ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

明日から、できる。「毎日が楽しくなる「虫目」のススメ―虫と、虫をめぐる人の話」  

毎日が楽しくなる「虫目」のススメ―虫と、虫をめぐる人の話
鈴木 海花



今年の目標を色々立てているが、その中に「楽しみを掴め」というのがある。
日々の生活では心身ともに消耗すること多々である。
また、休日は雑事に追われたり、怠惰に過ごすことも多い。

「楽しいことないかなあ」なんてボヤくことも多いのだが、
楽しみは自身で見つけるもの、
そして見つけるだけでなく、積極的に「掴む」もの、と考えた次第である。

さて、僕は長らく野鳥のみを専門にやってきたが、趣味を持たねばいかんと考え(この発想がおかしいが)、
近年、昆虫採集、化石採集、イタリア語の勉強を楽しみにしている。

これらをやって初めて分かったのは、やはり「知らないことだらけだなあ」と言うことだ。
それぞれを「楽しむ」ためには、野鳥観察や調査で培った知識やテクニックとは、(一部援用できるとはいえ) 全く異なるものが要求される。
それを見出し、身につける過程がまた楽しいのだが、それにしても知らないことだらけだ。

本書は、「昆虫を観る」という楽しみを、存分に味わっている女性、鈴木海花氏によるエッセイ。
「昆虫をテーマとした旅行記」と言っても良い。
ただ昆虫を追うだけでなく、地元の人と触れ合う楽しみ、地元の料理を味わう喜びなど、
単なる昆虫本とは異なる視点も含まれている。

本書に昆虫情報のみを求める方だと、そうした記述こそ不要と思うかもしれない。
だが、やはりそこまでストイックにならず、昆虫も含め「楽しい」ことが一番だと僕は思うのである。

さて、本書で取り上げられ旅行のうち、特に興味を惹かれたもの。
まずは、日本屈指というか、世界に誇るべきカメムシ図鑑である「日本原色カメムシ図鑑」、「日本原色カメムシ図鑑〈第2巻〉陸生カメムシ類」、「日本原色カメムシ図鑑―陸生カメムシ類〈第3巻〉」。
これを記した人々を尋ねる旅だ。
全ての始まり、第1巻を刊行した高知県の研究者の、情熱と楽しみを訪ねる旅。
第2巻・第3巻に収録されるカメムシを、とにかく集めた採集人、高橋敬一氏。
そして、高橋氏から送られたカメムシを分類していく分類学者、石川忠氏。
「昆虫だから」と敬遠するのはもったいのない、熱い情熱の物語だ。
野鳥でもこうした大部な図鑑は種々刊行されているが、その舞台裏や、著者の想いが第三者によって語られることは、滅多にない。
そうした意味でも、この旅は貴重な記録だ。

そしてもう一編は、石垣島探訪記。
(ネット情報だと、どうも最近は採集禁止等を巡って様々な思惑・意見があるようだが、
そうした話は横に置いておく。著者は採集ではなく観察・撮影が主である。)
僕も野鳥のために訪れたが、いやはや石垣島は楽しいところであった。
独特の林道や植物を思い出しながら、旅行記を楽しんだのだが、僕が訪れたあの頃に昆虫も趣味もしていたら、と思うことしきりである。

ただ、石垣島のような濃厚な地で、野鳥と昆虫の両方を追うと、たぶん破綻するだろうと思うのだが、
それでも、いつか石垣島を再訪した時、僕はやはり、両方気になるだろう。
それでも、「楽しみの掴み方」を知らないよりは、良い。

本書が、多くの方にとって、新しい「楽しみの掴み方」のヒントになることが、著者の願いではないだろうか。


【目次】
いつでも、どこでも「日々虫目」編
図鑑はどうやってできるのだろう 或る図鑑をめぐる人々を訪ねて
旅も虫目で「虫目観光」編
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生粋の研究者が、昆虫少年に戻った。「ホソカタムシの誘惑 第2版: 日本産ホソカタムシ全種の図説」  

