ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

正しい議論の出発点として。「ニホンオオカミは消えたか?」  

ニホンオオカミは消えたか?
宗像 充



本書は、ニホンオオカミの存否を検討するうえで、
広範な取材に基づき、現在の問題点と到達点を記した、極めて貴重な一冊である。
ニホンオオカミに興味がある者ならば、必ず参照すべき基本文献の一つになるだろう。

だが、多くの方は「なぜ今さら絶滅したニホンオオカミなのか。」と疑問を抱くだろう。
雪男を追うようなトンデモ本の類と思われるかもしれないので、
この誤解を解くため、やや長いがニホンオオカミを巡る問題について、改めて整理しておきたい。

まず、ニホンオオカミほど「ないがしろ」にされている野生動物も珍しい。
公式には、1905年(明治38年)1月23日に、奈良県吉野郡小川村鷲家で捕獲された若いオスを最期に、
絶滅したとされている。

だが、タイプ標本となる個体をシーボルトが日本で捕獲したのは、1826年。
限られた島ならともかく、 本州・四国・九州の広い森林・山岳地帯において、
いかに伝染病やら捕獲圧やらあったとしても、80年程度で絶滅するとは、考えられない。

ジステンパーが死亡原因とする意見もあるが、
そうすると、日本全国で一斉にある種が死に絶えるほどの伝染病の流行ということになる。
それならば、まだまだ日常的に山へ入ることが多かった時代(江戸末期から明治だ)、
それなりの記や回収された骨などがあるだろう。

もちろん個体数は様々な要因によって激減したのだろうが、
さすがに「1905年の最終確認」=「最後の1個体」とするのは無理がある。
絶滅したとしても、「1905年の最終確認」から現在までのいつかの時点としか、言いようがない。

ところが、その「いつかの時点」を積極的に調査したことは、ない。

消極的に「確実な」観察情報がないまま50年が経過したから絶滅、と言っているに過ぎない。

そしてここに、大きな落とし穴がある。

「1905年の最終確認」以降、確実に「ニホンオオカミ」を識別できる人間が存在しないのだ。

これは国立科学博物の剥製だが、戦時中物置に放置され、ほこりだらけになっていたものを
もう一度作り直したものだ。生時の姿をそのまま伝えているとは思い難いし、
これをベースに別に個体を一目見てニホンオオカミと識別できる人なんていないだろう。
ニホンオオカミ


もし見ても、写真が有っても、「ニホンオオカミ」と特定できる人がいない。
特定できないから、「確実な記録」とは言えない。
「確実な記録」ではないから、「絶滅」だ。

実のところ、未だかって、日本で積極的に「ニホンオオカミの生息確認調査」がなされたことは無いのである。

例え話をしよう。
カワラヒワという野鳥がいる。多くの地域で一年中生息し、公園でも見られることがある。
姿も声も特徴的で、「知っていれば」識別に困ることはない。
だが、野鳥に興味が無い人は識別できない。「知らない」からだ。
もし見ても、確実な記録として伝えることは困難だろう。識別上のポイントを「知らない」からだ。

そうすると、上記の「ニホンオオカミ絶滅の論理」に当てはめれば、
その町でのカワラヒワも絶滅と判定される。


ニホンオオカミについては、シーボルトによるタイプ標本といくつかの剥製、毛皮、部分的な骨等があるのみで、極めて資料が少ない。
その性別、年齢、地域性も様々だ。
さらに、そもそもタイプ標本自体にも混乱がある。
そのため、「これがニホンオオカミだ」という共通的特徴を確立することは、極めて難しい。

その上、もしかするとかって、ニホンオオカミとは別にもう一種「ヤマイヌ」がいたかもしれないという説もある。

こうした識別・分類上の問題があること、その一方で絶滅の根拠が全く無いことを考えると、
極論すれば、確実に言えるのは「オオカミの仲間がいた(今は分からない)」という事だけである。

