ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

西洋博物学を支えた、伝説の標本商。「捕虫網の円光―標本商ル・ムールトとその時代 (中公文庫)」  

捕虫網の円光―標本商ル・ムールトとその時代 (中公文庫)
奥本大三郎



昆虫標本商というと常人には馴染みがないが、
世界に昆虫がいて、そして虫屋が遠く離れた世界の虫に夢を抱く限り、決して消滅しない職業である。

もちろん現代日本にも存在するし、現代でも川村俊一氏の著作は見たことがない世界を垣間見せてくれた(「昆虫採集の魅惑 (光文社新書)」(レビューはこちら)、「昆虫標本商万国数奇譚」など)。

だが、標本商が大活躍するのはやはり18世紀から20世紀前半、ヨーロッパ諸国による世界「発見」ブームの時期だろう。
西洋博物学が、文字通り未開拓の国に出会う時期。標本商にとって、これほど活躍できる時代は無かった筈だ。

そして本書はまさしく、20世紀前半、西洋諸国が様々な国に植民地を得て、
ブラックホールのようにその地の全てを吸い込んでいた時代に活躍したフランスの標本商、
ウジェーヌ・ル・ムールト(1882年-1967年)の評伝である。

ル・ムールトはフランス生まれではあるものの、父の仕事のために南アメリカに渡った。
そこで多種多様な昆虫に出会い、そしてそれらを捕る術を覚えた彼は、
成人後、自身もギアナ植民地の刑務所の官吏として着任し、思う存分昆虫を採る。
その後、フランスに戻り屈指の標本商として名をあげるようになる。

ル・ムールトについては、もちろん清廉潔白・高潔高邁という訳ではなく、
稀代の虫好きであり、虫を中心に生活するというタイプだ。
当たり前に生活のトラブルもあり、世俗的な欲求もある。

だが、1930~40年代、英・仏・独の多数の標本商が世界中の植民地等を舞台に活躍していた時代に、
奥本氏によれば
「とくに著名な標本商をあげるならば、ドイツのシュタウディンガー商会、フランスのル・ムールトとデロール、イギリスのワトキンス・アンド・ドン・カスター紹介、というとになるであろうか。」
とまで成るのは、やはり南米での採取屋との強固にパイプと、
ル・ムールト自身の虫屋としての創意工夫によるのだろう。

本書はそうした立志伝の物語であるのだが、よくある伝記とは全く異なる楽しさがある。
それは、著者自身が名うての虫屋であり、かつフランス文学者でもある奥本大三郎であることだ。

そのおかけで伝記の時代背景等については諸文献を踏まえて詳しく、
また昆虫に関する知識についても、見事な口絵とあわせて、損失がない。

このテーマにしてこの著者ありというか、世界中でもこれ以上のル・ムールト伝はないだろう。

そして、標本商に興味がない方であっても、
20世紀初頭のフランスおよびフランス植民地の状況を知るうえでも、恰好の一冊である。

対象であるル・ムールトに対する優しい視線、昆虫及びフランス近現代史に関する詳しい知識と、
まさに読むことが楽しい伝記である。

【目次】
序 最晩年の肖像
1 ブルターニュの石頭
2 南米との出会い
3 採集人になる
4 二度目のギアナ
5 パリの学生生活
6 モルフォ大作戦
7 昆虫界半世紀の蝶瞰図



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category: 昆虫

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謎めいた魅力を持つ生物の、真の姿。「オウムガイの謎」  

オウムガイの謎
ピーター・D. ウォード



現生の巻貝とアンモナイトを見比べた時、真っ先に目に付くのが貝の巻き方である。
現生巻貝は螺旋状に山形になる(立体的に伸張する)のに対し、
アンモナイトは平面的に伸張する。

そして、この巻き方に類似するのが、オウムガイである。

ただ似てはいるが、アンモナイトではない。
また、オウムガイも「生きた化石」と呼ばれるくらい、古い時代からいるらしい。

いったいオウムガイって何なの、と長らく疑問を抱いていた。

本書は1995年刊行。今となっては20年以上前の本ではあるものの、
それまでのオウムガイ研究史を網羅した、これを読まなくては始まらないという一冊である。

そもそも、実はオウムガイ類が生まれたのは古生代。今から5億年くらい前である。
その後、オウムガイ類の祖先種からアンモナイト類が生まれた。
すなわち分類群としては、アンモナイトよりも古いのである。