ホソカタムシの誘惑 第2版: 日本産ホソカタムシ全種の図説
青木 淳一



著者青木淳一氏は、日本におけるダニ類研究の第一人者、だった。
特に、土壌中で腐食質を餌とするササラダニ類という、目立たないが非常に重要な分類群については、450種以上の新種記載を行っている。
ダニに関する書籍も多く、例えば「ダニにまつわる話 (ちくまプリマーブックス) 」(レビューはこちら )は、そのダニ研究史の過程で起こった様々なトピックスを紹介するものとして、楽しい。

また神奈川県立生命の星・地球博物館長としても活躍し、生き物を調べる「博物学」の楽しさも普及。
博物学の時間: 大自然に学ぶサイエンス」(レビューはこちら)では、その面白さを紹介している。
この本の中で、退職と共に、標本と文献を全て国立科学博物館、横浜国立大学、宮城教育大学に分散して寄贈して全てを後進に委ね、昆虫少年に戻ったという記述がある。

昆虫少年に戻った青木氏が手がけたもの。それは、50年以上前に夢中になったホソカタムシだ。
ホソカタムシとは細くて堅い虫。体長はおおむね2.5mm~5mmといった小さな虫で、枯れ木についた菌類やキクイムシの幼虫などを捕食する。
その習性から、葉が全くない枯れ木に生息している、という。

そして、ササラダニ研究の第一人者になるような極めて学究的で着実な人が、
本気でマイナーな分野の昆虫採集を手掛けたらどうなるか。
その結実が、本書である。

ホソカタムシとは何ぞや、から始まり、
1部では、著者のホソカタムシへの愛情、
再開したホソカタムシ採集によって培われた発見法・採集法の数々、
標本作成法(普通の昆虫標本だけでなく、ホソカタムシ研究のために必要なプレパラート標本の作製法)、
本書でも収録されている細密画の作画法、そして仲間であるホソカタムシ愛好者のエピソード、採集記が収録されている。
ホソカタムシを見つけ、探し出し、研究する楽しさとルートが余すことなく記載されていると言えるだろう。

そして2部。日本産ホソカタムシのリストから始まり、
各種の細密画、解説、日本における分布図(記録がある地点を●でプロット)、そして特徴的な分布をしているホソカタムシの分布状況を収録。
こちらは、刊行当時のホソカタムシに関する知見のほぼ全てを網羅しようという意気込みに溢れている。

もうこの一冊だけで、ホソカタムシが宝の虫のように感じてしまうのは、僕だけではあるまい。
本書が、ホソカタムシという極めて地味な虫の本ながら、「第2版」まで出ているところが、その凄さを示しているのだろう。

たった一冊の本で、ある分類群に対する知見の到達点を纏め上げる。
それだけでも大変なのに、その虫を追う楽しさ、魅力まで伝えてしまう。
非常にマイナーな分野だが、これほど知的な楽しさに満ちた本も、なかなか無い。

【目次】
1部 ホソカタムシの採集と研究の楽しみ
 ホソカタムシに関するQ&A
 ホソカタムシの魅力
 ホソカタムシの研究法
 採集日記から
 ホソカタムシ採りの達人たち
2部 日本産ホソカタムシの分類と分布
 日本産ホソカタムシの種名リスト
 日本産ホソカタムシ図集
 日本産全種の解説
 日本産ホソカタムシの分布図
 日本列島におけるホソカタムシの分布状況


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真摯な生と、大きな遺産。「白畑孝太郎─ある野の昆虫学者の生涯」  

白畑孝太郎─ある野の昆虫学者の生涯
永幡 嘉之



動植物の保全にあたっては、破壊が進んだ現在の末期状態を維持するのではなく、過去の状態へと復元するという視点が不可欠なのだが、そのためには過去の状態を知ることが前提になる。ところが、過去の資料というものは、必要になったからといって入手できるものではない。雑木林が当たり前に広がっていた時代には、誰もそのようなものに気をとめることもないからだ。(p15)



