ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

「苦しい 疲れた もうやめた」では、人の命は救えない。 「海難救助のプロフェッショナル 海上保安庁 特殊救難隊」  

海難救助のプロフェッショナル 海上保安庁 特殊救難隊
第三管区海上保安本部



海猿」で有名となった海上保安庁 特殊救難隊、略所はSRT(Special Rescue Team)。
実際に「海猿」と呼ばれることはないらしいが、その存在は事実である。

潜水による救助や、危険物・毒物等を積んだ船舶事故への対応といった、
通常のスキルでは対応しがたい「特殊海難」に対応するために昭和50年に隊員5名でスタート。

以降、様々な事故に直面しながら、その守備範囲を広げて行き、
現在は全国1万3千余の海上保安官のうち、 150名程度しかいない海上保安官の潜水士から、
さらに選抜された精鋭36人。

その実情を知る機会など滅多にないが、
本書は実際の隊員や隊員OBが、その活動・訓練の様子や隊の歴史、
各事故における対応状況などを、自身の手で綴っている。

一人の取材者の手によるものではなく、
普通の「書き手」である隊員の手記を構成したものであるため、
どうしても視野・視点・深さに差がある。
その点で通常のノンフィクションの読みやすさや分かりやすさは無いが、
一方で現実の厳しさはひしひしと伝わってくる。
特殊救難隊という非日常の世界で命を懸けている方々の話なのだから、
むしろこちらの方が良かったかもしれない。

さて、手がけた主な事故として紹介されているのは、次の通り。
あの事故も、この事故もと、記憶に刻まれた大きな事故が並んでいる。
・海王丸座礁海難
・鹿島灘沖、鉱石運搬船座礁・連続海難
・タンカーー「サニー・ブリーズ」号火災海難
・ケミカルタンカー「マース・グサール」号爆発・沈没海難
・自動車運搬船「ファル・ヨーロッパ」号座礁海難
・羽田空港沖、日本航空機墜落事案
・潜水艦「なだしお」・遊漁船「第一富士丸」衝突海難
・タンカー「ナホトカ」号重油流出海難
・LPGタンカー「第三十八いづみ丸」衝突・座礁海難
・瀬渡船「栄福丸」転覆海難
その他にも、東日本大震災や海外での救助活動など、その活動範囲は幅広い。

これらの海難事故に際して、隊員はどう対処したのか。
もちろんベテラン隊員もいれば、初めての任務だった方もいる。
訓練通りにできた方もいれば、
訓練通りにできず、あわや二次被害という状態に陥った方もいる。

だがどの手記でも、そこに通底するのは、
「これを教訓として次に生かす」という信念だ。

一歩間違えれば命を落とす現場において、
最後の砦は自分たちしかいないという自負。
それを支えるのが、日々の努力と、こうした事故に対する謙虚さなのだろう。

特殊救難隊のスローガンは、

苦しい
疲れた
もうやめた では
人の命は救えない


であるという。
この言葉を、その通りに日々貫き通しているのが、特殊救難隊だ。
こうした人々が日々安全を守ってくれているという事実を、
やはりもっと多くの方が知るべきだろう。

ところで本書、読む場合はまず第3章の事例を読むことをお勧めする。
その上で各隊員の手記を読むほうが、より実感が湧くというもの。

ところで、本書を読みつつ、以前野鳥の重油汚染防止対策の講演会で
一般財団法人海上災害防止センターの方のお話を聴いたことを思い出した。
こちらの団体は、海難事故時の防災処置(油等の防除や消火などを実施)を行う、
いわば海の消防隊としての立場かと感じているが(違っていたらごめんなさい)、
そのお話もまた、非常に衝撃的であり、大変なお仕事であると驚いた記憶がある。

