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昆虫が示す、確固たる事実。「虫から死亡推定時刻はわかるのか?―法昆虫学の話」  

虫から死亡推定時刻はわかるのか?―法昆虫学の話
三枝 聖



北米では、法昆虫学の需要の増加に応えるかたちで、2005年に、North American Forensic Entomology Association (NAFEA 北米法昆虫学協会[注:和訳は著者によるもの])という組織が設立されている。(p37)



医師法第21条では、「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたとき、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定されている。
この「異状死」については日本法医学会が平成6年5月に「異状死ガイドライン」http://www.jslm.jp/public/guidelines.htmlを作成し、
異状死体とは「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体」と定義している。

この定義に従うと、法医学的検証がなされる死体というのは、かなり多い筈だ。
ところが日常的には、「日本の身近な場所で殺人事件など起こるはずがない」という神話と、
また「死」という非日常世界に陥った親族への配慮等もあり、
公権力による異状死体の検案は、ほとんど行われていない。

その結果、埋もれてしまった殺人事件や傷害致死も、あるだろう。

すなわち、
 検死をしない
→事件が発覚しない
→発覚した事件件数が少ない
→事件件数が少ないから検視しない
という安易なサイクルが成立している。

実際のところ、確かに発覚する事件は少ないだろうが、
それでも犯罪―特に人の生命にかかわる犯罪―を見過ごすというのは、
法治国家としてはあってはならない。

だが、イメージ的な「小さな国家」を理想とし、
公務や基礎研究を削減することが無条件に是と考えている日本では、
この現実は改善されるどころか、悪化しつつある。

そんな中、法医学の一分野において、孤軍奮闘している一人が、著者だ。
著者が携わっているのは、「法昆虫学」。
死体の第一発見者ともいえる昆虫、例えばハエのウジなどを採取し、
その種や成育状況から、死亡推定時刻や死体が置かれていた環境に関する検証を行うというものだ。

アメリカの海外ドラマ好きであれば、「CSI:科学捜査班」(本家のラスベガス編)のグリッソムが、
真っ先に頭に浮かぶだろう。

実際、冒頭に引用したとおり、北米では法昆虫学とは重要な捜査手法の一環であり、
通称「死体農場 body farm」と呼ばれる、隔離地域でヒト死体を放置し、
腐敗分解過程などを研究する施設が在るほどだ。
(TVの「クレイジー・ジャーニー」でも、佐藤健寿氏が取材していた。)

一方、日本ではどうか。
そもそも法医学そのものが、
「日本は犯罪が少ない」という安全神話のもと、重要性が認識されていない。
まして、その一環である法昆虫学は、ほぼ見向きもされていない状態にある。

その現状において、一人開拓し続けているのが著者であり、
本書はその著者自身が、法昆虫学を概観するものとなっている。
法昆虫学の重要性、実際の解剖現場での状況、
発見される昆虫、それらからどのように「読み取る」のか、
また今後の課題等、類書が見当たらない一冊だろう。

そして著者の献身的な努力により、岩手県では、
警察においても法昆虫学の重要性を認識し、
事件現場においても死体に遺る昆虫採取という「証拠収集」も行われているという。
こうした努力が、そのまま事件解決に繋がるケースは少ないだろうが、
(で、日本人はムダだから削減しろと言いがちだ)
むしろこうした様々な事件現場から採取し、知見を積み重ねていくことによって、
真の「異常」が発見できることになる。

日本においては全く陽のあたらない仕事であるが、
著者の行っている研究は、法治国家に在っては必須であり、
今後の礎として極めて重要である。

その一端を知ることができる本として、ぜひ手にとっていただきたい。

【目次】
第1章 法昆虫学って何?
第2章 法昆虫学者という仕事
第3章 死体菜園 body garden
第4章 法昆虫学をつかう…… 岩手県警察とのコラボレーション
参考文献

category: 法医学

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世界が驚いた科学捜査事件簿  

世界が驚いた科学捜査事件簿
ナイジェル マクレリー



いわゆるミステリ、ホームズはもちろんとして、島田荘司から始まる新本格や海外ミステリも昔よく楽しんだ。
ただ、こうした一般的なミステリは、細かな手掛かりがあるにしても、基本は人間の洞察力が主体である。実際、一人の超人的な名探偵がいても、その推理だけで社会的に有罪を立証することは難しいだろう。