現在の記録を残す、という行為は、現代に生きる人間にしかできない。
しかし、「現時点」は、その時々の自分にとって最も「当たり前」の状況。それを細かく記録することは、ともすれば変人・マニアの類に見られかねない。

それでも、記録することは、保護の第一歩である。

ただ野鳥の場合、観察記録又は撮影記録が主だ(鳥類標識調査だと捕獲記録もあるが、鳥類標識調査員自体が少ない。2016年11月現在、香川では僕一人である)。そのため、いきおい「珍しい種」ほど記録されやすいのだが、その記録さえも、文献として残されることは稀だ。
だから、少なくとも観察・撮影した「珍しい記録」くらいは丁寧に文献化しておこうよと、僕も運営している団体で冊子を刊行している(「香川県野鳥記録・研究報告集 Woodpecker」香川の野鳥を守る会)。

一方、昆虫だと「採集」という手段がある。だからとにかく採集して標本化(ラベル付)さえしておけば、その時代の普通種の多くも記録化できる。

だが逆に、昆虫の種数の多さ、そして地域ごとのバリエーションを考えるならば、簡単に「できるだけ多く」とも言えない。それを達成しようとすれば、恐ろしいほどの労力と時間と費用を要するだろう。

しかし、冒頭に引用に戻る。
野鳥にしろ昆虫にしろ植物にしろ、とにかく資料がなければ話にならない。

また保護だけでなく、研究という面においても、網羅的な資料は極めて重要だ。
生物地理学という分野があるが、個々の生物には、それぞれ「そこに存在する歴史」がある。
それを紐解くことで、進化、地史、気候変動、生態系の絡まり等々、僕らは地球の歴史を知ることが可能となる。
(ちなみに、その歴史を無視して存在するのが人為的な外来種である。)

本書からも引用しておく。

動植物のそれぞれに、過去の地殻や気候の変動の上に成り立ってきた、長い歴史がある。
つまり、飛んでいる一頭のチョウにも、今そこにいる理由があるのだ。(p237)



現代を記録すること。それは誰かが行わなければならない務めである。
通常、それを担うのは研究者と思われることが多いが、自然史の分野では、在野のアマチュア研究者が担っていることが多い。
もちろんアマチュアが、自身の愉しみだけのために活動しても、構わない。
だが、彼らが残した標本・記録は、未来の人々への貴重な遺産となる。
「記録を残そう」と考えたアマチュア研究者の活動は、やはり献身的な意味があると言っていいだろう。

本書で語られる「白畑孝太郎」氏は、昭和初期から第二次世界大戦以降まで、山形県において昆虫調査を牽引してきた在野の研究者である。

(ただ「在野の」とは言うものの、それは本人の意思ではない。
 もちろん家庭の事情等もあったが、後年は山形県の自然史研究を担う博物館の設立に奔走し、
まさに山形県の昆虫研究のコアになるべき位置にあった。
だが山形県の方針転換で、博物館職員は専門研究者ではなく、教職員の派遣となってしまう。
山形県の昆虫相を明らかにすべく、生涯をかけて尽してきた白畑氏の無念は計り知れない。)

白畑氏は、山形県の昆虫層を全て記録し、まさにその生物地理学的な面での研究を行おうとしていた。
そのため、残された記録は極めて膨大であり、また資料価値に富む。
昆虫標本だけではない。様々な文章記録、また当時の環境写真も多数撮影し、そのそれぞれに撮影時期・場所・撮影した主旨を裏書している。

本書は、この圧倒的な努力の人、白畑氏の生涯の記録である。

そして白畑氏の足跡を膨大な資料で辿ることで、同時に、失われた環境の多さに呆然とさせられる。
いわゆる自然だけでなく、水田、里山といった、連綿と続いていた人と自然の共生の場も、
白畑氏の生きている間に加速度を増して失われ続けた。

