ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

わが家で戦争に殺される。「ロングウォーク: 爆発物処理班のイラク戦争とその後」  

ロングウォーク: 爆発物処理班のイラク戦争とその後
ブライアン・キャストナー



著者が戦地に行った後、妻は同じく第二次世界大戦に夫を送り出した祖母に尋ねる。

「あの人がいないあいだ、私はどうすればいいの? 帰ってきたらなにをしてあげたらいいの?」
「帰ってこないよ」祖母は答えた。「戦争に行った男はみんな死ぬのよ、死にかたはいろいろだけどね。あっちで死んでくれたほうが、いっそあんたのためには幸せだよ。生きて戻ってきたら、わが家で戦争に殺されるんだからね。あんたも道連れにして」



著者は、1999年12月から2007年9月まで空軍将校をつとめ、うち2期はEOD部隊の指揮官としてイラクに派遣された。
EODとは、爆発物処理班Explosive Ordnance Disposalだ。
指揮官といっても基地内で指示するのではなく、部隊のリーダーとして実際に作業も行う。

旧イラク共和国が倒された後、イラクはアメリカ・イギリスを中心とする連合国暫定当局(CPA)が統治した。
著者が2期目に派遣されたのは、2005年1月から2007年9月。
その期間のイラクは既に前線は無く、あるのは壁で囲まれた前線基地(FOB)と、それ以外だ。

そして「それ以外」の地域を輸送、連絡、様々な作戦行動のたびに通行する必要があるが、
その路上で米軍を狙って多用されたのが、IED(即席爆発装置)だ。

著者らのEOD部隊は、発見されたIEDを無効化したり、
爆発したIEDや自動車爆弾・自爆テロの現場において、残骸(もちろん人体も含む)の中から、
犯人の手掛かりを探すことが役割である。

映画「ハート・ロッカー」でも見られたが、
安全な地域で爆弾処理するというより、銃弾が行きかう中で解除するケースも多い。

そうした現場の記録としても珍しいのだが、本書はそれだけでなない。

爆風に曝された人体は、強烈な衝撃波を受ける。
EOD部隊であれば、その装備もしっかりとしたものだ。
だから通常の処理の過程で、手足が吹き飛ぶということは無い。
(毎回そうであれば、仕事にならない。)

だが、脳は違う。衝撃は確実に脳も通過し、神経細胞を通過する過程で、
脳細胞を確実に傷つけていく。
PTSDではなく、外傷性脳損傷(TBI)だ。

Wikipediaによると、酷い場合は、記憶力や注意力が低下し、コミュニケーション能力に問題が生じるという。
「外見上、健常人と何ら変化は無いが、社会適応性が損なわれるため、通常の生活が送れずに苦しむ患者は多い。」というのが、TBIの特徴でもある。

著者は、重度のTBIだ。「俺は狂った」と何度も呟く。
笑えない。眠れない。瞼が痙攣する。気が付くと殺す相手を探している。現在の記憶が保てない。
「生きて戻ってきたら、わが家で戦争に殺されるんだからね。あんたも道連れにして」
祖母の言葉通りとなっていく。

本書は複雑な構成だ。
著者がEODを志し、訓練を積んだ時代。最初にイラクに派遣されたが、命令違反により帰国させられた事件。
2度目のイラク派遣。IEDの解除、様々な疑わしい工場の捜査、仲間の死。
こうした過去の戦地の記憶が、明確に、詳しく描かれていく。

それと交錯するように挿入されるのが、現在だ。
健康異常の認識。病院での度重なる検査。PTSD(後にTBI)として診察された時。
それ以降の「狂った感覚」、それに翻弄される日常。

戦場と、戦争によって壊された人間の日常。
自身が記述しているだけに、そこには鋭い刃のような危うさがある。

かと思えば、随所に秘められたキーワード。一体何のことだろうと違和感があるが、
読了近くにその意味が示される。
それを踏まえて読み直せば、狂った著者が、何を日常的に感じていたかが改めて実感できるだろう。

