ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

いつまでも語り継ぎたい、栄光ある失敗。「アポロ13号 奇跡の生還 (新潮文庫)」  

アポロ13号 奇跡の生還 (新潮文庫)
ヘンリー,Jr. クーパー



1970年4月11日ジェームズ・A・ラヴェル船長、ジョン・L・スワイガート、フレッド・W・ヘイズは、月へ旅立った。
アメリカでの3回目の有人月探査であり、既に技術的な問題はクリアされ、
月探査は日常的なプロジェクトとなりつつあった。

だが打ち上げから2日後、2基ある酸素タンクのうち1基が、爆発。
それに伴い、酸素タンクから連結していた3基の燃料電池のうち2基が故障。
地球から遠く離れた宇宙空間で、酸素も電気も途絶えるという大事故が発生する。

本書は事故発生から帰還まで、刻一刻と変化する状況を、
まるでリアルタイムで感じるような記録である。
淡々とした記述に対する意見も在るようだが、原著は1973年刊行。
現在のノンフィクションでは重厚な取材が定番となっているが、まだそうしたノンフィクション文化もなかった時代であるだろうし、
事故から3年後というタイミングではこの内容が限界ではないか、と思う。

1993年にトム・ハンクス主演で映画化もされており(「アポロ13 [DVD]」)、おそらく本書刊行以降に明らかとなった情報も踏まえているので、
アポロ13号の緊迫した状況をよりダイナミックに感じたい方は、そちらもお勧めである。

それにしても、本書は生還のドラマもさることながら、
1970年に、宇宙空間での大事故に対してNASAスタッフがいかに考え、
いかに判断して解決に導いたか、という技術的背景を知ることに意義があるだろう。
事故をリカバリーするため体制、ヒューマン・エラーを防ぐための対応。
現代の日本において同様な事故が仮に発生した時に、これほど機能的なバックアップ体制が構築できるのだろうかと、不安になるほどである。
この事故は今から約50年前だが、これこそがアメリカの底力、と言っても良い。
それを知るだけでも、本書の価値はあるだろう。

ところで読み終わって気がついたが、巻末に写真(白黒)とアポロ13号の図版が収録されている。
実はこれを先に見ておく(そして随時確認する)方が、本書は数倍楽しめるだろう。
(どうして巻頭に収録していないのだろうか。)

いわゆる「知の巨人」立花隆を売りにしているため、今となってはちょっと手を出すのを躊躇する装丁だが、
アポロ13号の事故を知るための手頃な一冊である。


【目次】
第1章 ワン・アウト
第2章 月を回る
第3章 復路
第4章 帰還


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category: 事件・事故

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とにかく実践! 「捕まえて、食べる」  

捕まえて、食べる
玉置 標本



魚、昆虫、カメetc。
命の重さや法律上の問題はもちろん在るが、そうした課題はさておき、
自分で工夫して何かを捕まえた時は、誰でも喜びを感じるだろう。

ただ現在、日常的に何かを捕まえることは、無い。
もちろん何かを捕まえなければ生きていけない訳でもなく、殆どの人はその日常に満足している。

だが潮干狩りや釣りを楽しみ、昆虫採集をし、ハンターを目指す。
その対象と理由は様々だが、「捕まえたい」という欲求に正直であることは、間違いない。

本書著者は、その「捕まえたい」という欲求だけでなく、
それを「食べたい」という欲求にも極めて正直な人だ。

本書で紹介されている捕獲物は、エイ、ホタルイカ、アナジャコ、タコ、ザザムシ、スッポンと多岐にわたる。
確かにどれも「食材」と聞いているが、地元民でないと積極的に食べないものも多いし、
何より獲り方なんて分からない。

だが著者は、飽くなき探求心で捕獲法(テクニックだけでなく場所や時期も含め)を調べ、
コネと体力を使って(泥縄式の場合もあるが)その手で捕獲し、そして味わう。

ハードな事件は起こらないものの(もちろん捕れないとか、雨とかはあるが)、
いずれもワクワクする「旅」だ。
読了後、たぶん各自の身近な食材を、自身で捕まえてみたいと思うことだろう。

とりあえず僕は、以前失敗しているマテガイだな。

なお、本書を読んで楽しめた方は、ぜひYOUTUBEにアップロードされているチャンネル、
釣りよかでしょう。」をお薦めしたい。
釣りとの楽しさもさることながら、
「何かを仲間で捕まえる」ことの楽しさに満ち溢れたチャンネルだ。


