ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

魅力溢れる古代の生物を巡る旅。「カラー図解 古生物たちのふしぎな世界 繁栄と絶滅の古生代3億年史 (ブルーバックス)」  

カラー図解 古生物たちのふしぎな世界 繁栄と絶滅の古生代3億年史 (ブルーバックス)
土屋 健,田中 源吾



生命誕生。諸説あるが、本書では遅くとも約34億年前には、顕微鏡サイズの生物がいた、としている。
一方、古生物として最も分かりやすい恐竜が繁栄した「中生代」は、約2億5200万年前から始まる。
では、その直前、生物が顕微鏡サイズではない化石として残り始め、恐竜が跋扈するまでの間、
いかなる生物が地球を支配してきたのか。

本書はその時期、「古生代」と呼ばれる約5億1千万年前から、中生代が始まるまでの
約2億8900万年間の生物史を、多数のカラーの標本写真、イラスト等を交えながら、
その最新知見を纏め上げたものだ。

もちろん、以前開催された「国立科学博物館 特別展「生命大躍進-脊椎動物のたどった道-」で人気だったアノマロカリス、
20150710 アノマロカリス.jpg
(復元模型はこんな感じ)
20150710 アノマロカリス復元.jpg

ウミサソリも登場する。
20150710 ウミサソリ.jpg

この古生代という時代、お馴染み三葉虫やアンモナイトが頑張っていた時代を含むのだが、
恐竜に比して、なかなか分かりやすい一般書は少なかったと思う。

だが、これからは本書がある。

例えば僕の手元にある三葉虫化石を見てみよう。

Elrathia Kingi
カンブリア紀、5億年前の三葉虫だ。たくさん産出するらしく、いろんな店で安価に売られている。
Elrathia Kingi エルラシア・キンギ

一方、Flexicalymene ouzregui
オルドビス紀。だいたい約4億5000万年前くらい。
(僕の個体のラベルは「Flexicalymene」だが、最近は「Diacalymene」に分類されている?)
Flexicalymene ouzregui フレキシカリメネ

この二つを比較して、真っ先に感じる違い。それは「厚み」だ。
この厚みの変化は、なぜ起こったのか。
それを知るためには、そもそも三葉虫はいかなる生態を持ち、
どんな環境下(自然環境も捕食者との関係も含む)で生きてきたのかを知る必要がある。
それを時代変化と共に読み解くことで、
本書は「厚み」の変化、そしてこんな↓不可思議な三葉虫に進化した理由が見えてくる。
ワリセロプス.jpg
(※国立科学博物館の標本写真。)

以上は本書の、一つのテーマに過ぎない。
これ以外に、脊椎動物・アンモナイト・植物など、様々な生物種の進化の歴史が、コンパクトに説明されている。

もちろん恐竜も楽しいが、
生物進化を考えるなら、それ以前も当然、重要だ。

そして古生代は化石が少なく、情報量も少ないが、
むしろワクワクするような不可思議な生物に満ちている。

この一冊でそれらの生物に出会えるツアーが探検できるようなもの、
古生物好き必携の一冊である。


【目次】
プロローグ-前夜-
第1章 勃興
第2章 節足動物と軟体動物の支配
第3章 革命
第4章 祖先たちの王国
エピローグ
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category: 恐竜

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正しい議論の出発点として。「ニホンオオカミは消えたか?」  

ニホンオオカミは消えたか?
宗像 充



本書は、ニホンオオカミの存否を検討するうえで、
広範な取材に基づき、現在の問題点と到達点を記した、極めて貴重な一冊である。
ニホンオオカミに興味がある者ならば、必ず参照すべき基本文献の一つになるだろう。

だが、多くの方は「なぜ今さら絶滅したニホンオオカミなのか。」と疑問を抱くだろう。
雪男を追うようなトンデモ本の類と思われるかもしれないので、
この誤解を解くため、やや長いがニホンオオカミを巡る問題について、改めて整理しておきたい。

まず、ニホンオオカミほど「ないがしろ」にされている野生動物も珍しい。
公式には、1905年(明治38年)1月23日に、奈良県吉野郡小川村鷲家で捕獲された若いオスを最期に、
絶滅したとされている。