海に囲まれている日本。様々な組織の人々が、日々尽力されていることを知っておきたい。





【目次】
第1章〈退職OB編〉
SRTの隊員たちが振り返る
特殊分野への進出と、人的資源の充実
第2章〈現職OB編〉
SRTの隊員たちが振り返る
あの日の苦難、そして達成感
第3章 〈出動事例編〉
SRTの隊員たちが振り返る
困難を極めた救助活動、瞬時の現場判断
第4章〈羽田特殊救難基地編〉
SRTの隊員たちが語る
日々続く、訓練の工夫と発展
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category: 事件・事故

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猟師というスキルの素晴らしさと、日本の限界。「ぼくは猟師になった」  

ぼくは猟師になった (新潮文庫)



野鳥観察や野鳥保護に関わっていると、狩猟には断固反対と思われることがある。
人それぞれだろうが、僕は狩猟には狩猟の価値があるし、
その技術や伝統も尊重されるべきと思っている。
ただ、それは当然ながら現行法の範囲であり、伝統があるからといって法を逸脱して良い筈はなく、
また現行法の制限範囲を拡大するのであれば、それなりの根拠が必要だろう。

なお平等を期するために書いておくが、
昨今では野鳥観察愛好者・撮影者もマナーを守らない―というか、
道交法を守らなかったり、不法侵入や器物損壊を平気で行う輩も出だしている。
ハンターも観察・撮影も、当然ながら法を守って活動すべきだ。

では、法を守って狩猟を行うとき、その実態はどのようなものなのか。
アジア圏では率先して野鳥保護が進んだ(実効性は別だが)日本では、
マタギなどの伝統猟はともかくとして、
日常的な趣味としての狩猟は、長らく日蔭にあった感があり、情報もなかった。

そこに現れたのが、おそらく本書と、「山賊ダイアリー (イブニングKC) 」である。

本書では特に、ワナ猟をする際の技術や、捕獲した獲物の処理方法(トドメから精肉まで)がつぶさに記載されている。
また、解体に必要な場所や保存方法など、
著者自身がそうした情報が得にくかったという経験からだろうか、
次に目指す人にとっては、かなり有用な技術手引きとなるだろう。

また、スズメやカモ類といった、野鳥観察愛好家からすると眼を剥くような獲物もあるが、
それも現行法で認められた範疇の話である。
これについても、単純に毛嫌いして否定する(単純に言えば「かわいそう」とか「残酷だ」という感情論)のではなく、
各種について、狩猟を制限して保護する必要があると認められた場合にのみ、
堂々と反論するべきだろう(と、ぼくは考えている)。

ということで、本書は真っ当・真面目なハンターの物語であり、
動物保護を志す人でも、読んで損は無い。
むしろ、その動物の生態を見る眼の確かさや真摯さは、
珍鳥ばかりを追い求める鳥屋が範とすべきほどである。

だが一方、本書でも様々な課題が提示されている。
例えばシカの増加だ。
現在も沈静化する様子はないほど増加しているシカだが、その対策としてハンターの育成が行政により推進されている。
しかしながら、本書では食材としての価値はイノシシの方が上であり、また販売する場合もイノシシの方が高いことが指摘されている。
ハンターが増えても、シカを積極的に狙うことはないという事実がある。

似たような話で、僕も「ハンターが減ったからカラスが増えた、ヒヨドリが増えた」と言われることがたまに有るが、
ハンターも野鳥で獲るならまずカモ類だろう。

すなわち著者も指摘しているが、「ハンターを増やすこと」と、「有害鳥獣の駆除が進むこと」は直結しない。

「有害鳥獣駆除の実働部隊になる」という目論見があるのかもしれないが、
果たして趣味のハンターに対して、そこまで期待したり、背負わせて良いものか。

そしてもう一点気になるのは、ハンターの質である。
本書において、カモ猟の手伝いを始めた頃の著者自身が、
夕暮れの中、「双眼鏡を覗くと、薄ぼんやりとなんとかカモのシルエットが確認できますが、僕にはカル(マガモ)とアオクビ(マガモ)の区別などまだまったくつきません。」と記している。

シルエットというハンデがあること、
マガモもカルガモも狩猟鳥獣だから結果オーライかもしれないが、
やはり鳥屋からすると、「種類の識別もできないのに、なぜ狩猟免許がおりるのか」という疑問に至る。
これはハンターの問題というより、法制度の運用の問題である。