そのアンモナイトとの共通なのは、殻の構造。
現生貝類では開口部から突端までが中空であり、軟体部はその全てのスペースを利用している。
一方オウムガイやアンモナイトでは、成長に従って隔壁が形成され、その中空部が幾つもの部屋で区切られる。
その中空部にはカメラル液とガスがあり、そのカメラル液の量を増減することよって浮力を調整する。

そしてこの浮力を調整するという能力により、実はオウムガイはかなり移動能力が高い。

実はオウムガイは日周的に海中を移動する。
著者がパラオで発信機をつけた個体は、日中は水深300~400mにいるが、夜間にはサンゴ礁づたいに水深60m程度まで上昇する。そして大好物のロブスターの脱皮殻を食べるのだ。

また、平面的な移動も大きく、別の研究者は標識調査によって、
1年足らずの間に150kmも移動した事例を確認した。またその移動力によって、数日間で何kmも移動することも少なくない。

本書で示されるこれらの事実には驚くが、本書の醍醐味はこれだけではない。

そもそも、オウムガイは謎だらけの生きものだった。
ヨーロッパから遠く離れた南太平洋を中心に生息するため、そもそも生きた個体をヨーロッパで見ることじたいが困難である。
だから、オウムガイがどのようにして浮くのか、
その殻にある隔室はどんな役割をするのか。
(実はヨーロッパには乾いた殻しか届かないため、そもそも隔室にカメラル液があるという事実すら把握できなかった。)
それを確かめるためには、南太平洋の島に行くしかない。

1894年、27歳で初めて南太平洋に向い、
初めて軟体部を詳しく調べたアーサー・ウィリー。

1960年、生きたオウムガイのX線写真を撮影し、カメラル液の存在を明らかにしたアンナ・ビダー。

1962年、隔室とそれをつなぐ連室細管の働きにより、浸透圧の変化によってカメラル液の量が増減することが浮力の鍵と解き明かしたエリック・デントンとジョン・ギルピン=ブラウン。

ニューカレドニアでオウムガイを研究できるヌメア水族館を創ったアーサー・マーティン。

1977年、極めて多数のオウムガイに標識を付し、その移動を把握したクロード・スピノサとブルース・ソンーンダズ。

そしてオウムガイの垂直移動を把握した著者。

こうした連綿とした研究史について、
それぞれの研究者の手記や当時者へのインタビューにより、極めて具体的に綴られていく。

オウムガイを求めて彷徨う日々。
工夫したワナ。それを設置する苦労、それでいて何度も失われるワナ。
サンゴ礁の真っただ中で故障する船のエンジン。
オウムガイを調査中に遭遇するサメ。
様々な苦労、挫折、人々の確執等々、
研究することの楽しさと苦しさが、この一冊に凝縮されている。

こうした長い研究により、オウムガイの浮力の謎は解明された。

また本書ではそれ以外にも様々なオウムガイの謎を解き明かしていく。

現生オウムガイは化石種のオウムガイとは異なること(だから種としては「生きた化石」ではない)、

世界のオウムガイは、少なくとも2つの生物地理学的グループ、
すなわち深海によって陸地から隔てられた島々に生息するオウムガイ(オウムガイ、パラオオウムガイ、オオベソオウムガイなど)と、
オーストラリアとニューギニアに生息するグループに分類されること。

というのも、オウムガイは高い移動力があるものの、
水深約360m以浅に長くいると浮力調整システムに支障をきたす一方、
水深600m以深だと殻が破壊される。
ところがオウムガイは、底が見えないところを長距離泳ぐことはできない(しない)ため、
ちょうど良い深さで続く海しか移動できないのである。

またその繁殖も、プランクトンのように海流で分布することはできず、
孵化時点で直径2.5cm程もある。
だから、幼体のうちに大きく分布を広げることもできないのだ。

これらの事実を踏まえたうえで、しかしオウムガイは種としては決して古くはない。
むしろ、現生オウムガイ類は種としては非常に新しく、むしろ種が拡散しつつある段階にあるという研究結果もある。

だが最終章、著者が調査に訪れたセブ島では、
サンゴ礁の破壊、土産物としてのオウムガイの乱獲、水質汚染等により、
かって大量に生息していたオウムガイは、ほぼ見られなくなっていた。

オウムガイと同時代に生きていることを喜び、そして次世代にもその喜びを味わってほしい。
その不思議な魅力的を伝える、素晴らしい一冊である。

【目次】
第1章 初期の航海
第2章 太平洋の大海原で
第3章 オウムガイの観察
第4章 オウムガイ類の浮力について
第5章 オウムガイの寿命
第6章 実証された成長率
第7章 浮力調節の役割
第8章 オウムガイの垂直移動
第9章 オウムガイは何種類いるのか
第10章 待望の受精卵
終章 一九八七年、フィリピン諸島
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category: 軟体動物