湾岸戦争・イラク戦争のノンフィクションとしては、
アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)」(レビューはこちら )、
アメリカン・スナイパー」(レビューはこちら )をこれまで紹介したが、本書もいずれにも劣らぬ一冊である。ぜひ。


【目次】
第1章 混沌の支配する世界
第2章 崩れる砂
第3章 ドジを踏む
第4章 来る日も来る日も
第5章 VBIED六件の日
第6章 カーミット
第7章 GUU‐5/P
第8章 科学とチャクラ
第9章 箱のなかの足
第10章 リッキー
第11章 山









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現代社会に必須となった、新たなビジネス。「民間軍事会社の内幕」  

民間軍事会社の内幕 (ちくま文庫 す 19-1)
菅原 出



本書は、2007年に刊行された「外注される戦争」の加筆修正版として、2010年に刊行された。
それからも、既に6年以上が経過している。
恐らく既に状況は大きく変化しているだろうが、日本では全く馴染みのな無い民間軍事会社(PMC、private military company)がなぜ生まれ、いかに拡大しているかを知っておくことは、極めて重要だ。

誤解されがちだか、そもそもPMCは傭兵斡旋会社ではない。

戦闘という作戦は、もちろん正規軍が行う。
問題は、軍が戦闘行為を行うまでには、単純に舞台の移動、既知の設営が必要だ。
そして人がいるところ、これも単純に食料や廃棄物の処理、装備や資材の運搬も必要である。

食事一つとっても、食材、料理人が必要だ。食材もどこかから仕入れ、運搬する必要がある。
だがその運搬ルートは、最前線までの道である。どこに敵が潜んでいるかは、分からない。

また、最前線は正規の軍が対応するとして、
確保した後方の街では、誰が文官や事務担当者を守るのか。
場所は、戦時下の国。ガードマンでは役不足だ。

様々な圧力によって、軍の予算・人員は縮減されている。
かつては全て軍が対応できていたが、こうした後方支援に該当する部分にまで兵は避けない。
では、アウトソーシングではないか、という発想がある。

一方で、年齢や体力的な理由により軍を退職した者たちには、平和な社会では全く役立たないが、戦地では有用な知識と経験がある。

その能力を活かし、通常の会社とは異なる危機管理能力を備えて、戦時下の後方支援等を請け負う会社。それがPMCである。

本書は、そのPMCの成り立ち、イラク戦争における活動、
また優れたPMCだけでなく、杜撰なPMCによる弊害など、日本では殆ど報道されない事情を詳しく紹介してくれる。

例えば、民間会社であるということは、ニーズに敏感であり、かつ政治的な制約がないということだ。

そのため、人質解放交渉、紛争地で活動する企業の警備(保険とセットだ)、
様々な国の軍隊のスキルアップ訓練、紛争地で取材するメディア向けの危機対応訓練など、軍事会社という言葉から抱くイメージとは全く異なる活動をしている。

本書でもそれらの活動が紹介され、実際に著者がメディア向けの訓練を受けているが、その内容は非常にリアルな現実を見据えたもの。著者も語っているが、日本のメディアがこうした訓練を受けていれば、紛争地での取材はもっと価値あるものになるだろう。

「民間で軍事に関係するノウハウを提供する会社」というだけで、日本では毛嫌いされる可能性が高いが、
既に敵の攻撃を抑止・対処することだけが安全保障ではない。

テロリストの資金追跡、国境付近の人の通行管理、警察や裁判官の再育成、民主的な選挙の支援、
活動する企業等の警備、基地や難民キャンプへの物資輸送。

テロ・内戦・軍事干渉など、世界各地で問題が日々発生しているが、そうした荒れた地域を立て直すという「人道的な行為」は、もはや軍だけでは成立しない。国連からNGOまで様々な立場が関わる必要があるが、PMCもその一人なのである。

そう考えると、世界的にも稀な程に安全である日本において、PMCが正しく認識されていないことは、大きな問題だろう。

何も、軍の活動を想定せよと言っているのではない。
ODAによる紛争地への企業派遣。
紛争地でのNGOの活動。
災害によりライフラインが経たれた地での救援。
世界の報道すべき問題のある地域での取材活動。