現代以降の課題は、やはり少なくとも現環境の保護、そして失われた環境の回復だ。
他県と異なり、白畑氏が膨大な記録を遺してくれている山形県は、回復するべき環境のヒントは十分にあると言って良いだろう。

そしてもう一つが、白畑氏が成し得なかった、昆虫を軸とした山形県の生物地理学的な研究である。
経済発展により様々な環境が失われる以前に得られた膨大な昆虫標本は、それを研究する人を待っている。

ただ現在、これらの標本は博物館には納められていない。
それは、前述のとおり博物館設立時の理想に対する裏切りと、それに対する真摯な想いに起因する。

白畑氏の死後、妻の礼子氏は次のように考えている。

生涯をかけて打ち込んだ研究資料を安心して委ねられるかどうかを判断するときに、組織や設備は関係ない。情熱をもって調査研究にあたる人がいるかどうか、その一点に尽きる。(p248)



そして現在、白畑氏の標本の管理を託されている著者も、次のように記している。

決して、どこかに寄贈して保管すれば済むものではない。志を受け継ぐ人物が標本を調べ、写真や文章から環境を復元し、そして今と比較することで、初めて活用される。それこそが、白畑自身が最も望んでいたことのはずである。遣品となつてしまった標本を、単なる飾り物にしてしまうか、それとも研究資料として生かすことができるかの分岐点は、後世で活用に携わる人物の情熱と力量にかかっているといってよい。(p257)


決して山形県の人にのみ課せられた義務ではないが、それでもこうした「二度と得られない自然史標本」は、その地の宝である。

(実際、山形県の指定文化財(天然記念物)に指定されている。 HP:山形県の宝 検索navi(山形県教育庁文化財・生涯学習課) )

白畑氏の生涯を継ぐべき人物が現れ、行政を含む環境がそれをバックアップし、白畑氏の遺産が、真に活用される時代が早く来ることを、心から望む。

本書は、一人の自然史研究者の生涯と想いを丁寧に辿った、素晴らしい伝記である。
昆虫云々ではなく、多くの方に読んでいただきたい。


ちなみに、昆虫に興味を持ち始めた頃、マークオサムシという重厚なオサムシの存在を知った。
まるで鎧を装備したかのような黒いオサムシ。東北地方の湿地帯にしか生息しない、極めて珍しい種という。
このマークオサムシ、イギリス人のルイスが明治年間に日本で採集し、名前がつけられた種類だったが、日本人は誰も採ったことがなかった。

それを日本人で初めて採集したのが、白畑氏。一九三二(昭和七)年のことと言う。
当時は、マークオサムシは山形県全域の水田に生息し、白畑氏の若い頃には、田の畦道を横切ることもあった程と言う。
だが、水田の基盤整備が進行するにつれ、マークオサムシは県内全域から一斉に姿を消し、現在ではわずか二地点の休耕田に細々と生き残るのみとなっている(本書の記述による)。

この一点だけを取り出しても、失われたものの大きさに呆然とする。


【目次】
第一章 標本に埋もれて
 標本に埋もれた書斎
 夢の軌跡
第二章 生い立ち
 標本に埋もれて自然への開眼
 進学の夢
 独学の決意
 広がる交流
第三章 警察官として 酒田へ
 ギフチョウ属の混生地
 初めての鳥海山
第四章 大陸に渡る
 中国に描く夢
 制約のなかで
 持ち帰った葉書
 新婚のころ
 黒澤良彦
 戦争の波 7
第五章 断たれた夢
 雨の行軍
 アルビオン
 蛍の海
 虫たちを支えに
 望郷のマイコアカネ
第六章 新たな幕開け
 故郷の虫
 ミヤマシジミ
 高橋多蔵
 酒田を本拠地に
 タイリクアキアカネ
 飛島とミンミンゼミ
 高館山と上池・下池
第七章 研究の途
 総合学術調査会の結成
 朝日連峰の学術調査
 山形昆虫同好会
 チョウセンアカシジミの発見
 滅びゆくものへの焦り
第八章 博物館に託した思い
 洪水と湿地の虫たち
 鈴木健太郎
 上山の風景
 博物館建設
 曲げられた夢
第九章 『山形県昆虫誌』の構想
 写真の束から
 湧水のある風景
 消えていったギフチョウ
 ウスバシロチョウの移植
 公共事業のもとに
 月山
 鳥海山と仁賀保高原
 朝日連峰縦走
第十章 夢の軌跡
 ひとつの時代
 標本の行方
 確固たる信念
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写真を読む力を学ぼう。「今森光彦ネイチャーフォト・ギャラリー  四季を彩る小さな命・日本の昆虫」  