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野鳥における、雌雄の仕組み。「♂♀のはなし〈鳥〉」  

♂♀のはなし〈鳥〉
上田 恵介,竹井 秀男



なぜ動物にオスとメスがあるのか。
この点については、「オスとメス=性の不思議 (講談社現代新書)」(レビューはこちら)という良書があるが、
これに先駆ける1993年、野鳥の世界におけるオスとメスの謎について解説したのが、本書である。

オスとメス=性の不思議 (講談社現代新書)」が網羅的な解説である一方、
本書は野鳥の様々な実例を踏まえ乍ら解説している。
時代の制約から、
例えば一夫一妻になるか一妻多夫になるかという点について、餌の取りやすさという環境要因が影響しているといったややアバウトな説明になっている箇所もあるけれども、その本質は今も十分通用する。
むしろ野鳥に関心がある人なら、具体的なイメージが湧く本書の方が楽しいだろう。

なぜ胎生の鳥がいないか、という点から始まり、
まずはオスとメスのどちらが子育てをするか、というテーマへ。

そして種内托卵という野鳥ならではのトピックへ進む。

第2章では、求愛ディスプレイと囀りについて。
この章については今も様々な分野で紹介されており、
フウチョウ類の派手な飾り羽、ニワシドリ類の庭造りなど、既に見聞きした事例も多いだろう。
むしろ、セッカの「ヒッヒッ」という囀りについて、
普段は10回以内だが、求愛巣が完成してメスを呼び込む準備が整うと、100回以上も繰り返す、
すなわち短めの囀りは縄張り宣言、長い囀りはメスを誘うためだという著者の研究成果の方が、
鳥屋としては面白いだろう。

第3章はつがい関係の成立、第4章はメスによるオス選定、
第5章は浮気とつがい外交尾と、
様々な野鳥の実例を紹介しながら、野鳥におけるつがい形成のバリエーションを紹介する。

オスとメスの関係性については、
総論としては「オスとメス=性の不思議 (講談社現代新書)」などが良いだろうが、
それを個々の分類群や種で理解しようとすると、
例えば群で行動するのか縄張りを持つのか、群の場合は血縁関係がある集団なのか、
子育てにおいても親以外のヘルパーの関与の有無など様々な要因があり、一筋縄で理解できるとは言えない。

だからこそ本書のように、その分類群の研究者が、
「オスとメス」等のテーマを踏まえて解説してくれる本が重要なのである。

野鳥関係でいえば、本書の著者である上田 恵介氏のほか、
羽田 健三氏、中村 登流氏らの本こそ読まれるべきなのだが、
昨今は図鑑出版のみが盛り上がり、
こうした地道な研究成果を踏まえた本が振り返られることがなくなっている。

野鳥観察の次の一歩を踏み出すためにも、本書を初めとした「古い本」の再版を望む。


【目次】
第1章 子育て
第2章 求愛とさえずり
第3章 つがい関係
第4章 メスによる選り好み
第5章 浮気と不倫


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category: 野鳥

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この一冊で全てが分かる。「オオグソクムシの本」  

オオグソクムシの本
森山徹



以前、5年絶食していたダイオウグソクムシが話題となって記憶があるが、
そのお仲間で、より身近なのがオオグソクムシ。
どれくらい身近かというと、楽天で買える(2018.5現在)。


あと、焼津市へのふるさと納税で貰える。
https://www.furusato-tax.jp/product/detail/22212/368585

また、動画を検索してみると、生体よりも「食べてみた」という映像が多い。日本人って…。

ともかく、巨大なダンゴムシ的風情があるが、実際は甲殻類。
世界に18種が存在し、うち8種は体長500mmまでの超巨大種である。

また、ダイオウグソクムシやオオグソクムシは二つの黒い眼が可愛いが、
中にはそれらが一つになったメナガグソクムシやブユノメグソクムシなどもいる。

その中でも、オオグソクムシ属は世界中に分布し、
中でもオオグソクムシは日本の江の島付近で採集された個体がタイプ標本と、
極めて日本に縁が深い種なのである。

そのオオグソクムシについて、
とにかく知り得る全てを網羅したのが、本書。
外観では、その脚の構造、腹部などの各節の解説はもとより、
遊泳の様子、産卵(腹にできる覆卵葉という器官に産む)など。
内側では、実際の解剖写真を用いながら消化器や心臓など、
これでもかと細かい部分まで紹介される。
生殖方法、神経系に関する知見も詳しい。