現実の社会では、犯罪捜査は個人の能力に頼るものから、指紋からDNA分析に至るまで、物証をどこまで客観的に追及できるかという方向に発達した。

もちろん、発達途上の技術を誤解・誤用し、冤罪をうむこともある(足利事件など。その問題点は、「殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」に詳しい(レビューはこちら))。

ただ、こうした科学捜査がない時代に比較すれば、何と有り難い時代なのかと実感する。

ところで、本書はタイトルがいけない。
安易に、「世界が驚いた◯◯」というキャッチーなタイトルを決定したのは誰なのだろうか。

この本は、にある身元調査(身体特徴・指紋)や弾道学、血液などの様々な科学捜査が、誰に、どのように開発され、どのような事件で用いられたのか、という科学捜査の黎明期を紐解くものである。

これらの技術が初めて用いられたという点では世界が「驚いた」かもしれないが、テーマはそこにはない。

原書タイトルの「SILENT WITNESSES A History of Forensic Science」、少なくとも「科学捜査史」という視点を生かしてほしかった。

こうした問題を除けば、指紋や血液、微細証拠や検視などが、どのように開発され、発展したかを知ることができる。
著者がTVプロデューサーとのことで、参考文献等を望む人には物足りないが、
「科学捜査史」のドキュメンタリー番組を見ていると思えば、ちょうどよいだろう。

【目次】
第1章 身元
第2章 弾道学
第3章 血液
第4章 微細証拠物件
第5章 死体
第6章 毒物
第7章 DNA


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ハリウッド検視ファイル: トーマス野口の遺言  

ハリウッド検視ファイル: トーマス野口の遺言
山田 敏弘



就職するまでは推理小説を良く読んでいたので、その延長で日本の検視ノンフィクションも良く読んでいた(「法医学教室の」シリーズとか)。
またちょっと前までは、海外TVドラマのCSIシリーズも見ていた(ラスベガスは途中まで。マイアミは最後まで。ニューヨークは何だかいつも眠くなってしまうのでほとんど見てない。)
そうこうした結果か、アメリカでマリリン・モンローを検視したのがトーマス野口だ、という情報は何となく知っていたが、生粋の日本人だとは知らなかった。

トーマス野口氏-野口恒富氏は、福岡生まれ。
詳しい内容は本書のミソなので割愛するが、多大な努力と工夫、積極性をもってアメリカで検視官となり、ついには非白人としては初の検視局長(ロサンゼルス地区検視局長)になる。

本書はその歩み、活躍と批判、葛藤と努力が語られている。
ケース・スタディとしてマリリン・モンローやロバート・ケネディという有名人が取り上げられているが、こうした事件も、トーマス野口氏の生涯に欠かせないターニングポイントであったことがわかる。

アメリカで成功するにはこれほどの努力が必要なのかという恐ろしさもあるが、
一方で「検視」がこれほど組織化され、社会のシステムに組み込まれているアメリカの状況を羨ましくも感じる。
翻って日本では、ボランティア的運営が主。
その点については、岩瀬博太郎氏の「法医学者、死者と語る~解剖室で聴く 異状死体、最期の声~」(レビューはこちら)に詳しいが、
まだ改善されたという実感はない。
日本が外国並みに事件が多発しつつある現在、検視システムももっと充実すべきだろう。


【目次】
第1章 検視官・トーマス野口
第2章 マリリン・モンロー怪死の深層
第3章 サムライ、海を渡る
第4章 ケネディを撃ったのは誰だ?
第5章 殺人鬼の犠牲になったシャロン・テート
第6章 大スターを襲ったアルコールの恐怖
第7章 新たなる挑戦と日本への想い

○日本の現状に対する問題提起の一冊

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法医学者、死者と語る~解剖室で聴く 異状死体、最期の声~  

