、「地雷処理をしよう」と考えていた高山氏は心身ともに衰弱してしまう。
それは、高山氏にとって、地雷処理は「やらなければならないこと」だったためだ。

不発弾は見えるが、地雷は被災者が発生して初めて存在がわかる。
地雷があるかもしれないというだけで、その場所は歩くことすらできなくなる。

しかし、技術が有れば地雷は処理できる。
そして高山氏こそ、その「技術を持つ」人だったのだ。

その後2006年、今度は地雷処理事業の資金を得て、
カンボジア北西部のタイ国境にある「タエサン村」で住民参加型地雷除去事業に着手。

この事業では、地元住民がトレーニングを受けて、地雷探知員になり、
1名が地面ぎりぎりまで雑草等を除去し、1名が金属探知機で探査する。
その作業は幅1.5m、奥行40cmの範囲を1単位として、1単位に1時間以上を要するという。

危険な作業だが、現地の人たちにとっては貴重な現金収入になること、
そして村や社会のために地雷問題の解決のための仕事につけば、誇りにもなるという動機から、
多くの方が参加を求め、高山氏らは99名をトレーニング。
1グループ33名で地雷処理作業にあたっている。

また、地雷処理以外にも井戸掘り、小学校設立などにも着手。
地元の人たちが自立できるようなトレーニング、責任感も養いつつ援助しており、
タエサン村では、他の村がうらやむような良いサイクルでの支援が整いつつある。

しかし、2007年1月19日、対戦車地雷の爆発事故で7名が死亡する事故が発生。

高山氏は、百年は持つ供養塔を作り、百年後、
「百年前には戦争や内戦があり、多くの地雷があった。そのため怪我人が絶えず、
 村は貧しかった。しかし村人たちが地雷除去に取り組み、不幸にして7人が命を落とした。
 タエサン村が発展したのは、彼らのおかげだ」
と言ってもらえるような活動を誓ったという。

最終章には、タエサン村で地雷探知員がきれいにした土地に、大豆が芽を出した写真が掲載されている。

一人の日本人がカンボジアで地雷除去を開始し、
犠牲者を出しながらも、現地の人と共に事業を進め、
そこが畑になり、種が芽を出した。

高山氏は、これを「夢の種」という。
まさに、その通りである。

高山氏は2010年、JMASを退任し、NPO法人国際地雷処理・地域復興支援の会(IMCCD)を設立。JMASは不発弾、高山氏は地雷に特化したようである。
また、個人のホームページもある(こちら)。

【目次】
カンボジアへ
活動の立上げ
不発弾処理に取り組む
バーンアウト
再びカンボジアへ
タサエン
デマイナー
村の自立を目指した地域復興
村の生活
事故
これまで・これから
未来へ・タサエン村から
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category: 戦争

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美保関のかなたへ―日本海軍特秘遭難事件  

美保関のかなたへ―日本海軍特秘遭難事件
五十嵐 邁



野鳥関係で、1990年代後半、島根県美保関によく通った。

米子の海岸線を走り、境港を越え、美保湾沿いに岬の先端へ。
斜面をあがると、少し開けた駐車場に出て、白い美保関灯台があった。
訪れたのは、いつも春。だから、気持ち良い風と、新緑と、爽やかな空気の記憶ばかりある。

その美保関の沖で、かつて日本海軍史上最大の事故が発生していたなんて、全く知らなかった。


ワシントン海軍軍縮条約により、保有艦艇を制限された日本海軍は、そのハンディを訓練により補わんとして、激しい訓練を続けていた。

そして1927年8月24日、美保関沖で大規模な軍事演習を実施。

それは午後10時から、無灯火で、連合艦隊を甲乙に分けるというものだったが、訓練開始から間もなく、駆逐艦「蕨」に巡洋艦「神通」が激突。「蕨」は瞬く間に沈没し、巡洋艦「神通」は艦首を失う。

ウィキペディアに艦首を失った「神通」の写真があったが、その衝撃の大きさに驚く。
IJN_cruiser_Jintsu_damaged_in_1927
IJN cruiser Jintsu damaged in 1927" by 博義王(伏見宮) - 福井静夫『海軍艦艇史 2 巡洋艦コルベット・スループ』KKベストセラーズ、1980年。p308。. Licensed under Public domain via ウィキメディア・コモンズ.