例えば香川県の狩猟鳥獣のうち、カモ類は11種。
ヨシガモ、ヒドリガモ、マガモ、カルガモ、ハシビロガモ、オナガガモ、コガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、スズガモ、クロガモ
一方、香川県で一度でも記録があるカモ類は、29種。
個体数が少ないとはいえ、例えばトモエガモやオカヨシガモは上記の群に混じっていても不思議ではない。
特に雌だと、条件によっては識別が難しい。
また、アメリカコガモ・アメリカヒドリなんて、もうサイズも雰囲気もコガモ・ヒドリガモだ。

イノシシやシカといった哺乳類とは違い、野鳥はかなり識別が難しい筈なのだが、
この識別能力が未熟なまま狩猟免許が出れば、錯誤捕獲は避けられない。
もちろん経験によって識別できるようになるだろうが、
そもそも「識別できるから」狩猟免許が出るのではないのかというのが、
一人の鳥屋から見た素朴な疑問である。

現在の「ハンター育成推進」という旗振りは、実のところ、
有害鳥獣の駆除には協力せず、
無法にワナ猟を実施し、錯誤捕獲しまくるような質の悪いハンターを濫造するだけではないかと、
危惧するものである。

ただし改めて書いておくが、本書著者が質の悪いハンターだと言っているのではない。
本書も「山賊ダイアリー (イブニングKC) 」の著者も、
初心者がまず目指す手本となる、善きハンターである。

【目次】
第1章 ぼくはこうして猟師になった
第2章 猟期の日々
第3章 休猟期の日々



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category: 技術

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自らを尊重し、受け入れること。「ファインマンさん 最後の授業」  

ファインマンさん 最後の授業
レナード ムロディナウ



人生において大切なのは何か?
どのようにすれば、それを見いだすことができるのだろう?

普遍的な問であり、古今東西、様々な教えが在る。
人類の経験智を元にすれば、今更そんなことで悩む必要もなさそうだが、
実際には一人一人が、多かれ少なかれこの問題に直面する。

人間が生きる、ということは普遍的でありながら、
極めて個人的な営みだ。

そのうえ、「人生において大切なのは何か?」という問いに対して、
明確に答えが得られる保証はない。
ある人は悩み続け、ある人はその問いを保留したまま人生を終えることもある。

本書著者は、前途有望の物理学者のタマゴとして、
破格の待遇で1981年、カルフォルニア大学に招かれた。

だがそれ故に、成果を出さなければならないプレッシャーは、並大抵のものではない。

当時、同大学には、
1965年にノーベル賞を受賞したリチャード・P・ファインマン、
1969年にノーベル賞を受賞したマレー・ゲルマンが在籍し、二人はクォークを巡って反目しあっていた。

著者のレナード・ムロディナウは、この二大巨頭と接しながら、自身の次の研究テーマを模索する。
だがその中で、次第にファインマンの人柄に惹かれ、
いつしか問いかけは
「物理学者として大切なのは、何か?」となり、
最後には「人生において大切なのは何か?」という究極の命題に到達する。

プレッシャーに押しつぶされそうな若い物理学者の葛藤、
ノーベル賞を受賞した物理学者の日常。
ファインマンに惹かれるだけに、かなりマレーの言動に対しては辛辣な筆致であるものの、
当時のカルフォルニア工科大学の雰囲気をよく伝えてくれる。

さて、ファインマンは著者に対し、明確に指導したわけでなない。
著者の様々な問いかけに対し、正直に(そして無配慮に)思うがままを答えただけだ。
だがその誠実な言葉は、著者の心に刻み込まれていく。

本書帯でも要約されているが、ファインマンは著者に次のように問いかける。

デカルトが虹を数学的に分析しようと思ったのは、虹にどんな特徴があるからだと思う?

