ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

「本」がもたらす、高揚と混乱。「世界を変えた10冊の本 (文春文庫)」  

世界を変えた10冊の本 (文春文庫)
池上 彰



本来、個体の知識や経験は、それ自体に留まるものだ。
だからこそ、その個体のみが自身の知識・経験を活用し、次世代に遺伝子を残すことが可能となる。

ところが人間は、高度な言語によって個体間における知の共有を可能にした。
その結果、共同社会での生存性が向上すると同時に、共同社会間での競争も激化した。

さらに人間は、言語を「文字」として刻み込むことを学ぶ。
これにより、人間の「知」は時空を超えることが可能となり、その発展は加速化された。

ただ、文字によるインパクトはもう一つ在る。

いかなる時空の人間であっても、文字に刻まれた「知」を共有することにより、
同一の共同体に属することができるようになった。
これは、人間以外にはありえない共同体である。

この、知を刻み込んだ「文字」の集合体が、形式は様々なあるとしても「本」である。

言い換えれば、人は一冊の本を核として、知の共同体を形成できるということだ。

そして、その「知の共同体」において、
実社会に対する行動を促進・制限されれば、それは人類の行動を変化させることになる。

本書で池上氏が選択しているのは、そうした「知の共同体」の形成によって、
人類の行動を変化させた「本」だ。
それを称して、「世界を変えた」と言っている。

収録されているのは、次の10冊。
【目次】
第1章 アンネの日記
第2章 聖書
第3章 コーラン
第4章 プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
第5章 資本論
第6章 イスラーム原理主義の「道しるべ」
第7章 沈黙の春
第8章 種の起源
第9章 雇用、利子および貨幣の一般理論
第10章 資本主義と自由

聖書やコーランなどの宗教的書物も有るものの、
一方で経済面での指針となった書物も多い。
これらは一般人には馴染みがないが、
近現代社会において政治経済を左右する層にインパクトを与え、
知らず知らずのうちに、僕らの生活に多大な影響を与えている書物である。

現代社会を形成するに際し、どんな本が人類の行動を左右したのか。
本書はそうした視点から、各書物のベーシックな概観を得ることが可能であり、
これらの本に興味が無い人ほど、読んでおいて損は無い一冊だろう。
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素晴らしき読書指南になる筈、だが。「多読術 (ちくまプリマー新書)」  

多読術 (ちくまプリマー新書)
松岡 正剛



「読書」と言っても、そこには様々なスタイルが在る。
読む対象は何か。
 現代の小説、日本古典、西洋文学、コミック、ノンフィクション、専門書、啓蒙書。
何が目的なのか。
 楽しみか、新しい世界を知りたいのか、知識・技術の習得か。
どのような方法で読むのか。
 一言一句の典拠を確認しながら読むのか、流して読むのか。
何度読むのか。
 基本的に一回だけなのか、何度も繰り返し読むのか。

同じ人でも、対象・目的・方法・回数等が一つに限られるというのは、恐らくないだろう。
(ただし、「全く読まない」という選択肢は在る。)

また言うまでもないが、本と、その読み方のスタイルに優劣などない。
どんなに高尚(と言われる)文学作品でも、何の感動も与えない場合もあるし、
一冊のコミックが、大きな感動と人生の指針を与えることもある。

本と読者という、完結した一対一の関係の中で成立する「読書」は、絶対的に個人的な営みだ。
その中で、他人が「どう読んでいるか」なんて、本来どうでも良い。

ただし、「様々な本を多くを読むこと」で見えてくる世界と言うのは、確かにある。
読めば読むほど、自分が認識していた世界が変質し、拡張していく驚きは、
僕も多くの方に体験してほしいと思っている。