さらにこの混乱により、続いて駆逐艦「葦」に巡洋艦「那珂」が激突し、双方とも大破。
死亡者は、沈没した駆逐艦「蕨」では館長以下92名、駆逐艦「葦」では28名にのぼった。

この大事故を受け、演習は即刻中止。救援活動が行われるが、沈没した駆逐艦「蕨」での生存者は22名のみだった。

地元も協力する中、大規模な捜索活動を行うが、1人の死体も回収できない焦り。

9月1日には、壮大な海軍合同葬が行われる。

そして、巡洋艦「神通」の水城艦長の軍法会議が開始されるも、判決前日、水城艦長は自害。

この未曾有の事件にあって、海軍は、生存者は、そして遺族はどう考え、思い、行動していたのか。
それを著者は、精緻に描き出す。

驚くべきなのは、この著者が、沈没した駆逐艦「蕨」の五十嵐館長の息子その人であることだ。
事故当時は三歳。
本書では、著者が語り手であり、時にインタビュアーとして登場するが、その描く中に、
「遺族」である三歳当時の筆者自身の姿もあり、とても切ない。

以後、「美保関事件」と呼ばれるこの大事件。
軍備に頼れない、精神で勝つのだという精神論が台頭し始めた時期に発生した、未曾有の大事故。
その死を無駄にしてはならないという想いは、結局は以降の日本海軍の体質を、より精神論に傾かせたようだ。

ただ、そうした話とは関係なく、目の前の海で未曾有の大事故が発生したことが、当時の地元の人々を動かした。

その記憶は継承され、地元美保関では、海に沈んだ多くの犠牲者を悼み、40周年、50周年の式典が開催された。
そして80周年にあたる2005年には、本書も再版された。

太平洋戦争に向かう時代に発生した、海軍最大の事故の記録。

本書は、多くの人に読み継がれるべき一冊である。


なお、「美保関事件を知っていますか」という番組も、80周年時に放送されている。











最後になったが、本書の著者は蝶の研究者としても有名な方であり、
アゲハ蝶の白地図」という魅力的な探蝶記というか、旅行記がある。
この本も、いずれ紹介する予定である。








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category: 事件・事故

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南極日和 - 極地を「仕事」にする人たち  

南極日和 - 極地を「仕事」にする人たち
『南極日和』制作班



南極に行きたしと思へども、南極はあまりに遠し。

萩原朔太郎ではないが、そう感じる日々である。
しかし、実は違う、と本書が告げる。

観光旅行としての南極は別としても、
熱意と努力と運があれば、
誰でも南極への道はあるのだと。

本書は、BS朝日で放送されていた(現在は放送終了)、
南極日和」という番組を抽出したもの。(なお、こちらのページでは番組を視聴することができる。)

南極越冬隊に参加した様々な人たちについて、どうして南極に行くようになったのか、
南極で何をしたのか、
南極とは自分にとってどんなところか、などをインタビューした結果をまとめている。

観測者として、14人。観測を支える人たちとして、8人。

観測者は、オーロラ、地質、気象、雪氷、生物などで、いわゆる研究者。
だが皆さん、「南極に行きたいんだ」という気持ちで専攻し、進んでいる。
なお、「すてきな地球の果て (一般書)」(レビューはこちら)の著者である田邊 優貴子氏も登場。

一方観測を支える人たちとしては、建築、調理、庶務、医療、設営、同行教員、写真家。
言われてみれば、確かに建築も庶務も必要である。

だが、これまで南極で活躍する研究者以外の人の話を聞いたことは無かったので、
とても興味深く読んだ。

調理師の中には、小堺一機の父もいたりして、「へー」である。

1人当たり6p程度。
だが、それぞれの方が、それぞれの分野で南極に到達した道の記録でもある。

僕のように、「南極はあまりに遠し。」と諦める前に、進路を模索している方々にぜひ読んでみていただきたい。

【目次】
第1章 南極観測ナビ
第2章 観測する人たち   
第3章 観測を支える人たち

【関連本】
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category: ノンフィクション

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四国遍路道 弘法大師伝説を巡る  

四国遍路道 弘法大師伝説を巡る
白木 利幸,溝縁 ひろし



四国と言えば、遍路である。

気候がよくなると、国道沿いを歩いている白装束のお遍路さんを結構見かける。
札所近くに行けば、お遍路さん満載のバスに遭遇することも珍しくない。
お遍路さんは、四国においては日常である。