実際のところ、そうした活動にこそ、PMCを上手く利用する必要があるし、PMCのノウハウを学び、日本的にPMCが生まれないかを検討する余地もある筈だ。

特に、各国で軍に対する人や予算は削減され続けている。そうすると、紛争地で真っ当に活動したいのなら、良いPMCを確保することが重要となる。

だが、日本、また日本のNGOにそのような対応が可能だろうか。
基地や活動拠点の設営・運営、資材の運搬などを一から十まで自衛隊やNGOが実施し、期待される役割も、本来発揮すべき能力も果たせないまま終わるのではないだろうか。

戦争反対というのは、素直に正しいと思う。
だが、そうした求めるべき未来と、今そこにある問題への対処は別だ。
PMCのような会社が成立し得る現実を直視しなければ、今後の安全保障は成立しないだろう。

【目次】
第1章 襲撃された日本人
第2章 戦場の仕事人たち
第3章 イラク戦争を支えたシステム
第4章 働く側の本音
第5章 暗躍する企業戦士たち
第6章 テロと戦う影の同盟者
第7章 対テロ・セキュリティ訓練
第8章 ブラックウォーター・スキャンダル
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知られざる戦争遺産。「陸軍登戸研究所“秘密戦”の世界―風船爆弾・生物兵器・偽札を探る」  

陸軍登戸研究所“秘密戦”の世界―風船爆弾・生物兵器・偽札を探る
山田 朗 明治大学出版会



第二次世界大戦中の日本の秘密軍事組織といえば、七三一部隊が有名である。
定番として、森村誠一による「新版 悪魔の飽食 日本細菌戦部隊の恐怖の実像!<悪魔の飽食> (角川文庫)」(もちろん読んだのは元版だが)、「『悪魔の飽食』ノート」を(事前知識無しに)中学生だか高校生だかで読んだのだが、「戦争」にしろ「科学」にしろ、とにかく「大義名分」さえあれば、人間はとことん残虐になれる-というか、感覚がマヒするのだなと驚嘆した。

ただ、「桜花」のような大形の特攻兵器に日本の技術開発は進み、
また、スパイ技術など「小手先の」技術開発は少なかったのだろうと思い込んでいた。

そんな時、大陸間爆弾「風船爆弾」の存在を知り、改めて日本の戦時中の技術開発も多岐にわたっていたのだなと感じた。

その「風船爆弾」、陸軍の秘密科学研究所「登戸研究所」において開発された。
登戸研究所は、正式には「第九陸軍技術研究所」。
第一科から第四科まであり、概ね次の所管となっていた。
 第一科は特殊兵器(風船爆弾等)、電波兵器の開発。
 第二科はスパイ器材、毒薬、生物兵器。
 第三科は偽造紙幣製造。
 第四科は第一・二科のフォロー等を行っていた。

「風船爆弾」はもちろん登戸研究所の成果だが、
第二科は使われることがなかったが散布可能な牛痘ウイルス、帝銀事件にも用いられたかと言われる遅効性の毒薬・青酸ニトリル、
第三科も中華民国の偽造紙幣を大量に製造するなど、他科も多くの成果をあげている。

本書は、その「登戸研究所」の施設が残る明治大学が設立した「平和教育登戸研究所資料館」について、
各展示室のコンセプトや展示紹介を行いながら、
現在把握できている登戸研究所の概容を説明していくもの。

後半には、登戸研究所の「秘史」が発掘される契機ともなった高校生による平和学習など、
多岐にわたる内容となっている。
しかし一方で、「これこれの主旨の展示パネルとなっている」など、
この一冊で登戸研究所がわかる、という内容にはなっていない。
すなわち、いわゆる資料館の展示概説でもないし、
また総括的な本でもなく、やや中途半端な位置づけとなっている。

登戸研究所については、当時の研究員その他による類書もいくつか刊行されているが、
資料館といういわば当時者的位置にありながら、
大学という客観的論述が可能な立場であるだけに、本書はもっと深く、
資料的価値を追究したものでもよかったのではないかと思う。