本書はそうした多読派として、「千夜千冊」というプロジェクトでも有名な松岡正剛氏が、自身の読書術を語るもの。
タイトルは「多読術」だが、本質は「いかに多く読むか」ではなく、
「一冊の本をいかに読み、かつ、どのようにして多くの本を関連付けていくか」という点にある。
松岡正剛流読書術指南、と言って良い。
目次を読めとか、マーキングすべきなど、様々な本でも指摘されているテクニックも多い一方、
複数の本から年表を作成したり、引用ノートを作成するなど、
多くの本を関連付けたい人にとっては参考になるテクニックも含まれている。
(年表は僕も作ろうとしたが、いつしか断念していた。反省。)

ただし、残念ながら多数の本を読んでいる人ほど、
恐らく本書が雑に創られているのではないかという印象を受けるのではと危惧する。
本書はインタビュアーの問いに正剛氏が回答するというスタンスだが、
その問は別に無くても良い程度のもの。
むしろ正剛氏に迎合するスタンスも感じられ、どうにも内輪話の感が強い。

本書は、「ちくまプリマ―新書」という若い層を対象とするシリーズ。
その中で読書を進める本であれば、本来、そのシリーズの根幹に関わる非常に重要な一冊の筈だ。
それがこのような作りでは、むしろ逆効果ではないのか。

松岡氏が丁寧に書く時間がなかったのか、
編集者が「インタビューで良いから」と企画を持ちかけたのかは分からないが、
もっと良い本に成り得た筈だけに、非常に残念である。


【目次】
第一章 多読・少読・広読・狭読
 本棚拝見
 本は二度読む
 たまには違ったものを食べてみる
 生い立ちを振り返 る
第二章 多様性を育てていく
 母からのプレゼント
 親友に薦められた『カラマーゾフの兄弟』
 文系も理系もこだわらない
第三章 読書の方法を探る
 雑誌が読めれば本は読める
 三割五分の打率で上々
 活字中毒になってみる
 目次をしっかり読む
 本と混ってみる
 本にどんどん書き込む
 著者のタイプを見極める
第四章 読書することは編集すること
 著者と読者の距離
 編集工学をやさしく説明する
 ワイワイ、ガヤガヤの情報編集
 言葉と文字とカラダの連動
 マッピングで本を整理する
 本棚から見える本の連関
第五章 自分に合った読書スタイル
 お風呂で読む・寝転んで読む
 自分の「好み」を大切にする
第六章 キーブックを選ぶ
 読書に危険はつきもの
 人に本を薦めてもらう
 本を買うこと
 キーブックとは何か
 読書しつづけるコツ
 本に攫われたい
第七章 読書の未来
 鳥の目と足の目
 情報検索
 デジタルvs読書
 読書を仲間と分ち合う
 読書は傷つきやすいもの
あとがき
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読み続けることも、力だ。「読書脳 ぼくの深読み300冊の記録」  

読書脳 ぼくの深読み300冊の記録
立花 隆



立花隆氏の論説には特段の興味が無いが、「週間文春」で「私の読書日記」を連載しているらしく、時折り書評をまとめたものが刊行される。
氏は読書家として知られるとおり、 ちょっと毛色は違うが、「立花隆の書棚」(レビューはこちら) なんて本もあって、
たくさん本を持つ蔵書家に対する憧れが、まだまだ世間では大きいんだなと感じた記憶がある。

本書では、ただ書評だけを集めるのもなんだからという訳で、
「読書の未来」と題した東大付属図書館副館長の石田英敬氏との対談が収録されている。
本書の表紙にもあるとおり、書籍のデジタル化が大きなテーマだ。
電子書籍としての刊行、既存の書籍のデジタルデータ化、書籍のデジタル上でのキュレーション・システムなど、
様々な点について語られているが、特筆すべき点もない。というか、現時点では当たり前の認識である。

さて、本書のもとになった連載は、2006年12月~2013年3月の期間らしく、
2011年3月11日の東日本大震災も範囲である。
そのためか、原発と東日本大震災時の政府対応に対する話がやや多い。

通読したところ、
 アメリカ、政治、原発、第二次世界大戦と広島・長崎の原爆、陰謀論、
 ドストエフスキー、性倒錯、金融と金融危機、昭和
といったキーワードにヒットする方は、たぶん参考になる本が多いと思う。