さて、四国遍路という祈りの道の、その原点とされる弘法大師・空海。
実在の人物ながら、その宗教的大きさゆえ、様々な伝説も多い。

遍路道が張り巡らされている四国では、弘法大師の伝説も津々浦々にある。
それを紹介するのが本書。有りそうで無かったガイドブックである。


ところで、本書ではまず「遍路」の歴史について解説する。

弘法大師信仰が確立するのは鎌倉時代以降だが、それ以前から四国では、海岸をめぐる「辺路(へじ)」信仰があった。

 我らが修行せしやうは
 忍辱袈裟をば肩に架け
 また笈を負ひ
 衣はいつとなくしほたれて
 四国の辺路(へじ)をぞ常に踏む
(後白河法皇の「梁塵秘抄」巻第二の今様歌)


「今は昔、仏の道を行ける僧、三人伴ひて、四国の辺地(へじ)と云は、伊予讃岐阿波土佐の海辺の廻也。」
(「今昔物語集」巻第三十一、「通四国辺地僧、行不知所被打成馬語第十四」)


四国全土の海岸線(磯や崖)をめぐる修行。
これが空海の事績めぐり、補陀洛渡海の出発点である岬での修行、山岳信仰等々が混り、四国全体を廻る「遍路」となったらしい。
おおむね現在のような遍路コースが確立されたのは江戸時代であり、17世紀(元禄時代頃)に宥辨真念(ゆうべんしんねん、真念法師 ?-1691)が遍路用宿泊所を建てたり、要所に標石を建てたり(琴弾八幡宮参道にも真念建立の標石あり)、様々な案内書を刊行したことで、普及に拍車がかかったようだ。

それでも、明治の頃には普通の旅姿であったらしく、やっと昭和15年(1940)荒川とみ三著「遍路図絵」の挿絵で、母親に連れられた子が笈摺(=白衣の上に着る薄い袖無し)のようなものを着ているとのこと。

現在の遍路道・お遍路さんが確立したのは、そう遠い昔ではないと分かる。

ただ、こうした歴史的な変化はあるにしても、四国という地を巡礼して回るという形態の信仰が連綿と続き、日常的であるというのは、すごいことだ。

ただ、太平洋戦争の昭和20年には、ついに遍路は途絶えたという。

太平洋戦争末期の昭和二〇年。うちのそばに大きな遍路宿があって、宿帳が残っているんです。昭和二〇年は完全な空白。唯一、お巡りさんが、スパイや徴兵忌避の人間が遍路になってまぎれていないかを調べに来た。でも、そのころはお遍路さんは一人も来なかったそうです。これを知ったとき、ぼくは、ああ、あの戦争で日本は国の底をさらうようにして戦ったんだと思いました。底力なんてものじゃない、底の底をたたいて戦争をした。
(「すごい人のすごい話」(レビューはこちら)、早坂暁氏の話)



四国遍路が日常であること。それは、日本にとって非常に重要なことかもしれない。


さて、本書のテーマである弘法大師の様々な伝説である。

例えば大師手植えの樹。杖が樹になったとかの伝説だが、
本書で紹介されたのを数えてみると何と杉、松、柳等23種で、48本くらいある。植えすぎであろう。

この他、石を網で運んだり、穴をあけたり、驚きの連続である。
でも自分の土地の伝説だけは、僕でも何となく本当のような気がしたりして、
いやはや地元の無意識の信仰というのは根強いと思うしだいである。

その他、弘法大師の伝説の数々、本書でお楽しみいただきたい。

【目次】
序章 弘法大師伝説を読み解く
第1章 四国遍路元祖、衛門三郎伝説
第2章 弘法大師の超越した能力
第3章 弘法大師の恩恵と懲罰
第4章 遍路の発展と展開
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category: 宗教

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コウモリの謎 哺乳類が空を飛んだ理由  

コウモリの謎 哺乳類が空を飛んだ理由
大沢 啓子,大沢 夕志



「身近な野生動物」と言えば、何だろうか。
人によっては、イノシシやサルかもしれないし、僕のように野鳥を挙げる人も多いだろう。

一方で、実は多くの方の身近にいながら、存在すら意識されていない野生動物も多い。
モグラ、ネズミ類、そしてコウモリだ。

本書に掲載されているグラフで哺乳類の種割合をみると、ネズミ目42%、コウモリ目21%、モグラ目8%、サル目7%、ネコ目5%、それ以外17%と、実はコウモリは非常に多い種を占めている。
しかも、1995年には約1000種と言われながら、2014年時点では約1300種とされているように、今なお新しい種が発見されているらしい。