ところで、以前NHKの「所さん!大変ですよ」で、「まさか…愛用の農具が“幻の秘密兵器”だった!?」という回があった。
長野県の農家が愛用している農具、
実際には「火が噴き出すように燃焼する棒」なのだが、これが確認の結果、
「登戸研究所」の開発品だったことが判明している。

登戸研究所は神奈川・登戸にあったのだが、戦争末期、長野・駒ヶ根市に疎開的に移設されている。
戦争終了後、開発した品や記録は徹底的に破壊されたらしいが、なぜか流出していたらしい。
第二次世界大戦における日本の技術開発については、まだまだ謎が深い。

【目次】
第1章 アウトラインを探る―登戸研究所とは何か
第2章 時代背景を探る―登戸研究所と戦争の時代
第3章 登戸研究所の全体像を探る
第4章 風船爆弾の実像を探る
第5章 生物兵器・スパイ兵器の謎を探る
第6章 証拠なき世界を探る
第7章 偽札印刷の真相を探る
第8章 “秘密戦”のその後を探る
第9章 戦争の記憶をどう継承するかを探る
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底辺を流れる粘り強さとタフな心。やはり只者ではない。「戦場カメラマンの仕事術」  

戦場カメラマンの仕事術 (光文社新書)
渡部 陽一



戦場カメラマン・渡部 陽一氏。
朴訥な喋り方と「戦場カメラマン」というギャップで評判だったが、
氏の「戦場カメラマン」 としての情熱、歩みを詳しく知る機会は殆ど無かったと思う。

本書は、「仕事術」というタイトルどおり、戦場カメラマンとしての心がけやノウハウが綴られている。
だが、もちろんそれが日本における日常に役立つ訳ではなく、
単にビジネスマン向けのセールス・タイトルに過ぎないので、
「仕事術」を求める層にとっては、正直期待外れだろう。

むしろ本書は、そうした独自の仕事術-ノウハウを得るまでの過程を綴るため、
渡部氏が戦場カメラマンになるに至る人生が綴られている。
そこから「面白いキャラクター」としての渡部 陽一氏ではなく、
「戦場カメラマン」としての渡部氏を知り、理解できることが重要だ。

単なるカメラマンと、「戦場カメラマン」は大きく違う。
紛争地に赴き、自身の感性を信じ、現地の方々を信じ、時には騙される。
自らのルールと経験を頼りに動き、フリーとして写真を公表する媒体を探す。
恐ろしくタフな世界だ。
あの「朴訥な渡部氏」とは、真逆の世界とも思える。

しかし本書を読み、また第二章のジャーナリストによる渡部氏評を読むと、
実は渡部氏の静かな情熱が、底知れぬ「粘り」を発揮していることに気づかされる。

「戦場カメラマン」であるからは、その写真でのみ評価するべきかもしれない。
しかし、多くの人が眼にしてこそ、その写真に価値と意味が生まれる。
(だからこそ、渡部氏もメディアへの露出に取り組んできた。)

本書は、改めて渡部氏の存在と、その写真に注目する機会となる一冊になるだろう。

渡部氏の公式サイトは、こちらである。
またオフィシャルブログ「戦場からこんにちは」では、日々の記事と写真がアップされている。

日本だけでも、最近は天災が多く、また日本近隣でも多くのテロが起こっている。
戦場カメラマンが伝えてくれる世界は、もう「遠い世界」の話ではない。


【目次】
●第一部 僕が見てきた世界
第一章 取材は準備から始まる
第二章 戦場カメラマンになろうとは思わなかった
第三章 現場で学んだ取材の作法
第四章 戦場取材のリアル
第五章 戦場では活字が心の癒しになる
●第二部 僕が出会った日本のジャーナリスト
山本皓一(フォトジャーナリスト)
松浦一樹(読売新聞社)
渡辺照明(産経新聞社)
原田浩司(共同通信社)
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絶望的な逃避行と、苛烈な尋問。「ブラヴォー・ツー・ゼロ―SAS兵士が語る湾岸戦争の壮絶な記録」  