僕が読んだか、読みたいと思った本は23冊。
既読は次の6冊だった。まだまだアンテナの張りが十分ではない。

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▼(ブログ開始前に読んだため、レビューは無し)

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重複率は23冊/300冊=7.7%なので、
立花氏とは興味の方向性が全く違うのを再確認した次第である。

逆に言うと、それだけ人によって取り上げたいと思う本が異なるということであり、
ノンフィクシヨンの世界は幅広いなあと思うところ。

なお、立花氏が取り上げている「気骨の判決―東條英機と闘った裁判官 (新潮新書)」は、
戦時中の翼賛選挙に対して、毅然として無効判決を行ったという「司法の独立」の理想のような話。
この事件については「裁判百年史ものがたり (文春文庫) 」(レビューはこちら)で取り上げられているので、併せて読みたい。
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単なるブックガイドではなく、科学史概論だ。「科学の本一○○冊」  

科学の本一○○冊
村上 陽一郎



本との出会いは、難しい。
新刊ならまだしも、数年前に刊行された本-しかも科学やノンフィクションといった本だと、
刊行部数自体も少なく、あっと言う間に時の谷間に消え去ってしまう。
その谷底から、自分が読みたい本や読むべき本を見つけるのは、かなり経験とテクニックが必要だろう。
本書のようなブックガイド本も、そうした探索の手掛かりとなることから、
気が付いた時には手に取るようにしているが、
本書は、単なるブックガイドではなかった。嬉しい誤算である。

著者は物理学史が専門。だかそれはおそらく研究範囲であり、それを知るためには当然より大きい科学史を知ることが必要となる。
その科学史を学んできた著者のバックボーンを活かし、
科学史上重要な本や、著者自身の研究において大きなターニングポイントとなった本を100冊取り上げる。
本書を通読すれば、自ずと「科学史」を辿ることになるのだ。

かといって、単なる歴史順に並んでいるわけではなく、
まずはアインシュタインの「自伝ノート」から始まる。
次はアリストテレスの「自然学」と、科学史家ならではの知識を踏まえて縦横無尽に展開していく。
ただ、(全く存じ上げないのだが、)文は人なり、
非常に読みやすく、簡潔にして丁寧、かつ明確な文章。関係する章があればそれも記載されており、
心地よく読み進めることができる。

そのうえで、科学史を知るうえで、一般的なイメージと大きく異なる点等が、紹介されていく。
例えば、次のようなことだ。

・コペルニクスが地動説を説いたが、その著書は、
 実のところ現代でいう科学的論拠によるものではなく、
 ルネサンス期という時代を踏まえて、地動説を「採用した」。

・ガリレオが地動説により迫害されたというイメージがあるが、
 「それでも地球は動く」と言ったことも虚構であり、
 むしろ当時のヨーロッパの最高権力者の多くがパトロンだった。

・西洋科学はヨーロッパ圏で発達したのではなく、
 むしろ一時期のイスラム圏が、
 ローマ時代の西洋知識とインド等の東洋知識を融合し、
 それがヨーロッパに逆輸入されたことが大きな影響となっている。

また、本書は、最新の科学書(だけ)を紹介するものではない。

むしろ科学史上スタンダードとなっているが、実際のところ現代では殆ど読まれない書物-、
例えばガリレオの「天文対話」、ニュートンの「自然哲学の数学的原理」、コペルニクス「天球の回転について」など。

また、「科学」「科学者」という存在が発生し、持続する背景となる学問-、
ヴィトゲンシュタイン「論理哲学論考」、プラトン「ソクラテスの弁明」など。

そして、人の営みとしての 「科学」を研究する上で重要となる、
「創世記」、「古事記」、「解体新書などと、非常に幅広い視野で選定がなされている。

数多あるブックガイドは、最先端か、有名なものに特化している。
だが本書は、科学史という確固たる土台の上に立ち、
現代の人類にとって、知識の「骨」となってる本を紹介してくれるものだ。
一人でも多くの人が、本書から、一冊でも「読みたい本」に出会えることを願う。
(こういう本こそ、学校図書館に必置すべきだ。)