だが、タイプ標本となる個体をシーボルトが日本で捕獲したのは、1826年。
限られた島ならともかく、 本州・四国・九州の広い森林・山岳地帯において、
いかに伝染病やら捕獲圧やらあったとしても、80年程度で絶滅するとは、考えられない。

ジステンパーが死亡原因とする意見もあるが、
そうすると、日本全国で一斉にある種が死に絶えるほどの伝染病の流行ということになる。
それならば、まだまだ日常的に山へ入ることが多かった時代(江戸末期から明治だ)、
それなりの記や回収された骨などがあるだろう。

もちろん個体数は様々な要因によって激減したのだろうが、
さすがに「1905年の最終確認」=「最後の1個体」とするのは無理がある。
絶滅したとしても、「1905年の最終確認」から現在までのいつかの時点としか、言いようがない。

ところが、その「いつかの時点」を積極的に調査したことは、ない。

消極的に「確実な」観察情報がないまま50年が経過したから絶滅、と言っているに過ぎない。

そしてここに、大きな落とし穴がある。

「1905年の最終確認」以降、確実に「ニホンオオカミ」を識別できる人間が存在しないのだ。

これは国立科学博物の剥製だが、戦時中物置に放置され、ほこりだらけになっていたものを
もう一度作り直したものだ。生時の姿をそのまま伝えているとは思い難いし、
これをベースに別に個体を一目見てニホンオオカミと識別できる人なんていないだろう。
ニホンオオカミ


もし見ても、写真が有っても、「ニホンオオカミ」と特定できる人がいない。
特定できないから、「確実な記録」とは言えない。
「確実な記録」ではないから、「絶滅」だ。

実のところ、未だかって、日本で積極的に「ニホンオオカミの生息確認調査」がなされたことは無いのである。

例え話をしよう。
カワラヒワという野鳥がいる。多くの地域で一年中生息し、公園でも見られることがある。
姿も声も特徴的で、「知っていれば」識別に困ることはない。
だが、野鳥に興味が無い人は識別できない。「知らない」からだ。
もし見ても、確実な記録として伝えることは困難だろう。識別上のポイントを「知らない」からだ。

そうすると、上記の「ニホンオオカミ絶滅の論理」に当てはめれば、
その町でのカワラヒワも絶滅と判定される。


ニホンオオカミについては、シーボルトによるタイプ標本といくつかの剥製、毛皮、部分的な骨等があるのみで、極めて資料が少ない。
その性別、年齢、地域性も様々だ。
さらに、そもそもタイプ標本自体にも混乱がある。
そのため、「これがニホンオオカミだ」という共通的特徴を確立することは、極めて難しい。

その上、もしかするとかって、ニホンオオカミとは別にもう一種「ヤマイヌ」がいたかもしれないという説もある。

こうした識別・分類上の問題があること、その一方で絶滅の根拠が全く無いことを考えると、
極論すれば、確実に言えるのは「オオカミの仲間がいた(今は分からない)」という事だけである。

その状況を踏まえれば、ニホンオオカミは「確実にタイリクオオカミの亜種であり、絶滅した」と断言することが、
どれほど危ういかは分かるだろう。

それでも、実はニホンオオカミに肉薄している事実はある。
1996年10月14日に、秩父山中で撮影された個体(「秩父野犬」)と、
2000年7月8日に、大分県祖母山系の山中で撮影された個体(「祖母野犬」)である。

これらについては、国立科学博物館の動物研究部長や哺乳動物学会の会長も務め、
1965年に発見されたイリオモテヤマネコの記載も行った今泉吉典氏が、
その時点で把握し得る形態的特徴を整理した上で、「日本狼の生き残りの可能性がある貴重な動物」「ニホンオオカミそのもの」という鑑定を行っている。
論文化されたものではないが、その鑑定内容は「ニホンオオカミは生きている」(レビューはこちら)にも詳しく掲載されており、誰でも検証可能だ。

さて本書は、タイプ標本や、様々な文献の記述・図解の正当性や根拠、
上記のような観察記録とその分析を行っている。

また新しい情報として、秩父野犬の正確な寸法の算出と、
ニホンオオカミ剥製標本(タイプ標本も含む)の寸法測定値との比較から、
その骨格・大きさが極めてニホンオオカミに近いという研究結果の紹介もある。