その状況を踏まえれば、ニホンオオカミは「確実にタイリクオオカミの亜種であり、絶滅した」と断言することが、
どれほど危ういかは分かるだろう。

それでも、実はニホンオオカミに肉薄している事実はある。
1996年10月14日に、秩父山中で撮影された個体(「秩父野犬」)と、
2000年7月8日に、大分県祖母山系の山中で撮影された個体(「祖母野犬」)である。

これらについては、国立科学博物館の動物研究部長や哺乳動物学会の会長も務め、
1965年に発見されたイリオモテヤマネコの記載も行った今泉吉典氏が、
その時点で把握し得る形態的特徴を整理した上で、「日本狼の生き残りの可能性がある貴重な動物」「ニホンオオカミそのもの」という鑑定を行っている。
論文化されたものではないが、その鑑定内容は「ニホンオオカミは生きている」(レビューはこちら)にも詳しく掲載されており、誰でも検証可能だ。

さて本書は、タイプ標本や、様々な文献の記述・図解の正当性や根拠、
上記のような観察記録とその分析を行っている。

また新しい情報として、秩父野犬の正確な寸法の算出と、
ニホンオオカミ剥製標本(タイプ標本も含む)の寸法測定値との比較から、
その骨格・大きさが極めてニホンオオカミに近いという研究結果の紹介もある。

「一見してニホンオオカミではない。」
「四国犬だ。(または、◯◯種だ、◯◯種の雑種だ等。)」
こうした意見は、実は何ら根拠が無い。
秩父野犬や祖母野犬には写真がある。
本来それを否定するならば、「ニホンオオカミの特徴と明確に反する点」か、
撮影された個体と酷似した犬種(「一見」ではなく論理的に)を挙げる必要がある。
だが、そうした反証は全くなされていない。

「絶滅したから、探す必要もない。だから特徴を正確に知ったり、周知する必要もない。」
これが、ニホンオオカミが絶滅したという立場の主張である。

だが、全く情報が途絶えたのではなく、
秩父野犬・祖母野犬以外にも多数の目撃情報、咆哮を聞いた情報がある。

特徴を知らなければ、いるかどうかすら確認できない。
だから、特徴を知り、まずは素直に探してみるべきではないか。

なお本書唯一の残念な点は、カラー写真がないこと。
ただ祖母野犬については、目撃者自身による「ニホンオオカミは生きている」(レビューはこちら)がある。カラー写真、今泉氏の鑑定もあり、現時点から見ても、極めて客観的かつフェアな立場から、ニホンオオカミの生存性を肯定する本である。

また秩父野犬を目撃した八木氏は、現在も精力的にニホンオオカミを探索している。
その活動は、
・ニホンオオカミを探す会の井戸端会議
を参照してほしい。

【目次】
I 「オオカミを探す?」
II ニホンオオカミとは何か?
III どこからどこまでがニホンオオカミか?
IV 人生をかけたオオカミ探し
V ニホンオオカミはなぜ生き残ったか?
VI 行方知れずのオオカミ捜索


この本のニホンオオカミの特徴を頭に入れて、国立科学博物館の剥製を見ると、とても良く特徴が分かって面白い。逆に、この特徴を知らない人は、山でニホンオオカミに出会っても「イヌ」と思うだろう。
ニホンオオカミに出会う可能性がある秩父山系、大分の祖母山系をフィールドにしている方には、ぜひ読んでおいていただきたい。




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生物としてのクジラ研究の現状を客観的に伝える。「クジラの死体はかく語る」  

クジラの死体はかく語る
荻野 みちる



クジラの話となると、様々な主張が飛び交う。
ただ、その主張同士が噛み合い、議論として成立しているかというと、疑問である。
本書のAmazonレビューも、捕鯨推進か否かが不明だとか、
環境汚染に対する突っ込み不足とか、著者が何を言いたいのか分からないとか、否定的なものばかりである。
だが、何か腑に落ちない。

クジラについては、主張する際に様々な立脚点があると思う。
(以下は思いついただけであり、網羅でもない。それこそ欠けている視点もあるだろう。)