法医学者、死者と語る~解剖室で聴く 異状死体、最期の声~

岩瀬博太郎
【問題提起度】★★★★



病院以外での人の死亡。
その多くは事故や自然死なのだろうが、客観的な死因究明をしておかなければ、他殺や交通事故の後遺症など、様々な問題を闇に葬ることになる。

それをするのが法医学者だが、
そもそも警察が「事件性がある」と判断したものしか対象とならないこと、
またそれをこなすだけでも、法医学者の善意に頼りっきりであり、システムとして危機的状況にあるという。

日常では全く意識することはないが、自分がもし当事者になれば、
このシステムの問題は、おそらく耐え難いものではないだろうか。

筆者は言う。
「好意のみに頼る制度は、安定した制度とはなりえない。」
まさにそのとおりである。


海外ドラマでは「CSI:科学捜査班」が好評である。
ニューヨーク、ラスベガス、マイアミと舞台の異なるシリーズがあり、それぞれ捜査官の所管範囲も異なるようだが、共通して言えるのは
・各専門分野の法医学スタッフが、まとまった活動する部署があり、しかも複数の班がある
ということだろう。

日本ではここまで必要がない、という判断かもしれないが、
それは著者が指摘するように、
病死以外の全遺体を検証していないためである。もしそれをやるなら、
それなりの施設と人員は必要だろう。

そして大事故、医療過誤、保険金詐欺、虐待などが日常的になっている今、
いつ被害者となるかわからない国民の権利を守るものとして、
法医学システムの充実は急務であるはずだ。

小さな政府を求め、公務員削減ばかり主張するが、
そもそも日本では全く不十分な分野が多数ある。
そこを増強することを認めず、安易に削減のみ進めていけば、
いつかこの国の公共システムは機能しなくなるだろう。

今日もまたどこかで、検視する必要がある遺体は発生している。
状況から警察が「事件性がない」と判断することと、
検視によって客観的に「事件性がない」と判断することは、全く意味が異なる。

一刻もはやいシステム改善を望む。

【メモ】
P39
「つまり、司法解剖は、法医学教室職員の善意のみで成り立っているといえる。
 言い換えれば、日本には死因究明を生業として雇用されたプロが存在しないということだ。これはたいへん恐ろしいことで、司法解剖という社会基盤がいつ自然消滅するのかわからない状況にあるし、このような国は、ほかにはないと思う。」

P57
 「承諾解剖」…警察が一度犯罪性はないと判断した遺体は、遺族の承諾によって解剖、画像診断、薬物検査ができる。
→一見遺族の心情を考慮しているようだが、遺族が承諾なければ死因はうやむやのままになる。
事件性(殺人だけでなく交通事故による損傷があとで発生した場合など)がわからないままとなり、後で問題が発生したり疑惑を抱いても対応できない。

P60
法医学者は、刑事訴訟法に基づき、解剖後に遺族に会うことを禁止されている。
日本の司法解剖では、誰が遺族の対応に責任を負うか不明瞭。

P67
針刺し事故などによる感染症の危険があるにも関わらず、危険手当はない。

P71
検査設備が不十分で法医学教室で実施できない検査の場合、警察に任意提供し、警察が科学捜査研究所に鑑定を依頼する。
科学捜査研究所は警察の機関であるため、検察や海上保安庁が、このルートを利用することは難しい。


P77
「好意のみに頼る制度は、安定した制度とはなりえない。」

P87
裁判員制度
裁判で鑑定結果をわかりやすくプレゼンテーションするのは法医学者の仕事か?
中立的な鑑定を行なうのが法医学者であって、
プレゼンは起訴する検察の仕事ではないのか?

P112
変死の解剖率
北欧諸国 100%、アメリカ50%、日本は程遠い。
「夜警国家は最小限の国家とされるが、日本が小さな政府を目指すとしても、いまはもはや夜警さえできていない状態だ。それなのに一向にインフラを整備しようとしない政府は、常識的に考えて異常だ」

P159
「いまでも解剖執刀医、中毒学者、DNAの専門家、歯科医らの『ボランティア精神』『善意』だけで、日本の死因究明が維持されている。善意に頼るということは悪意に頼ることでもある。」
 

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