「一見してニホンオオカミではない。」
「四国犬だ。(または、◯◯種だ、◯◯種の雑種だ等。)」
こうした意見は、実は何ら根拠が無い。
秩父野犬や祖母野犬には写真がある。
本来それを否定するならば、「ニホンオオカミの特徴と明確に反する点」か、
撮影された個体と酷似した犬種(「一見」ではなく論理的に)を挙げる必要がある。
だが、そうした反証は全くなされていない。

「絶滅したから、探す必要もない。だから特徴を正確に知ったり、周知する必要もない。」
これが、ニホンオオカミが絶滅したという立場の主張である。

だが、全く情報が途絶えたのではなく、
秩父野犬・祖母野犬以外にも多数の目撃情報、咆哮を聞いた情報がある。

特徴を知らなければ、いるかどうかすら確認できない。
だから、特徴を知り、まずは素直に探してみるべきではないか。

なお本書唯一の残念な点は、カラー写真がないこと。
ただ祖母野犬については、目撃者自身による「ニホンオオカミは生きている」(レビューはこちら)がある。カラー写真、今泉氏の鑑定もあり、現時点から見ても、極めて客観的かつフェアな立場から、ニホンオオカミの生存性を肯定する本である。

また秩父野犬を目撃した八木氏は、現在も精力的にニホンオオカミを探索している。
その活動は、
・ニホンオオカミを探す会の井戸端会議
を参照してほしい。

【目次】
I 「オオカミを探す?」
II ニホンオオカミとは何か?
III どこからどこまでがニホンオオカミか?
IV 人生をかけたオオカミ探し
V ニホンオオカミはなぜ生き残ったか?
VI 行方知れずのオオカミ捜索


この本のニホンオオカミの特徴を頭に入れて、国立科学博物館の剥製を見ると、とても良く特徴が分かって面白い。逆に、この特徴を知らない人は、山でニホンオオカミに出会っても「イヌ」と思うだろう。
ニホンオオカミに出会う可能性がある秩父山系、大分の祖母山系をフィールドにしている方には、ぜひ読んでおいていただきたい。




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category: 哺乳類

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ヒトの営みは、昆虫にいかなる影響を与えるのか。「昆虫にとってコンビニとは何か? (朝日選書)」  

昆虫にとってコンビニとは何か? (朝日選書)
高橋 敬一



昆虫、鳥、魚類等々。ヒトを含め、全ての生きものは、
遥かな過去から連綿と続く自然環境の変化に適応し続けてきた、進化の産物である。

また、自然環境の変化というダイナミックな変化、時間的な変化が縦軸にあるとすれば、
一方で、同時代に生きる他の生物との関係が横軸にある。

ただし、それぞれの生物による環境改変は、それなりに限定的であった。
だからこそ、絡み合う糸のように各生物は関係し、共進化を遂げてきたのだろう。

だが、ヒトは異質である。
ヒトによる環境改変は極めて広範囲に及び、かつ短期間になされる。

さらに、自然環境の変化―
例えば池が干上がって窪地となり、草原から林、そして森になり、氾濫によってまた池になりというサイクル性もなく、その変化の多くは、森林を開拓して宅地化し、やがてビルが立ちと、不可逆的なものだ。

そうすると、自然界の変化サイクルに適応・進化してきた多くの生物は、
この劇的な変化に対して、相当攪乱されているだろうことは、容易に想像できる。

そこでターゲットを昆虫に絞り、
様々な人工物や人為的事象を中心に、その影響について思索したのが、本書である。
(なお、「沖縄」や「小笠原」といった地域もテーマとされているが、
扱われているのはやはり、それぞれの土地における人為的事象の影響である。)
著者がカメムシ屋ということもあり、視点・視野はどうしてもカメムシが中心となっている。
その点、昆虫にほぼ興味が無い層にはとっつきにくいかもしれないが、
全く知らない視点からの考えを知ることが出来る楽しみもあるだろう。