これに対して、著者は虹の物理的な特徴等を挙げていくが、ファインマンは一言告げる。

デカルトがその気になったのは、虹を美しいと思ったからだよ。



目の前の自然への感動。それは、それに心を動かされたという自身を受け入れる。
だからこそ、解き明かしたいという欲求が生まれる。

それがファインマンが思う正しいプロセスであり、
理論研究が先にあるのではない、ということだ。

本書は、ファインマン自身の著作ではなく、また物理学の本でもない。
ここに描かれているのは、一人の老教授と若者の物語だ。

「人生において大切なのは何か?」
著者は、次のように書いている。

本当の答えを見つけるためには、自分自身をよく知らなければならない。
そして、自分に正直にならなくてはいけない。また、自分を尊重し、自分を受け入れる必要もある。


生きることに真摯に悩んでいる人には、ヒントになるかもしれない。

【目次】
おとなりは、ファインマンさん―ガンと闘うノーベル賞受賞者
ファインマンとの出会い―イスラエルの小さな図書館にて
カルテクへの招待―僕はフリーエージェント
電子的なふるまい―バビロニア人タイプVSギリシャ人タイプ
知恵くらべ―「サルにできるなら、君にもできる」
科学の探偵―誰がシャーロック・ホームズになれるのか?
物理とストリップ―「強い力」から逃れろ!
想像の翼―ファインマンは、いつだってインコースを走る
世界を変えるひも―目には見えない六つの次元
空腹の方程式を解く―結婚披露宴には平服で
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category: ノンフィクション

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今日も腰が痛い。「腰痛探検家」  

腰痛探検家 (集英社文庫)
高野 秀行



完全なぎっくり腰とまではいかないが、
「腰をやらかした」と冷や汗を垂らしたことは数度ある。
父は「歩けんがー」と腰を庇う事幾年月、手術によって何とかそこそこ歩けるまで回復したが、
性格のみならずの体格も遺伝することを考えれば、
おそらく僕の行く手にも腰痛が待ち受けている可能性は高い。

父が腰痛になった際も、「何をしてもいかんがー」と言っていた。
その「何」が何を指すのまでは聞かなかったが(薄情な息子である)、
各種病院やマッサージや貼薬等々にチャレンジしたのだろう。

結局のところ、腰痛は「腰が痛い」という症状でしかなく、
その原因と対策は千差万別である。
原因を確定することも難しく、同原因で人によって有効な治療法が異なるようであることを考えれば、
腰痛を治そうという旅は、まさに万里を行くが如しである。

著者、高野 秀行氏は、辺境・探検・ノンフィクション作家(著者ホームページによる)。
僕も、「幻獣ムベンベを追え (集英社文庫) 」(レビューはこちら )だけを読んでいるが、
正攻法の探検家というより、「とにかく行っちゃえ」タイプか。
誰も知らず、試行錯誤するからこそ面白いというスタイルだ。

その高野氏が、腰痛という沼に陥っていまったのが、本書に繋がる。
いかに腰痛を直すか。自身の原因は何か。
それを求め、まさに腰痛という迷境を彷徨い続ける。

カリスマ治療師、西洋医学、姿勢、運動、心療内科…。
深みに嵌るとはまさにこの事と言うほど、次から次へと門をたたく。
それもあっさり諦めるのではない。
長々と続けたあげく、「気が付いたら全く良くなっていなかった」のだから、本当に治す気があるのかと思うほどである。

結論から言えば、高野氏は腰痛ジャングルを突破するのだが、
結局のところ、何がよかったのかは分からない。
よって、本書が腰痛治療の役に立つとは全く思えない。

ただし、身近に腰痛界を彷徨っている人がいる場合などには、
「こんな風に大変なんだなあ」と、ちょっと思いを馳せる材料となる。

一方、僕のように、これから腰痛界を彷徨う可能性があるやもと思っている人間にとっては、
来るべき将来に備えて、「こうはなりたくない」(ならない、とは言えない)と思わせる一冊。