・伝統的な消費文化の範囲での捕鯨を認めるか否か。
・今後の商業的な捕鯨を認めるか否か。
・日本の調査捕鯨をどう評価するか。
・クジラが増加しているか否か(どの種が、という問題もある)。
・過去のアメリカ等の鯨油のための大規模捕鯨をどう総括するか。
・イルカやクジラは「賢い」から別格だという主張を認めるか。
・レジャー・ハンティングを認める姿勢との差はどう考えるのか。
・クジラを殺傷して研究する必要性をどこまで認めるか。

こうしたベーシックな立脚点を整理し、自身がどのような立場か、また相手がどのような立場かを整理すらしなければ、
それは議論ではなく、単なるヒステリックな叫びに過ぎないだろう。

さて、本書は捕鯨論ではなく、一民間研究者による、日本の鯨類研究の現状と問題点を指摘する本である。
(それなのに、「捕鯨を認めるか否か」という点からのみ読めば、当然「何が主張したいのか分からない」となるだろう。
それは誤読というか、言いがかりのようなものだ。)

著者は、鯨に獲りつかれ、一主婦の立場ながら国立科学博物館に出入りするようになり、
国内に漂着した鯨類の処理、解剖(及び解剖学的知見の研究)、標本化を行うようになった方である。
また同時に、写真による個体識別に取り組み、国内外の研究者と連携して様々な鯨類の個体プロファイルを構築している。
ただし、国立科学博物館の職員というわけではなく、民間人という立場であり、本書後半でも独自の道を進んでいる。
著者としての肩書も「海の哺乳類情報センター代表」となっているが、2016.6時点では特定非営利活動法人としてもホームページとしても確認できなかった。一個人の取組みなので、団体の看板は下ろしたのかも知れない。
その点から批判されやすいのかもしれないが、
だからといって本書の内容や著者の成果が否定されるものではない。

本書で指摘されている大きな点は、2005年時点までの日本の鯨類研究の問題だ。
今でこそ、深海研究の一環(「鯨類群集」という生態系の存在)として着目されているものの、
生物としての鯨類研究が日本で大きな成果を上げているとは、僕も聞いたことがない。
特に不思議なのは、調査捕鯨を行っているが、その科学的成果のアナウンスが一般向けには殆どんない(ように見える)ことだ。

そして本書で大きな問題として指摘されているのが、1999年前後の日本の状況。
海外研究者が日本にDNA分析機器を持ち込み、国内に流通している鯨肉を分析したところ、
調査捕鯨対象種以外の種が多数含まれているという事実が判明した。

既に国外ではDNAサンプリングが確立しているため、どの個体かまで特定できたという。

なぜ調査捕鯨対象種以外の種が流通しているのか。それを国外研究者が追究したが、
(少なくとも本書刊行時までに)日本政府や国内の研究者からの説明無かったという。

かなり大きな問題と思うが、(僕が見過ごしていただけかもしれないが)記憶にない。

調査捕鯨を推進している日本として、またそのマスコミ、研究者として、
そのような姿勢で良いのか-というのが、本書の指摘である。

もう一点、著者や国外研究者の研究により、多くの鯨類の肉にはPCBやドーモイ酸が含まれていることが判明した。
ドーモイ酸とは天然由来の貝毒の原因物質。記憶障害や脳障害、場合によっては死に至る場合もあるという。
この事実を、鯨由来食品が多く流通している日本では、適切に報道していないのではないか、という指摘がある。

さらにもう一点、軍事演習レベルのソナー実験では、それにより鯨類が耳や脳に障害を受け、死亡するという因果関係が認められている。これがアメリカでは問題となり、アメリカ沿岸でのソナー実験は禁止された。
だが本書刊行時点では、アジアと日本周辺では可能のまま、という。
日本周辺が可能となったのは、当時の日本人研究者による論文がなく、日本近海には鯨はいないという理屈が通ったから、という。
この点について、著者は科学者の怠慢として糾弾している。