なお本書後半では、特に著者による自然保護-根拠がない自然保護や、
感情論が先に立った自然保護に対する主張(反論)が盛り込まれている。

例えばノスタルジックな自然保護。
自身が生まれ育った環境が「ベスト」と考え、それ以前の状態には関心がない、
自身が見た事がある種(または好きな種)に拘る、
それを若い世代に強要する、という自然保護論だ。
僕としては、ノスタルジックな自然保護は入り口としては妥当だと思う。
ただし、そこから視野を広げて、どこが到達点か、どこに不足があるかを常に問いながら進んでいきたい。

また特に強く主張されているのが、昆虫採集反対論者に対するものだ。
昆虫採集反対論者とは、昆虫採集を禁止することで、昆虫類の減少・絶滅が防止できるという考えに立ち、新種発見や生態解明に関する昆虫マニアの貢献には関心が無い者と、本書では定義づけられている。

一般的な昆虫採集によって、ある種が絶滅することは、おそらく無い。
もちろん個体数が少ない場合には、それなりのインパクトは有るだろう。
だが絶滅・激減の最大の原因は、やはり営巣環境の破壊であり、それは昆虫採集ではなく、
一般的な開発によってなされる。

そこで結局、昆虫採集を禁止しようがしまいが、
当該地域の昆虫の個体数に影響はない―というのが、著者の見解だ。

これに対して様々な意見もあるだろうが、
問題は、そうした議論が客観的なデータにより為されていないことにある。
もちろん、乱獲・環境破壊と言うべき粗暴な昆虫採集者もいる。

ただ個々の地域や昆虫を保護すべきと考えたとき、
何を防止するのが効果的で必要なのかという対策について、
どこまでデータを踏まえて議論されているのだろうか。

昆虫を保護しなければならない。
ならば、「まずは採集を禁止しよう」という短絡的な発想は、
ともすれば「採集を禁止したから大丈夫」という誤解に陥りやすい。

だがそこで失われるのは、保護すべき昆虫のデータ、保護のために必要な生態情報であり、
他の減少要因については放置されたままとなる。
その結果、昆虫は減少していく。

野鳥や魚類、菌類や植物など、他の動植物群にまで議論を展開する必要はない。
それぞれの動植物群こどに、それぞれの有効な対策がある。

ただ特に昆虫に対しては、「採集禁止」という策が、
唯一にして最も効果的な対策とは、どうしても思えない。

自然保護において重要なのは、様々な主張の「声の大きさ」ではなく、
裏付けのデータである筈だ。

本書著者のメッセージも、そこに在るだろう

【目次】
昆虫にとって車とは何か?
昆虫にとってカビとは何か?
昆虫にとって船とは何か?
昆虫にとってコンビニとは何か?
昆虫にとってビールとは何か?
昆虫にとってペットの糞とは何か?
昆虫にとって材木とは何か?
昆虫にとってイナゴの佃煮とは何か?
昆虫にとって人家とは何か?
昆虫にとってスギ林とは何か? 等
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category: 昆虫

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昆虫を追って南米・アフリカ…それは興奮歓喜の旅!「[カラー版]昆虫こわい (幻冬舎新書)」  

昆虫を追って南米・アフリカ…それは興奮歓喜の旅!「[カラー版]昆虫こわい (幻冬舎新書)」
丸山 宗利



昆虫はすごい (光文社新書) 」(レビューはこちら ) 、「バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)」(レビューはこちら)など話題作が続くが、昆虫ものが大賑わいである。良い時代だ。

特に素晴らしいのは、昆虫を「研究する」ことが楽しいぞ、という本が多発していること。
バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)」もそうだし、本書もそうである。

昆虫研究なんて何の役に立つのという意見もあるが、
生物を調べるというのは人間の知的活動の基礎も基礎。理屈はいらない。

本書は「昆虫はすごい (光文社新書) 」の著者である丸山氏が、専門の好蟻性昆虫やツノゼミを求め、
世界各国―とはいえ、南米やアフリカなどだが―を旅する昆虫採集記である。
フルカラー。
珍奇なツノゼミを初めとした珍しい昆虫はもとより、
採集地の風景、食事などの写真も多く、まるで採集旅行の土産話を聴いているようだ。