ブラヴォー・ツー・ゼロ―SAS兵士が語る湾岸戦争の壮絶な記録 (ハヤカワ文庫NF)
アンディ マクナブ



アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)」(レビューはこちら )とか、映画「ローン・サバイバー 」 (原作は「アフガン、たった一人の生還 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)」)を見ていると、折に触れ目についたのが本書。

1991年1月17日に始まった湾岸戦争の最初期の1月22日に、スカッド・ミサイルの発射機等を破壊するため、8人のSASがイラクに潜入。ところが現地には、事前情報を超える部隊が展開しており、8人は早期に作戦中止を余儀なくされる。
撤退先としたシリアは300km先。隠れるものもない砂漠、高地では30年ぶりの寒波による降雪、そして徹底した追跡。
8人はいつしか散り散りとなり、ついには捕虜となってしまう。

確保したのは、フセインによる独裁がピークに達していた時期であり、国家全体がまだ独裁国家の体を成していた時期だ。

捕虜となった著者らに昼夜を問わず続けられる容赦ない追及、罵倒、殴打。
本書では、戦時下という言葉だけでは説明できない、人間の残虐性が曝けだされている。

本書で描かれているのは、ほぼ潜入した1月22日から、解放された3月5日までの6週間にすぎない。

だが、その濃密な時間は、余すことなく記されている。
前半の潜入時。作戦検討、準備、ヘリでの潜入、そして潜入地点までの行軍は、まさに1分1分が緊張の連続だ。
文章のテンポと行動のテンポ、時間の進行が絶妙に噛み合い、
あっという間に読み進む。

発見された後の逃避行は、周囲は全て敵という状況下。
通信は途絶して助けも呼べず、荒野を300km先のシリアへ向かう。
だが、決して絶望下ではなく、彼らはまだ自信に満ち溢れている。

だが時間が経つにつれ、悪天候による気温低下が低体温症を招き、
またどちらへ進んでも敵軍と遭遇。
交戦の混乱、孤独、そして投降。

後半、捕虜となってからは、容赦ない暴行が続く。
読むのが耐えられない人もいるかと思うほどだが、
これが現実にあったことだと思い出せば、さらに背筋が寒くなる。
いつ暴行が加えられるか。次は何が待っているのか。前半とは異なる緊張が続く。

もちろん彼らが解放されたからこそ、この本書があるわけだが、
救いの見えない状況は、本当に恐ろしいものだ。

湾岸戦争は、リアルタイムでテレビで放送されるという、新しい時代の戦争だった。
しかも、映し出されるのは誘導による精密爆撃やトマホーク等、遠隔地からの攻撃が多く、
実際の兵士の戦いが報道されることは少なく(もちろん報道方針によるものだろう)、
リアルな戦争という感覚が少なかった。

だがその最中、こうした戦闘があり、悲劇と苦しみがあった(捕虜となった著者らもそうだが、
著者らに倒されたイラク兵士にも家族も人生もあったはずだ)ということは、
もっと広く知られるべきだろう。

もちろん本書は、SASという職業兵士の中でも選抜された者たちだから、
戦争や生死に関する視点は、あくまでも西側兵士のものだ。
それは、立場上どうしようもないものだから、それをもって本書を批判するのは的外れだろう。
(それは、「アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)」 も同じだ。)

また、SASという組織が現に存在する以上、
全ての出来事が余さず記録されているとか、記載された事項の全てが真実であるとかの幻想も抱くべきではない。
(強制の有無にかかわらず、当然ぼかされてる事項も多いだろう。)
だから、1点1点が事実と異なるからといって、本書の全てを否定するのもおかしい。
(それほどナイーブな人は、そもそもこうした当事者の本は読むべきではない。)

そうした事を踏まえて、やはり本書は1990年代以降の戦時下を記録した、
稀有の戦争ドキュメントとして価値がある。

それにしても、とにかく、
「山羊飼いほど恐ろしいものはない」というのが、
本書や「ローン・サバイバー 」から得た教訓である。
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