なお、こうしたバックボーンがある著者が、一書から「学問」についての考え方を紹介している。
文系は役に立たないとか馬鹿なことを言っている時代への警鐘として、引用しておく。

学問は、科学を含めて、経済的な成功や、世間的な豊かさをもたらすものではなく、
一人の人間としての、人間性の豊かさを広げ、深めていくものである。


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「喰らう読書術 一番おもしろい本の読み方」読むことを恐れてはいけない。  

喰らう読書術 一番おもしろい本の読み方
荒俣 宏



フィクションは、自身の嗜好(時には、自分自身も意識したことがない嗜好)に合うものとの出会いを喜ぶもの。
ノンフィクションは、自身が知らないモノとの出会いを喜ぶもの。

推理小説作家の森博嗣氏がこんな感じのことをもっと上手い表現でどこかに書いてたと思うのだが(「封印サイトは詩的私的手記 I Say Essay Everyday」あたりと思う)、メモし損ねたので、正確なところは分からない。

もちろん、どちらか上というものではない。

僕も若い頃から、文学かエンターティメントかを問わず、フィクションも割と良く読んでいた。
だが、いつの間にか世界は自分が知らないことだらけだと気づいて、ノンフィクションばかり読むようになった。
(正確には、読みたいノンフィクションが増えて、フィクションを読む暇がなくなった、という感じである。)

※以下、「ノンフィクション」という言葉が、(ドキュメンタリー的なものに限定された)やや狭い定義と混同しそうなので、
「非フィクション」と称する。

本ブログでも9割以上は非フィクションを紹介しているが、
読めば読むほど、個々の本やジャンルがネットワーク化されて、世界が立体的に見えてくる(と、感じている)。
また一方で、自分が世界の「何」が知りたいのかが浮かび上がってくる(僕だと、例えば生物地理学と進化史だ)。
少しずつ世界が見えてくる喜び。
フィクションだけを追っていると絶対に味わえない感動である。

この感動が非フィクションを追う原動力になるのだが、荒俣氏はその原動力を、見事に説明している。

たとえ悪魔に魂を売り渡しても、知りたい、教えてもらいたい、この世の秘密を少しでも解きたいという渇きが、私の魂を揺するからです。好奇心が満たされる歓びよりも上の幸せなんて、滅多にありません。


「たとえ悪魔に魂を売り渡しても、」と言い切れるかどうかが荒俣氏と余人との違いなのだろうが、
それでも、僕程度の人間でも非フィクション街道から抜け出すことは容易ではない。

本書は、そんな非フィクションを愛してやまない荒俣氏による読書方法論。
ただ、そんなに具体的なHOWTOが記載されているわけではなく、
・非フィクションを読むことは、ヴァーチャルな経験だよね
・非フィクションを好きになるって、こんな事例があるからだよね
・自力で非フィクションを読み続ければ、自分に合う本を見つける読書感度が増すよね
・とはいえ、慣れないうちは、大系的に読むのも良いよね
・あと、見つけた本から興味の趣くままに展開すると良いよね
的なことが記載されている。

ただ、そこかしこに荒俣氏の実体験や実際の本の紹介があるのが、読みどころだろう。
実際の非フィクション系の読書に役立つ「術」が書かれているかと言えば、たぶん多くの人には、満足できる「術」は無いだろう。そういうのは、「読書は1冊のノートにまとめなさい[完全版]」とかの得意分野である。

本書はそれよりも、非フィクションを読むという「人類の知を探る愉しみ」を実例で紹介する点に、大きな主眼がある。
自分はこんなに本ばっかり読んでいていいんだろうか、と不安になった時に、ぜひお読みいただきたい。
開き直る特効薬となるだろう。

▼「他人がどんな本を読んでいるか」というのは、下世話ながら興味深いところ。(レビューこちら)

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