これらの指摘が含まれている本書、どう読んでも「何が主張したいのか分からない」という読みにはならないだろう。
鯨類研究の状況を知る上にも、一読して損は無いと思う。

なおAmazonレビューでは、「クジラのPCBが天然起源であることを示す論文が、Science誌2005年2月11日号に発表された」のに、
その直後にクジラのPCB汚染を指摘する本書は「極めて悪質」という指摘がある。

気になってScience誌2005年2月11日号を検索。
日本語ダイジェスト(EurekAlert! 日本語)を発見した(PDFで読める)。
"Two Abundant Bioaccumulated Halogenated Compounds Are Natural Products"
 E.L. Teuten, L. Xu and C.M. Reddy at Woods Hole Oceanographic Institution in Woods Hole, MA

これを読むと、「クジラの脂肪中に2種類の、ヒト母乳に蓄積される難燃剤に類似した生化学的構造を有する化合物が発見された。当該化合物は、おそらく藻類あるいは海綿によって自然に生み出されたものと思われる。」という論文のようだ。
「ヒト母乳に蓄積される難燃剤に「類似した化合物」」と、ちょっと話が違う。

こうなると気になって仕方がないので、Scienceのオンラインに登録(無料)して原文にあたってみた。
もちろんスラスラ読めるはずもないが、どうも発見されたのはメトキシ化された(化学は良く分かんない)ポリ臭化ジフェニルエーテル、MeO-PBDE。少なくとも、PCBとは別物である(「PCBに匹敵する濃度で生物濃縮されている」という趣旨でPCBが出てくるようだ)。

一方、本書で指摘されてるのはPCB。それについては、国も調査結果を出している。
例えば「鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査結果について 平成15年1月16日」。
(本書では「シャチやミンククジラから高濃度」とされているが、こちらの調査結果ではそこまでではない。
様々事例があるという話かもしれない。それこそ、これらを総括的に分析するのが科学であり、公表するのが行政の仕事だろう。
Google検索でも平成14年前後の情報が上位に出てしまうが…。)

いずれにしても、
 「クジラのPCBが天然起源であることを示す論文が、Science誌2005年2月11日号に発表された」 のに刊行された本書は、「極めて悪質」だ
とするAmazonレビュー、意図的かどうかは知らないが、この方がむしろ「悪質な」ミスリードと思う。

もちろん、僕の読解が誤っている可能性もある。気になる人は、ぜひ原文にあたってほしい。
そしてこうした毀誉褒貶にこだわらず、自身のスタンスで本書を読んでいただきたい。

【目次】
1 クジラって、どんな生き物なの?
2 衝撃の幕開け…日本で売られているクジラ
3 クジラを解剖してわかること
4 新種クジラ、ツノシマクジラとの出会い
5 欧米諸国と日本
6 ここまで深刻となった海洋汚染
7 クジラよ永遠に
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「カバに会う―日本全国河馬めぐり」明日は、カバになりたい。  

カバに会う―日本全国河馬めぐり
坪内 稔典



何も考えず、動物園の動物を5種あげてみよう。
僕は、「ライオン、キリン、ゾウ、トラ、カバ」だった。
人によっては、ゴリラが入ったり、サイが入ったりするかもしれない。
「ライオン、キリン、ゾウ」あたりは不動の3種と思うが(トラ派の人ごめんなさい)、
カバは-、正直、サイと一緒に5~7位を争うあたりかもしれない。
動物園の記憶を思い出しても、カバの姿は思い浮かばないのである。

野生だと非常に危険な動物だと聞いているものの、
動物園だと、コンクリートの広場と汚れたプールのどちらかで、たゆたうカバ。そんな感じだ。
正直、「カバを見よう」と思ったことはない。