その多様性の秘密は、「夜間の空中」という、とても潜在的広がりのあるニッチに進出したためだろう。

一口に空中といっても、開けた場所、森の中、崖地等、様々な場所がある。
そして餌も、昆虫、フルーツ、蜜等、いろいろある。
世界中の夜の空において、これらの、様々な組み合わせを支配するコウモリ。
いったい、どんな生物なんだろうか。

本書は、そのコウモリについて、愛ある眼差しで紹介している。
基本的な分類、形態の特徴、そして超音波によるエコーロケーション。
それぞれについて、現在分かっていること、まだ不明なことを丁寧に教えてくれ、
漠然としたイメージでしか無かったコウモリが、「生物」であることを再認識させてくれる。

例えば、超音波によるエコーロケーションについては、次のようなことが紹介されている。

まずその周波数の高さについて。
人間の聴覚は、20Hz~20kHzまでしか聞こえないが、例えばアブラコウモリは最高45kHzのエコーロケーションを発する。
もちろん、人間には聞こえない。
ところが、猫は60kHzまで聞こえるため、アブラコウモリのエコーロケーション音は聞こえているはずだ、という。
そうすると、夜間に猫がピクッと反応し、窓の外を見る行動も、
実はコウモリのエコーロケーションに反応しているのかな、と生物学的に推測できる。

次に、その周波数の使い分けについて。
高い音ほど小さなモノを識別できるが、空気に吸収されやすいため、探索範囲は狭い。
低い音だと小さなモノは識別できないが、遠くまで識別できる。
そうした特性をふまえ、開けた場所で飛び交うコウモリは低い周波数を出し、スピードが出せる細長い翼を持つ。
一方、森の中などを飛び交うコウモリは高い音を出し、素早く方向転換しやすい幅広い翼を持つという。

さらに、それによる形態への影響について。
コウモリと言えば、可愛い顔をしたタイプと、鼻のまわりがヒダになっている不細工な(失礼)タイプが思いつくが、鼻の周りに鼻葉(びよう)という突起がある種は、鼻からエコーロケーションの音波を出すとのこと。

そして、他種に及ぼす影響について。
コウモリの餌になる蛾の中には、コウモリの超音波を聞くと、自分も4000回/秒の超音波を出して攪乱する種がいたり、また鱗粉がエコーを戻りにくくする種がいるという。

こうして、エコーロケーション一つを取っても、様々な発見がある。

また、野鳥との関係においては、
昆虫食と思われていたヒナコウモリ科の一部の種が、季節によっては鳥を食べていることが明らかとなり、
2000年代以降、スペインやイタリアのヨーロッパヤマコウモリ、インドや中国のイブニングコウモリ、日本のヤマコウモリなどで、コウモリの糞から鳥の羽根や骨が出てくるという事実が明らかになっているとのこと。

一方で(これは本書には書かれていないが)、
ハンガリーの洞窟では、シジュウカラがヒナコウモリ科のコウモリを襲って食べるという行動が、1995-96年の冬と、2004-05の冬、2005-06の冬に複数回観察されているという(BIRDER,2010年2月号)。

昆虫食のコウモリと野鳥が、互いに襲っているという事実。
結局、まだまだ身近な生き物の生態すら分かっていないということだ。

夏の夕方、ねぐらに集まるツバメを見ていたら、いつのまにかコウモリが混じることも多い。

また数年に一度、コウモリの死骸に出会うが、それはスズメよりも小さくて、華奢で、世間一般のイメージとは全くかけ離れた可愛さを感じる。

もっとじっくり見てみたいと思うものの、薄暮の時刻から空を飛び交うコウモリを観察することは難しい。

でも、だからといって放置しておくには、この生き物は魅力的過ぎる。
もっと意識して、コウモリという生物に注目していきたい。

【目次】
1章 コウモリはいったい何者!?
2章 なぜ空を飛べるのか?
3章 闇夜を制覇したエコーロケーション
4章 昆虫、植物とのふしぎな関係
5章 コウモリの生活
6章 こんなところで観察しよう

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category: 哺乳類

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20年目のハッカチョウ、コサギの飛翔 2014年6月29日  

20年目のハッカチョウ、コサギの飛翔

先日、子どもの行事で香川県丸亀市の陸上競技場へ行く機会がありました。
ここは、ハッカチョウが繁殖しており、不思議な囀りが響いています。
前回の記事(こちら)の時は、翼の白斑の写真が撮影できませんでしたので、それにチャレンジ。
今後、外来種の話題の時にも使えるでしょう。

