ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

この薬があって、良かった!「世界史を変えた薬 (講談社現代新書)」  

世界史を変えた薬 (講談社現代新書)
佐藤 健太郎



医学史の本を読むたびに、特にこの100年くらいの医学・薬学の進化には驚かされる。
逆に言えば、
100年前の医学では、現在だと容易に助かる負傷・病気も、助からない。
今に生きていて良かった、とつくづくと思う。

本書は「世界史を変えた」というタイトルだ。
ダイレクトに歴史を動かした薬も、もちろんある。
だがその多くは、その薬によって極めて多数の人の健康維持が可能となり、
以降の世界状況が一変するような「薬」が取り上げられている。

キニーネ、麻酔薬、消毒薬、サルファ剤、ペニシリン、アスピリン。
一般的には、そもそも普段の生活で意識することすらなく、
傷病を得て病院に行った際、知らないうちに処方されるくらいだろう。
それほど「当たり前」なのだ。

だが本書によって、これらの薬が発見されるまで、
実用化以後の状況を比べれば、そのインパクトの大きさに驚かされる。

さて本書の特徴は、それぞれの薬の「物語」が語られていることだ。
どのような切っ掛けで、それぞれの薬が見出されたのか。
それぞれを巡る発見上の争いや、商業上の争い。

また最終章で語られるエイズ治療薬については、
登場時点では人類を滅ぼすかのように語られていたエイズに対し、
日本人が突破口を拓いたという、おそらくあまり知られていないストーリーが紹介される。

人により、また立場により、
「世界を変えた薬」については、本書以外にも思いつくだろう。

だか紛れもなく本書にある薬が欠けていれば、
人類は今の生活基盤まで達成できていなかっただろう。

それを改めて実感するために、手軽に読める本書は有用である。

なお、各イラスト等が正確さに欠けたり説明不足であるとの指摘もあるが、
本書のスタンスから考えれば、まずはストーリーを知る本と思うべきだろう。

【目次】
第1章 医薬のあけぼの
第2章 ビタミンC 海の男たちが恐れた謎の病気
第3章 キニーネ 名君を救った特効薬
第4章 モルヒネ 天国と地獄をもたらす物質
第5章 麻酔薬 痛みとの果てしなき闘い
第6章 消毒薬 ゼンメルワイスとリスターの物語
第7章 サルファ剤 道を切り拓いた「赤い奇跡」
第8章 サルファ剤「奇跡の感染症治療薬」誕生の物語
第9章 ペニシリン 世界史を変えた「ありふれた薬」
第10章 アスピリン 三つの世紀に君臨した医薬の王者
第11章 エイズ治療薬 日本人が初めて創った抗HIV薬
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弱さは、悪ではない。「キラーストレス―心と体をどう守るか」  

キラーストレス―心と体をどう守るか (NHK出版新書 503)

NHKスペシャル取材班



正直なところ、僕は気が弱い。
失敗を気に病み、クヨクヨし、不安に囚われるタイプだ。
他人に気を使う集団スポーツも苦手である。
それでも何とか生きているが、いやはや大変である。

世の中を見渡せば、他人とコミュニケーションを取ることが全く苦にならない人も多い。
ただ、羨ましい訳ではない。
その情熱を僕に向けないでください、と願うばかりである。人は人、我は我。

さて、そんな日々で見つけたのが本書「キラー・ストレス」。
今後の人生の役に立てばと入手した。

そしたら冒頭、
「生きている限り、ストレス・フリーの状態が訪れることはない」。
仕事のミスや対人関係のトラブルといった、分かりやすいストレスではなく、
実は仕事の成功も、次のステップに進むためのストレスに成り得る。
それどころか、結婚、子どもの誕生などのライフイベントといった嬉しく感じる変化も、ストレスとなり得るという。
救いがないじゃーん。

それどころか、子どもの頃にストレスを受けると扁桃体が大きくなり、
扁桃体が大きい程、小さなストレスも過敏に影響を受けることになるという。
そういえば僕も、ゴニョゴニョ。
また、本書では、特に記憶と感情に関わる「海馬」は3~5歳、左脳と右脳を繋ぐ「脳梁」は9~10歳、思考や行動を司る「前頭前野」は14~16歳にダメージを受けやすいという研究結果も紹介されている。

子どもの頃のストレスは、その時点どころか、その人生全てに悪影響を及ぼす可能性がある。
子育て中の家族はもとより、子どもと接する時には注意したい。

さてその扁桃体、人混みや騒音などの刺激によって反応し、ストレス反応を呼び起こす。
スマートフォンでごく僅かな隙間時間でも情報を入手できる今、
言い換えれば、ごく僅かな時間でもストレスを発生しているわけだ。

さて、本書では生理的なメカニズムも多々紹介されているが、それは割愛するとして、
ああ、あるなと思ったストレスを悪化するスタイル。「マインド・ワンダリング」。
目の前の現実ではなく、過去の出来事や将来の不安に考えを巡らせる状態。
まさにクヨクヨする、将来を不安に思うという思考方法そのものである。