同行する人も楽しく、「〈オールカラー版〉 珍奇な昆虫 (光文社新書) 」(レビューこちら)の山口氏(「ジャポニカ学習帳」の表紙写真の人)、「裏山の奇人: 野にたゆたう博物学 (フィールドの生物学)」(読みたい!)の小松氏(本書での呼び名は「奇人」)など。
現地の案内人も個性豊かで、いやはや面白い。
目印にした紙切れがアリに持ち去られて道に迷ったり、
物の盗られたり腹を壊したりツエツェバエに刺されたり。珍道中ともいうべき旅行記は、自然と笑いがこみあげてくる。

と思えば本書では、さらっと「新種だ!」とか、「◯十年ぶりの再発見だ!」などの丸山氏の発言が連発される。
そこにあるのは、しっかりした観察力と、過去の文献を読み込み、その情報を全て頭に叩き込んでいる研究者の凄さだ。

これらが同居しながら、研究やフィールドワークって面白いということを伝える本書。
夏休みの課題図書にぴったりである。

前述の「バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書) 」とあわせて、この夏心底楽しめる本。
お薦めである。

【目次】
第1章 最強トリオ、南米へ―ペルーその1 2012年1月
第2章 アリの逆襲―ペルーその2 2013年9月
第3章 虫刺されは本当にこわい―カメルーンその1 2010年1月
第4章 ハネカクシを探せ―カメルーンその2 2015年5月
第5章 新種新属発見!―カンボジア 2012年6月ほか
第6章 熱帯の涼しくて熱い夜―マレーシア 2000年5月ほか
第7章 研究者もいろいろ―ミャンマー 2016年9月
第8章 いざサバンナへ―ケニア 2016年5月
第9章 でっかい虫もいいもんだ―フランス領ギアナその1 2016年1月
第10章 昆虫好きの楽園―フランス領ギアナその2 2017年1月
番外編 ちゃんと研究もしてますよ







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category: 昆虫

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確かめることが、面白い。「〈オールカラー版〉 珍奇な昆虫 (光文社新書)」  

〈オールカラー版〉 珍奇な昆虫 (光文社新書)
山口 進



最近出版界が昆虫ブームためだろう、今まで地道に活動されていた諸氏や、マイナーな分野のスペシャリストによる本が相次いで出版されている。
昆虫という恐ろしく多様な生物を知るためには、情報は多い程良く、有り難い限り。

本書も、長年「ジャポニカ学習帳」の表紙写真に携わっていた方による一冊。
残念ながら僕自身は記憶に残っている写真はないが、
それくらい身近で日常的に目にしていたのだろう。

さて、表紙である。
ランに擬態しているとして有名なハナカマキリ。

だが本書第一章の最初の見出しでは、
「ハナカマキリはランにいない」。ええっ、そうなの、と驚いた。

著者は30年以上前、取材中にふと見た低い草のてっぺんに、
ハナカマキリの幼虫を見いだす。
その違和感を抱えつつ各地で取材を重ねるうちに確認されたのが、
「ハナカマキリはランにいない」という事実である。

現実にはランに来る昆虫は少なく、花期も限られるなど、
カマキリがランに擬態するメリットはない。

実はハナカマキリは、ミツバチに一般的な「花」と認識させている。
紫外線下では、ハナカマキリは蜜のある花と同様に見えるという。
そしてここが昆虫の楽しいところなのだが、
ハナカマキリの大あご腺から、ミツバチの集合フェロモンと同等の成分を含む物質が分泌されているという。

すなわち、まずは視覚によって「花」と認識させ、
近づくとフェロモンにより、ハナカマキリの正面から接近せざるを得なくなる。

ランに「擬態」するという消極的というか隠蔽的な方法ではなく、
極めて積極的にミツバチを狩っているのである。

こうした事実は、まさに昆虫を地道に追い続ける方でなければ見出せないだろう。

本書では長い取材遍歴の中から、
こうした様々な「珍奇な昆虫」が紹介されている。
特に、「形態」だけではなく、その形態を生むに至った「生態」が詳しく語られており、
この点でブームに乗っかっただけの類書とは一線を画す。

新書ながらオールカラー、旅行記としても楽しめる一冊である。

【目次】
第1章 東南アジア~最も多様性に富む地域
第2章 オセアニア~固有種の王国
第3章 中南米~巨大昆虫を育む森林地帯
第4章 アフリカ~砂漠に生きる小さき者たち
第5章 日本~意外な昆虫大国

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category: 昆虫

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