多くの場合、腰痛は生死にかかわる程ではないが、
人生のクオリティにはかなり響くもの。

こうした本もある、と頭の片隅に留めておくと、数年後・数十年後に読みたくなるかもしれない。


【目次】
プロローグ
第1章 目黒の治療院で“ダメ女子”になる
第2章 カリスマ洞窟の冒険
第3章 民間療法の密林から西洋医学の絶壁へ
第4章 会社再建療法
第5章 密林の古代文明
第6章 腰痛メビウス
第7章 腰痛最終決戦
エピローグ 腰痛LOVE


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category: ノンフィクション

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アルピニストが、いつまでも山を愛せるために。「穂高に死す」  

穂高に死す (ヤマケイ文庫)
安川 茂雄



「山と渓谷」2016年11月号に、「穂高岳は21世紀の「魔の山」なのか」というコラム(森山憲一、YAMA-KEI JOURNAL HEAD NEWS)が掲載された。

本記事によると、穂高岳山荘の宮田八郎氏の話として、穂高岳では2015年まで2年連続で20人以上の遭難死者が出ており、2016年もそのペースに変化は無いという。
なぜこの事実が注目されないか。実は遭難統計は各県ごとに計上されるため、長野と岐阜の県境にある穂高岳については、総体が見えにくくなっているのではないかとも指摘している。
谷川岳は死亡者の累計が800人を超え、「世界一遭難数の多い山」等と言われるが、その死者数は近年では年に数件程度。

それと比較すれば、現在進行形で遭難死者数が累積している穂高岳こそ、事実上の「魔の山」(として注意を払うべき)ではないか、というものだ。

僕自身、中学生の修学旅行で上高地を訪れ、そこから望む穂高岳には心を動かされた。
「いつかは登りたい」と思わせる何かが、そこには在る。
実際には、後に自分が高所恐怖症であると分かったため、登山は諦めた。稜線歩きなど無理だからだ。
だからこそと言うべきか、今も「穂高」という名前には、特別な憧れがある。

そう考えられると、一定量の山に登る意思と経験がある方の多くが、
穂高を訪れることに何ら違和感はない。

だがその憧れが、遭難に繋がるとすれば、これほど悲しい事はない。

本書は、1965年(昭和40年)7月刊行の、「穂高に死す」の文庫版だ。
本ブログでも多く紹介している近年の遭難事例集とは異なり、
かなり昔、すなわち日本で「アルピニズム」という言葉が生きていた時代の話だ。

第1章、明治38年(1905年)の乗鞍岳、最初の「登山事故」と目される事例から始まり、
井上靖が「氷壁」でも描いたナイロンザイル事件を経て、
昭和34年(1959年)の穂高滝谷での遭難までの11章から構成されている。

現在とは比較にならない装備であり、テクニックだろう。
また登山黎明期だからこその挑戦や、
黎明期の優れた登山家だからこその過信等による遭難などもあり、
直接的に今後の遭難事故対策に資するというものではない。

だが、こうした先人たちによる開拓や経験が積みあがった結果、
多くの知見が蓄積され、また装備や技術も進展し、
現在の「誰でも楽しめる」登山の大衆化に至った。
そして、多くの人々が、憧れの穂高を目指すことができている。

だが、 その幸福を、遭難死という結果で終わらせては、いけない。
「誰でも楽しめる」という意味は、何ら準備しなくても大丈夫ということではない。

かつてのように山に人生を捧げるような生き方をせずとも、
「適切な知識、経験、判断力と装備等が備わっていれば」誰でも楽しめる、ということだ。

本書を初めとした山岳遭難事故関連の本は、いわば山に向かう自らを客観視するためのツール。
これらの本を記した著者や、出版者の想いが、届くべき人に届くことを願う。

【目次】
乗鞍山上の氷雨
北尾根に死す
アルプスの暗い夏
雪山に逝ける人びと
大いなる墓標
微笑むデスマスク
“松高"山岳部の栄光と悲劇
ある山岳画家の生涯
一登山家の遺書
「ナイロン・ザイル事件」前後
滝谷への挽歌
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category: 事件・事故

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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