今森光彦ネイチャーフォト・ギャラリー  四季を彩る小さな命・日本の昆虫
今森 光彦



野鳥写真では、一般には対象種をより大きく撮影したものが、一般ウケする。
「なかなか見られない野鳥を、こんなに明瞭に撮影するなんて、すごい!」という感覚だろう。

鳥屋の間でも、大きく明瞭に撮影した写真を否定することは、普通ない。
ただ、それは写真としての出来ではなく、「この種の記録を残した」行為に対する賞賛も含まれている。
図鑑写真的な記録を残したことを、否定する必要は全くないためだ。

いずれにしても、「見づらい野鳥」という被写体の特性が、写真を評価するときに大きく関与する。
(単に、ヒトを写しただけでは評価されないことの裏返しだ。)

ところが、それを自身の「写真」に対する評価と勘違いしてしまう。
そうすると、新しい賞賛を得るためには、「より大きく」「より珍しい種を」撮影するしかない。
その結果生まれるのが、常軌を逸した野鳥写真家である。
 撮影後の野鳥を、クラクションを鳴らして飛ばそうとする者(撮影した人間が少ない程、評価が高まるためか)。
 撮影のために樹木を伐採する者。
 巣やヒナに異常に接近したり、執着する者。

どんな趣味の写真の分野にも、そういう勘違いした輩はいると思う。

僕は、写真に対して何かを語れるほどの知識も感性もないが、
少なくとも、物語を感じさせない写真は、「作品」としての価値はないと思う。

本書は、今森光彦氏の作品集。

普通の写真集と異なるのは、まず、なぜこうした写真を捕ろうとしたか、
その上でどんな悩み、テクニック、苦労があったかという舞台裏や、
作品の初出データ、被写体の昆虫の情報、撮影データなどが見開き2頁にまとめられている。
ここでは、写真はモノクロのほんの小さなスペースしか与えられていない。
そして次の見開きで、初めてカラーで掲載されている。

写真は写真だけで語れば良い、というのは真っ当な話だ。

だが一方で、媒体が何であれ「作品を読む」には、やはりそれなりの知識と経験が必要である。
特に、被写体が特殊であればあるほど、「読み手の技量」のハードルは高くなる。

メッセージを含めた写真は、メッセージを伝えられなければ、意味がない。

本書は、いわば、ギャラリーで作者の解説付きで観賞するようなものである。

だからこそ、昆虫には全く興味が無い方に、一度読んで見てほしい。
今森氏がどんなメッセージを、どんなテクニックを駆使して伝えようとしているかが、
はっきりと分かるはずだ。
そしてそれは、他の写真を「読む」力にもなるだろう。

【目次】
キリギリスの孵化
レンゲとモンキチョウ
オオカマキリの影
ショウリョウバッタのひげ時計
ウドの花とキアゲハ
ヨツボシトンボの死
チューリップ畑のツマグロオオヨコバイ
巣に帰ってきたミツバチ
明け方のゲンジボタル
昆虫の顔
アブラゼミの羽化
ウリ畑で羽化するトノサマバッタ
ベニイトトンボとオンブバッタ
ノコギリクワガタと夕日
ため池のショウジョウトンボ
水面に浮かぶスジブトハシリグモ
水の輝きとハッチョウトンボ
岩のすき間で鳴くスズムシ
山からおりてきたアキアカネ
コバノガマズミとハラビロカマキリ
落ち葉に隠れるアカエグリバ
キタキチョウの越冬
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次世代にも、生き物を丁寧に見る習慣を。「楽しい昆虫採集」  