だが、著者は思ってしまったのである。
カバに会おう。それも、日本中のカバに会おうと。
そしてカバの前で、1時間はいようと。

雑事に追われる日々からすれば、とても贅沢で、素敵な時間の使い方である。羨ましい。
じっと見ていれば、野生動物は様々な姿を見せてくれるものだ。

普通は。

カバは、じっとしている。これほどカバを愛する著者が訪れたところで、
特筆すべき行動(といっても、「変わった」行動ではない)をしてくれたのは少ない。
多くは、「プールに沈んだまま」「寝転がっていた」「いっこうに動かない」。
さすがはカバである。泰然自若というか、悠悠自適と言うか、自暴自棄というか。

そんなカバとの出会いの繰り返しの本が面白いのかと思われるだろうが、
実は何とも味わい深い本なのだ。

著者は、俳人。「マシュマロジージ」とお孫さんに呼ばれる程度の御年齢だ。
カバを愛するあまり、自身が代表を務める俳句雑誌「船団」の特集で、
全国の会員に日本各地のカバに会ってもらい、「日本河馬図鑑」という特集を組んだほどである(「船団」1994.3)。素晴らしい。

そして本書は、それらのカバに会う旅だ。
「日本河馬図鑑」の時には◯◯さんが出会ったカバ。
△△動物園のカバの子ども。
まるで、文通(例えが古いですね)でしか知らない旧く長き友に会いに行くようなときめきが、ある。

また、先々で引かれる様々なカバの句。

「桜散るあなたも河馬になりなさい」(坪内稔典「落下落日」)
「春を寝る破れかぶれのようにカバ」(同)
「水中の河馬が燃えます牡丹雪」  (同)

著者によるこれらの句を始め、多くの人が、カバを通して季節を、人生を、その刹那を詠んでいく。

生物好きが動植物に会った時は、識別であったり、形態であったり、
どうしても「その種が何か」を見ようとすることが多い。
それは確かに楽しみ方の一つではあるものの、
著者のように、ただ出会いを楽しみ、その刹那の情景を心に刻むことも、また素敵ではないか。

人生は色々あるし、日々の生活も大変である。
人それぞれ、悲しみも苦しみもあるだろう。
だが、一度きりの人生。カバになる時も必要だ。

「桜散るあなたも河馬になりなさい」

「誰もがカバになれるのだよ」と、ネンテンさんが囁いているようだ。

【目次】
1 わか目もふらずカバのもとへ―九州篇
2 カバに触った!―中国・四国篇
3 糞がちりますカバの園―近畿篇
4 ゴッドファーザーの末裔―中部篇
5 河馬の馬鹿―関東篇
6 カバに近づく―東北・北海道篇
7 あなたも河馬になりなさい―番外篇
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「イルカの不思議: 2時間で生まれかわる皮膚? アゴが耳? 驚きの能力に迫る!」 海のトリトンもびっくりだ!!(古い)   

イルカの不思議: 2時間で生まれかわる皮膚? アゴが耳? 驚きの能力に迫る!
村山 司



特定の種の研究者が、対象生物に関するベーシックな話題から、自身の研究分野まで展開して紹介するもの。
コンパクトながら、毎回質が高く、楽しい一冊である。

本書のテーマはイルカ。
哺乳類でありながら、海棲生物として成功した種。
その立ち位置は、いわば、鳥類におけるペンギン。
圧倒的な身体能力で海に適応したタイプで、頭がよい、優しいというイメージが強いが、
本書でもまずはその卓越した身体能力が語られる。

例えば、
流線形で最も抵抗が少ないのが縦と横の割合が1:5であり、
イルカの体高と体長の割合がこれにちかい、とか、
皮膚が2時間ごとに更新されており、一日に12回も入れ替わっていること、
血液にヘモグロビンが多く、また筋肉にも酸素と結びつくミオグロビンが多いこと、
低酸素下では、心拍数を減らして脳や心臓だけに集中させるなど、
これらは、生物進化の潜在的な力を見せつけるものといえる。