【目次】
標本1 世界で二番目に臭い料理、「ホンオフェ」をエイから作りたい
標本2 富山湾の「ホタルイカ」を網で掬って食べたい
標本3 干潟にて「アナジャコ」を筆で釣って食べたい
標本4 穴に塩を入れて「マテガイ」を捕って食べたい
標本5 天麩羅の高級ネタ、「ギンポ」を針金ハンガーで釣りたい
標本6 「ヒラツメガニ」を捕まえて手作り麺でラーメンにしたい
標本7 日本海の離島、粟島の「タコ」を捕まえる大会で優勝したい
標本8 麗しの野草マニアから、多摩川で食べられる「野草」を教わりたい
標本9 長野で「ザザムシ」を捕って食べる文化を体験したい
標本10 高級食材の「スッポン」を捕まえて鍋にしたい

column1 私の「捕まえて食べる」流儀
column2 「捕まえて食べる」ことの経済学
column3 干潟の靴は地下足袋がベスト!
column4 マグロだって釣れるのだ
column5 「いつかは! 」のターゲット

捕まえて食べられるリスト
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category: ノンフィクション

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被災した報道機関の葛藤と闘いの記録。「神戸新聞の100日 (角川ソフィア文庫)」  

神戸新聞の100日 (角川ソフィア文庫)
神戸新聞社



1995年(平成7年)1月17日、阪神・淡路大震災が発生した。

現在から振り返れば、「未曽有の大地震」というと東日本大震災を思い浮かべる人も多いと思うが、
関東大震災以来、広範囲・多数の犠牲者が生じる規模の震災がなかった日本において
(もちろん犠牲者が発生した地震は数多くあり、それらが「軽い地震」というつもりはない)、
阪神・淡路大震災は、一時代を画す「震災経験」だったと思う。

交通インフラが破断し、
当たり前となっていた電話による通信手段も断絶。
日常のネットワーク化(まだインターネットは発展していない)が進んでいた中で、
こうした震災による「孤立化」は、日本人が体験したことがないものだった。

その中で、情報ネットワークの中心である神戸新聞社も被災した。

本書は神戸新聞社の被災直後から100日間(文庫ではより以降の時点からも追記されている)について、
記者をはじめとするスタッフがどう思い、いかに新聞を刊行し続けたかのドキュメントである。

こうした被災下の新聞社の記録としては、「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙」(レビューはこちら)
があるが、もちろんその苦労に軽重の差は無い。

とはいえ、やはり戦後社会において初めて「震災直下」に遭った新聞社として、
神戸新聞社の苦労は並大抵のものではない。
カメラもフィルムの時代である。現像するにも設備がいる。
また原稿もDTP化が始まろうかとしていた頃だ。
そのような環境下において、どこまで取材し、どこまで記事にできるのか。
それぞれスタッフの葛藤と苦労は、計り知れない。

だがそのような中、神戸新聞社は「被災者としての新聞社」という立場が成立し、
それを貫くこともまたマスメディアの在り方の一つであるということを証明した。
このロールモデルがあってこそ、河北新報も歩み続けることができたのではないか、と思う。

ただ蛇足ながら、
報道機関としての使命や責務はもちろん在るが、
記者やスタッフも被災者である。
今後同様な震災が起こった時、地元マスコミが神戸新聞社や河北新報社をモデルとして、
震災下での報道を「続けるべきだ」と強迫観念にかられると、
更なる犠牲者を生み出すような気も、する。

日本ではともすれば美談として終わりがちだが、
一般人は「被災者である地元マスメディア」に対し、震災直後にどこまで・何を求めるべきなのか。
また、阪神・淡路大震災当時、マスメディアの取材ヘリのために救助活動が阻害されたという話も聞く。
災害下でのマスコミ報道の在り方について、今、考えておく必要があるだろう。



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category: 災害

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昭和38年に起こった、悲劇の記録。 「誘拐 (ちくま文庫)」  

誘拐 (ちくま文庫)
本田 靖春



現在は減少している感があるが、身代金目的の営利誘拐というのは、
1980年代までは多かった感がある。

事前の下見、実際の誘拐、家族への連絡を必ず経なければならないことを考えると、
交通手段や監視カメラ、通信機器やコピー機等々、様々なテクノロジーの進歩により、
以前に比して格段に逮捕される可能性が高くなっているだろう。

だが、昔はそうではなかった。

本書で取り上げられている吉展ちゃん誘拐殺人事件。
昭和38(1963)年3月31日、東京都で発生した4歳の男児が誘拐された事件だ。

発生時点では、まだ逆探知すら法的に認められていない。
そのため、数度の長い電話―3分50秒にわたることも―があったものの、犯人を探知できず。
また電話の録音は警察ではなく被害者自身が手配、
身代金の受け渡し現場でも、トラブル続きで警察はリアルタイムで見張れなかったなど、
様々な警察側の落ち度もあり、結局身代金も奪われてしまう。
そして、その身代金の紙幣番号も控え忘れるという失態があった。