まずは外見。目の虹彩がオレンジで、嘴の上の羽毛が立ってるため、ちょっと独特の顔です。
全身は黒色。ムクドリ大と言いますが、比較するとややハッカチョウの方がずんぐりとして大きいようです。
ハッカチョウ(2014/06/29、以下同じ。)
ハッカチョウ20140629 (1)

次に、飛翔を横から見るとこんな感じ。
翼の白斑が目立ちますので、見間違えはないでしょう。
ハッカチョウ20140629 (3)

下から見ます。尾羽の先端にも白い羽縁があります。
翼と下雨覆の色が異なりますが、この個体は育雛中の親鳥ですので、成鳥です。
色の違いではなく、おそらく翼の羽根自体が薄いのだと思います。
ハッカチョウ20140629 (2)

巣は、こうしたコンクリートの隙間でした。
ハッカチョウ20140629 (巣)

僕の記録を見ると、ハッカチョウを初めて見たのは1994.7.17、丸亀市の垂水町です。
ハッカチョウが繁殖していると話題になって見に行きました。
ちなみに、当時のスケッチがこちら。
飛翔の状況。
ハッカチョウ(イラスト)2

ハッカチョウ(イラスト)1
「ずっと口をあけている」「時々大きく胸をふくらませる」と書いています。読めませんね。

当時は、「外来種が繁殖するなんて珍しいなあ」という程度の認識でしたが、
20年が経ち、香川県ではかなり広範囲に分布して、もう歯止めがきかない程です。
20年前の時点で、抜本的な対策をとるべきでした。


さて、あとはコサギ(2014/06/29)です。足指が黄色いのが、コサギの特徴です。
コサギ20140629 (2)2
目の前の露出部がピンク色がかってますが、婚姻色といって、この時期に出ることがあります。
また、翼の一部(初列風切)が短くなっていますが、怪我とかではなく、新しい羽根に生え変わるための「換羽」です。

こちらは、逆向きに飛翔していった個体。
目先が見難いですが、目先が黄色、また翼の換羽もやや伸びかけていることから、上とは別の個体とわかります。
コサギ20140629 (1)

それにしても、野鳥の飛翔ってエレガントですね。

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category: 雑記:日々のこと

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庭の昆虫など(2014/06)  

ヒメウラナミジャノメ、コガネグモ。

最近、庭の昆虫を探していて気が付いたのですが、我が家では飛翔する昆虫は早朝が多く、午後には庭から去ってしまうようです。
この程度のことすら気が付かなかったのですから、まだまだ見過ごしているモノは多いのでしょう。

さて、本日は庭の昆虫です。最後にクモ類になりますので、苦手な方はそっと慎重にスクロールしてください。

最初に、ヒメウラナミジャノメ(2014/06/29)。後翅裏面の目玉模様が5個というのが特徴のようです。
ヒメウラナミジャノメ20140629 (2)

ヒメウラナミジャノメ20140629 (1)

続いて、セマダラコガネ(2014/06/28)。
先日(こちらの記事)の個体とは、背中の模様が明らかに異なります。
ただ、前回は撮影できなかったフォークのような触覚が撮影できました。
この個体もよく後ろ脚を突っ張っていたのですが、そういう動作も特徴なのでしょうか。
セマダラコガネ20140628

次は、ニジュウヤホシテントウ(2014/06/28)。
アブラムシを食う益虫であるテントウムシと異なり、こちらはナス科植物を食害する害虫。
我が家でもナスの葉の上で絶賛繁殖中です。困ったものです。
ニジュウヤホシテントウ20140628

次は、クモ類です。
まず、たぶんコガネグモの幼体。
クモの仲間も、調べだして知ったのですが、幼体と成体ではかなり異なるようですね。
図鑑でチェックしても、なかなか検索できません。
コガネグモ幼体20140628

ちなみに、クモのチェックに使っている図鑑は「クモ (フィールド図鑑)」です。
著者の一人、高野伸二氏は、野鳥の識別でも第一人者。まだ実用的な写真図鑑が無かった1980~90年代、
フィールドガイド 日本の野鳥」で、当時日本で記録があった555種に親しんだ方も多いのではないでしょうか。
同書は改訂を続け、現在も代表的なイラスト図鑑の一つです。



最後に、以前紹介したドヨウオニグモ(2014/06/28)。透明感あふれる感じで、前回(こちらの記事)よりは魅力的に撮影できたのではないでしょうか。
ドヨウオニグモ20140628