また、人間は左右の目からの視神経が両方の脳の半球に入るが(左右両方とも、視神経は途中で枝分かれし、左右両方の半球に入る=脳全体で理解する)。
ところがイルカは、左目は右半球、右目は左半球のみに入るため、片目ずつ(左右の脳半球ごと)に機能している。
ここから、さらにイルカは左右の半球単位で「眠る」(半球睡眠)ことが可能という。
この半球睡眠は渡り鳥でも見られるそうだが、左右の脳の使い分け、人間と全く異なる脳の使い方というのは、
とても興味深い分野である。

こうした脳力の潜在的な可能性を踏まえて、後半は、著者の研究分野であるイルカとの音声コミュニケーションが語られている。
イルカに言語を教える方法はもとより、それを実際にこなす個体がいることなど、進展が気になる研究である。

特に僕としては、サルなど個体の持つ意識や社会性が人間と同じ線上にある生物と違い、
全くバックボーンが異なるイルカと、どこまでコミュニケーションできるのかが興味深い。

ところで、著者のように特定の動物種と話ができるとしたら、あなたは何を選ぶだろうか。
イヌやネコというのもメジャーなところだが、僕は、まずはぜひアオサギと話がしてみたい。
池の畔でよく佇んでいるアオサギ。
アオサギ201502
きっと奴は、何も考えていないはずだ。それを確かめたい。

なお、九州では、エイを飲み込めずに困っているアオサギを見たことがある。
食えるはずがない。やっぱり何も考えていないに違いない。
DSCN1718

【目次】
第1章 イルカとはどんな生き物か
第2章 イルカの驚くべき能力
第3章 群れをつくるイルカ
第4章 賢いイルカ
第5章 イルカと話したい
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北極にマンモスを追う 先端科学でよみがえる古代の巨獣  

北極にマンモスを追う 先端科学でよみがえる古代の巨獣 (角川ソフィア文庫)
鈴木 直樹



マンモスは、まだシベリアのどこかにいるのではないか。
そんな夢を、実は抱いている。

実のところ、多くのマンモス(様々な種がある)が絶滅したのは1万1000年前頃だが、
孤島タイプの小型マンモスであるウランゲリ島のコビトマンモスMammuthus exilisが絶滅したのは紀元前1700~1800年頃。
生物種としては、生き残れるポテンシャルはあったようだ。
(しかし主な絶滅原因が伝染病という説もあり、難しいところだが。)

ただし、その目立たないとは言えないサイズ、
地球全体の環境変化、
そして何より、地球の隅々まで進出した人間の活動から考えれば、
生きているならとっくに見つかっているだろう。
だから、夢なのである。

さて、筆者はそのマンモスを、生物として研究している。
すなわち一般的な化石による骨情報だけでなく、永久凍土から稀に発掘される凍結したマンモスを用いた研究だ。

凍結したマンモスと言えば、近年では、
愛知万博において展示されていたことが記憶に新しい。

実は、あのプロジェクトは、著者によるものであり、
本書は、マンモス研究者として単身ソ連(当時)に乗り込んでから、
愛知万博でユカギルマンモスを展示するまでの、
研究人生の総括である。

さらに文庫では、「あとがき」「あとがきのそれから」で、以降の状況についても言及されている。

凍結したマンモスを発掘することが大変だろうことは、漠然と分かる。
だが、そのための物資輸送、発掘したマンモスの輸送、
CTスキャンのためのカプセルづくり。
そして、万博という体制に組み込まれた事による弊害(発掘事業の一方的な縮減、コンテナサイズの勝手な変更等)など、
多くの難問が舞い起こる。

それらを時系列で辿り、研究(及び研究体制づくり)を確立していく姿は、まるで冒険小説のようだ。
愛知万博のユカギルマンモスは見に行かなかったのだが、それを猛烈に後悔させる一冊である。

なかなか興味深い分野だけに、著者による別の本も期待したい。

【目次】
第1章 いにしえの巨獣、マンモスの謎
第2章 北の大地での出会い
第3章 冷凍マンモス発掘プロジェクト
第4章 「ユカギルマンモス」に会いに行く
第5章 マンモスを日本に輸送する
第6章 マンモスの体内へ
終章 タイムトラベルの夢は続く
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