かと思えば、過去のオオグソクムシ研究史を紐解きながら、
その時々に解明され様々な生態も解説。

また、オオグソクムシは巣穴を掘るが、それもフラットな底ではなく、
何らかの物体が在る環境、
自然環境でいえば鯨骨があるような環境でこそ、落ち着いて深い穴を掘るといった点を解明するまでの試行錯誤の数々等、とにかくオオグソクムシについて知り得る全てを網羅しておこうという意気込みに溢れた一冊である。
その上で、巻末には引用文献の一覧もついていて、
原著論文にあたりたいという奇特な方への配慮もばっちり。
おそらく今後、オオグソクムシについて知りたいと思う場合には(どんな場合だ)必須の書である。

【目次】
第1章 入手―長兼丸乗船記
 ファースト・コンタクト
 出立
 対面
 出航
 漁果
 本命
 乗船後記
第2章 オオグソクムシのかたち―その外側と内側
 魅力
 価値
 分類
 その外側
 その内側
第3章 研究―オオグソクムシ・フリークたちの足跡
 歴史
 分布
 循環系
 成長、繁殖、栄養摂取
 化石
 行動
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category: 甲殻類

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生き物としてのウナギの全てが、この一冊に。「ウナギ 大回遊の謎」  

ウナギ 大回遊の謎
塚本 勝巳



2014年に絶滅危惧種に指定されたというのに、
未だに店頭にはウナギが並び、回転寿司ではウナギを食べる自分がいる。
これ程までに定着させるとは、恐ろしき平賀源内である。

そのニホンウナギ、長らく産卵場所は不明とされてきた。
河川を遡上して生息するほど身近なくせに、産卵は遠い大海原のどこか。
そのため、産卵後の成長に関する知見がなく、それが養殖の足枷でもあった。

だが、2006年、著者らのチームは、その産卵場所がマリアナ海嶺のスルガ海山付近であることを解明。
そして2009年には、ついに受精卵の採取に成功する。

本書は、こうした産卵場所を解明するまでのヒストリーを辿りながら、
ニホンウナギだけでなくヨーロッパウナギなど世界のウナギ全19種のウナギ類の研究を紐解きながら、
ニホンウナギなど一部の種で、生息地からは極めて遠い一地点が産卵場所となった経緯を明らかにしていく。
それは本書では「テーティス海仮説」として紹介されているが、
3000万年以上前の大陸移動を踏まえた壮大な説である。

このように、本書は漁業資源としてのウナギというより、
生物としてのウナギの長い進化史を見ていく本であり、
生物好き、進化史好きにはたまらない一冊となっている。

また、本書では冒頭、著者による回遊魚の研究が紹介されている。
そこでは、なぜ「回遊」という行動が誘発されるかや、
例えば同じ「回遊」でも、
・サケのように産卵のために海から川へ遡上する「遡河(そか)回遊」、
・ウナギのように産卵のために川から海へ下る「降河(こうか)回遊」、
・アユのように産卵とは無関係に海と川を行き来する「両側(りょうそく)回遊」
があるという基礎知識が紹介される。
こうした知識を得られるだけでも、魚類を見る目が変わってくるだろう。

著者らの研究により解明された事実は極めて多く、
ウナギの産卵場所はもとより、産卵時期、産卵する深度、水温など、
今後のウナギ保護には極めて重要な情報ばかりだ。

日本人のウナギ食の習慣が、
クジラ食ほど大規模に減少する(僕が子供の頃は、給食にも良く出ていた)とは思いにくいからこそ、
著者らの研究に寄せられる期待は大きい。

それにしても、ウナギ研究のターニングポイントとなるこの研究成果を、
この一冊で読むことができるというのは、幸せな話。
ウナギを食べるのが好きならば、ぜひ一読することをお勧めする。


ところで、土用の丑=ウナギという風習に加え、
最近は新たに台風=コロッケという風習が生まれつつある。
もちろんコロッケは絶滅しないが、10年後、20年後に、
どんな後付けの説明がなされるか、楽しみである。

【目次】
第1章 ウナギと出会う
第2章 ウナギの七不思議
第3章 産卵場を求めて
第4章 小型レプトセファルス
第5章 仮説
第6章 潜水艇
第7章 プレレプトセファルス
第8章 親ウナギ
第9章 卵
第10章 資源と保全
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category: 魚類

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