楽しい昆虫採集
奥本 大三郎,岡田 朝雄



生き物を殺傷することが好きなのではない。
だから、対象を全く殺傷する必要が無い野鳥観察を趣味としたし、密猟対策にも取り組んできた。

だが、小さいころから、昆虫の種類も知りたかった。
けれども、真面目に昆虫を知ろうと思うと、どうしても捕獲して、図鑑と見比べなければならない。
その過程で、どうしても昆虫は死ぬだろう。
それを無にしないためには、標本にする必要があるが、そんな知識も技術も無かった。

現在でもデジカメがあるが、マクロ撮影に耐える機材の購入と、
識別点を過不足なく撮影する知識となると、やはりハードルが高い。

一人で昆虫を学ぶには、どうしても昆虫採集と標本化が必要だ。

その時出会ったのが、「ぼくらの昆虫採集 」(レビューはこちら )。
待っ正面から昆虫採集を説明する、稀有の本であった。

本書は、その前身と言える一冊。刊行は1991年と、もう20年以上前になる。
著者は奥本 大三郎氏と岡田 朝雄氏だが、
本来の著者となるはずだった奥本氏は多忙のためエッセイ的なもののみに留まり、
後半、岡田氏が技術的な解説を行っている。

ぼくらの昆虫採集 」よりも、より細かな内容が多く、また採集禁止区域等の資料的内容も多い。

残念ながら刊行から時間が経過しているため、採集禁止区域等の情報については古くなっているものの、
昆虫採集という趣味を持つ人が近くにいない場合、よき先達として本書は活用できるだろう。

「昆虫なんて」という感覚が多くの方にはあると思う。
また、「殺して標本にするなんて」という嫌悪感もあるだろう。
だが昆虫を的確に知ることで、僕自身、
野外を歩くときに「鳥の視点」だけでなく、「虫の視点」が得られたと感じている。

例えば「鳥の視点」だと、ある林があれば、それを全体としてとらえる。
その上で、この突出した樹上には囀る種類、この樹はイカル、ここの茂みは夏はキビタキ・冬はルリビタキ、
この草が両脇にある林道はホオジロ類、この道はツグミ類…という把握の仕方だ。

だが「虫の視点」だと、樹一本、草一本が問題となってくる。
そうすると、この樹にはハムシが多い、「だから」カラ類が通過しやすい、という見方になってくる。
自然を重層的に視ることが可能となる。

もちろん、まだまだ僕は入口にたったばかりだが、
この楽しみは、20年以上前、野鳥を始めた頃のようなワクワク感がある。

それにしても、「ぼくらの昆虫採集 」 の刊行は、2011年。本書は1991年。
20年に一回のペースでしか、総合的かつ真っ当な昆虫採集入門書は刊行されない、ということになる。

野鳥にしろ昆虫にしろ植物にしろ、「その存在を知ること」が、保護の第一歩だと僕は思う。
だからこそ、昆虫については、昆虫採集という「責任の重い知り方」をきちんと知ってほしい。



【目次】
第1章 人はなぜ虫を捕るか
 虫の掴まえ方
 書類を捨てて野山に出よう
 捕虫網の研究
 蝶の罠
 虫のだまし方
 虫の殺し方
 標本の作り方
 昆虫採集の実践記―マダガスカル採集旅行 ほか
第2章 昆虫採集入門
 おもな昆虫採集法
 簡単なチョウの飼育法
 採集旅行
 採集禁止の昆虫
 標本の作り方
第3章 資料編
 日本産蝶類一覧表
 日本産クワガタムシ一覧表
 昆虫関係器具の店・標本商・専門書店
 昆虫の図鑑類と雑誌
 昆虫関係の学会と学会誌
 研究会・同好会と会報
 博物館・昆虫館一覧
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