そうそう、ニホントカゲの尾が短い個体がいましたが、我が家の庭でどんな事件があったのでしょうか。気になるところです。

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category: 雑記:日々のこと

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武装解除 -紛争屋が見た世界  

武装解除 -紛争屋が見た世界
伊勢崎 賢治



職業は武装解除」(レビューはこちら)の著者である瀬谷ルミ子氏が、アフガニスタンで一時期一緒に仕事をしていたのが本書の伊勢崎氏。
DDR、兵士の武装解除(Disarmament)、動員解除(Demobilization)、社会復帰(Reintegration)に日本人が関与しているということも驚きだったので、それ関連の本を探していたら本書に巡り会った。

著者である伊勢崎氏は、瀬谷氏にも勝る経歴の持ち主である。
その経歴をどう整理すべきかもよく分からないが、インド留学中にスラム住民を組織化し、デモ、法廷闘争、公共投資などを要求する住民活動を主導するプロとなる。その結果国外退去。
その経験を活かし、今度は国際国際NGOに参加し、シエラレオネでの公共インフラ整備に携わる。
今度はその活動を見込まれて、今度は東チモールのPKOミッションの責任者に。そこでDDRを実践し、今度はシエラレオネでのDDR責任者に。
そしてアフガニスタンでもDDRを指揮と、日本人にはたぶんあまり知られていないが、想像もできない世界で活動している。

瀬谷氏がNGO畑を中心に、また自ら選択的にDDRの道に進んできたのとは異なり、伊勢崎氏は「住民統治」のプロとして進み、その結果、紛争地における住民統治の出発点であるDDRのプロとなったと言えそうだ。

その点、国連PKOのような大組織の統治機構の仕組み、その中での大規模なDDRなどの経験が語られており、瀬谷氏とはまた異なる視点を得ることができる。

しかし、それでもやはり(というか「だからこそ」と言うべきか)、現実を見る目は厳しい。
伊勢崎氏は断言する。

兵士の復員は、内戦時に虐殺に加担した犯罪者へ恩恵を与えるのも、内戦終結のためにやむをえないと大衆が寛容さを保っている短時間に行わなければならない。(p111)



世間はDDRにおいて、武装解除→動員解除→復員事業という理想的な流れを求めるが、そう簡単に収まるものではない。復員中の元戦闘員は、常に危険集団であり続ける。

日本人は武装解除、和解というと何となく相互理解も完了、仲良く和解というイメージを抱きがちだが、
そんな夢物語はない。
一歩間違えば、再び争いが始まりかねない。(p126)


また、武装解除に合意しても、恒久的な平和と安全、将来への豊かさが保障されるわけではない。

兵士が復員することは、一般大衆と同じ「貧困」に統合され、同じ経済的競争に参加することだと明確に理解させる必要がある。(p111)



こうした状況の中で、どのように効果的かつ適切なDDRを行うか。
そのノウハウを持つプロ、伊勢崎氏や瀬谷氏がいる日本は、やはりこの分野で世界をリードできる可能性があるだろう。

また、本書で強く指摘されているが、紛争国の「法と秩序」の回復のためには、国家の警察力と司法インフラの整備が不可欠であるということ。
具体的には警察署や留置場、刑務所等が必要だが、こうした「体制系」インフラは支援されにくいという現実だ。

確かに、様々な募金でも学校や病院などの「癒し系」インフラを対象としたものが多い。

しかし現実には、「小学校よりも刑務所の方が大事」ということが、日本でも理解されるべきだという主張には、目を啓かれた。

確かに、紛争終了直後の貧困国では、治安の回復・維持が最重要である。

安全な社会でなければ、病院などいくら作っても足りない。
子どもたちが安全に歩ける環境でなければ、学校も役に立たない。

病院建設、学校建設なども良いが、こうした現場に立脚したニーズを見失わないようにしたいものである。


【目次】
・魑魅魍魎の日本のNGO業界
・政治家なんて恫喝させておけ
・紛争屋という危ない業界
・後方支援は人道支援ではない
・米国が醸し出す究極のダブル・スタンダード
・テロを封じ込める決定的解決法
・和解という暴力
・紛争解決の究極の処方箋?――DDR
・多国籍軍の体たらく
・戦争利権としての人道援助
・日本の血税で買ったトラックが大砲を牽引する
・改憲論者が護憲論者になるとき

【関連】
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category: 戦争

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