目撃者もなく、証拠も少ない。
また、当時は営利誘拐に対する対応も統一されておらず、
事件報道そのものも公開、非公開、公開、非公開と変動する。
そしてついに昭和38年4月13日、警視総監が犯人に呼びかける異例の事態に発展した。

そこで犯人の声を報道に提供。
多数の情報が寄せられ、実際に犯人もその中に含まれており注目されていたものの、
決め手に欠く状況のまま、事件は迷宮入りの様相を呈してくる。

そこで昭和40年3月、警視庁捜査一課の捜査本部を解散し、改めて吉展ちゃん事件に関して、
FBI方式と呼ばれる専従者による特捜班を設置した。

その専従班の中には、冤罪事件もあるが、昭和の名刑事と呼ばれた平塚八兵衛も含まれていた。
平塚により改めて丁寧な捜査が行われ、犯人のアリバイが少しずつ崩れていく。

一方、別件逮捕のまま、誘拐事件の取り調べを受けている犯人(当時は犯人と分かっていない)に対して、
人権侵害との声が高まってくる。

迫り来る取り調べの打ち切り。
その中で、ついに平塚により、犯人が自供を始める。

本書は吉展ちゃん事件の発生から、初動捜査の失敗、迷宮入りの危機、
そして平塚八兵衛の捜査が克明に再現されている。
また一方、犯人の生い立ち、判決確定から死刑を迎える日までの日々が克明に描かれている。

ここで明らかにされる犯人の生い立ちを知れば、確かに同情されるような面もある。
だが、そうした(多くの人も味わう)生の苦しみと、犯罪は本来直結しえないし、してはならない。

50年前の事件だが、読後に残る苦い無念さは、
これからも引き継がれていく必要があるだろう。

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category: 事件・事故

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深海こそ、日本が先陣を切るべきフロンティア。「深海のパイロット (光文社新書)」  

深海のパイロット (光文社新書)
藤崎 慎吾,田代 省三,藤岡 換太郎



本書は2003年刊行。
1991年から調査潜航を開始した「しんかい6500」が着実に運用される中、
2000mまで潜れる「しんかい2000」が、2002年11月11日に、1,411回の潜航を終えて運行停止となって間もない時点である。
「しんかい2000」は構造的にも運用的にも「しんかい6500」の先行モデルであった。
だが単なる試験的なものではなく、本書に詳しいが「しんかい2000」でなければ適切な調査が行えない範囲もある。

今でも日本の深海調査は世界の最先端にあるが、
実のところそれは「しんかい6500」というたった1機の深海探査船に頼っている。
更に深く潜航する「しんかい12000」も建造されるらしいが、
多くの研究者により「深く広く」探査を進めるためには、やはり「しんかい2000」を運用し続ける方が、
継続性という意味では良かっただろう。
(それでも「しんかい2000」は動態保存されているので、復活は可能である。)

ただ、有人探査と無人探査の使い分け、というのも確かに重要である。

本書は「しんかい2000」、「しんかい6500」を操縦するパイロットに焦点をあて、
パイロットの立場からの深海と深海探査の面白さを紹介する。

潜水探査の手順については類書でも詳しいが、
予想外の潮流の有る深海において、
研究者の求めに対応するために、いかに視野も狭く、動きも制限される深海探査船を動かすかといった話は、
本書ならではだろう。

また、世界の同等クラスの深海探査船に対するライバル意識というのも、
パイロットの視点ならではだ。
より厳しい環境に、どこまで安全にチャレンジできるか。
そこには確かに、パイロットの「腕」が問われる環境が有る。

また、無人探査と有人探査の使い分けについても、
人がいくことで、無人探査機にはなしえない「勘」による探査が可能だ、と説く。
無人探査機から得られるフィードバックは、それに搭載したセンサーに制限される。
確かに、「どんなセンサーを、どの精度で搭載するか」という検討は、
人間が体験していないと判断できないのではないかと思う。

「しんかい6500」の窓は、内径12cm。
だが額をつけて除くと、視界は全て深海底となる。
冷たさや寒さ、かすかな光などを「感じながら」探査するというスキルは、
やはり有人探査船でなければ養えないのではないか。

宇宙へ行き、月に立つ。
深海へ潜る。

そうした探査の最先端を走るということは、そこへ人類を到達させるというミッションを背負うということでもある。
そして日本は、深海探査においては、その「人類のミッション」を背負っている筈だ。

本書が投げかけた問いは、未だ生きている。
その問いに対する答えは、日本の科学技術振興のスタンスを示すものとなる。
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category: 技術

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