こうしたストレスを回避する手段として、例えば「コーピング」が紹介されている。
自身のストレスの内容やレベルを冷静に判断し、それに見合った気晴らしを行うというテクニックだ。

重いストレスが発生したら、とっておきの気晴らし。
軽いストレスには、軽い気晴らし。
また、「頑張るストレス」にはダウン系、「我慢するストレス」にはアップ系と、
どのようなストレスに対し、どのような気晴らしが有効かを実感し、ストレスの蓄積を回避する方法である。

気晴らしの方法はとにかく多く見つけ、「コーヒーを飲む」「近所を散歩する」「図書館に行く」など、なんでも良い。
とにかく、数多あるストレスに対し、自身の防御策を見つけることが重要らしい。

こうしてストレスを客観的に認識していけば、
扁桃体の活動を抑え、ストレス反応を抑えることも可能だというのが、現在の最先端の研究だという。

詳細については本書を読んでいただくか、
NHKオンデマンドで過去放送を見て頂くのが良いだろう。
(元の番組ホームページはこちら)
また、ストレスに関する対処法本は、確認していないがたぶん多数あると思う。

世の中には、理不尽な出来事と人が蔓延しているものである。
それに巻き込まれないよう、また自分自身がその一翼を担わないよう、ストレス回避のテクニックを身につけておきたい。


【目次】
第1章 これがキラーストレスの正体だ
第2章 脳を破壊するキラーストレス
第3章 体をむしばむストレスの暴走
第4章 対策1 脳を変化させる運動と病を防ぐ食生活
第5章 対策2 ストレスを観察し対処するコーピング
第6章 対策3 世界の注目を浴びるマインドフルネス
終章 ストレスから子どもを守る
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毒蛇の恐怖と闘い、礎となったある医学者の記録。「完本 毒蛇」  

完本 毒蛇 (文春文庫)
小林 照幸



沖縄方面の旅行―特に野鳥などの自然系の楽しみをしていると、やはり頭の片隅に気になるのはハブである。
僕は沖縄本島・石垣島・竹富島・与那国島へ行ったが、幸いというべきか、
ハブ属のうち最も危険なハブProtobothrops flavoviridisがいるのは、このうち沖縄本島のみ。
沖縄本島では通常の旅行コースだったので、ハブとの出会いはなかった。

ただ実際のところ、現在の旅行者は、おそらくあまり「恐ろしい」というイメージは無いのではないか。

それはもし噛まれたら、「すぐに病院に行って血清を打てば良い」というイメージがあるからだろう。
だが、その血清が造られ、そして多くの人が有効に活用するまでは、ハブとはいかなる存在だったのか。
そして人々は、どのようにしてハブ毒に立ち向かったのか。

それを凝縮したのが、本書「完本 毒蛇」である。

著者は、「死の虫 - ツツガムシ病との闘い」(レビューはこちら)でも、医学者の闘いを再現した小林氏。
ただ、実は本書の方がデビュー作。
しかも著者自身、本書の主人公である沢井芳男医師に師事していたことから、濃密度では明らかに本書が上だ。

本書は、ハブ毒の血清が既に完成していた昭和32年から始まる。
沢井医師は、自身が製造しているハブ毒に誇りを抱いていた。これさえあれば、ハブ毒で人が死ぬことは防げる。
当時の医学界では、「血清」の有用性を疑う者はいなかった。

だが、同僚の医師に、ハブ咬症の現場を見るべきだと促された沢井医師は、
奄美大島での現実に打ちのめされる。

絶大な自信を持っていた血清。
それは、冷蔵庫での保管が必要だが、当時の奄美大島、特に僻地では、電力自体がほとんどない。
まして冷蔵庫などない。
また無医村も多く、そのような地では、咬まれた患者を数十km離れた医師まで連れて行かなければならない。
道は悪路。オート三輪があればまだ良く、おぶって行くことも珍しくない。

一方、ハブ毒は致死性もさることながら、注入された毒によって激しい壊死が発生し、あっと言う間に肉や骨が腐り、悪臭を放つ。
多くは血清を打てず、死亡するか、壊死によって四肢を失っていた。

「自身の製造している血清は、役に立っていない。」
現実に打ちのめされた沢井医師は、血清の乾燥化、そして壊死を防ぐ薬の開発を決意する。

時代は昭和30年代。ろくな研究費はなく、凍結乾燥機も米軍の払下げ品。
だが奄美大島の現状を目の当たりにした沢井医師は、同僚や奄美大島の人々と一丸となり、
ついに世界初の乾燥血清を精製する。
ところが意気揚々と現地でデモンストレーションをすると、今度は「溶けない」というハプニングが発生する。
乾燥血清が精製できたという嬉しさのあまり、「蒸留水で簡単に溶けるもの」と思い込んでいたためだが、
これほどの凡ミスすら発生するほど、沢井医師は義務感とプレッシャー、そして一日でも早くという焦りに追われていたのだろう。

それでも様々な研究を経て、応急用に用いて壊死を防ぐEDTAと乾燥血清を開発、そして血清は静脈注射すべきという改善策も得た。
乾燥血清は保存期間も長く、無医村でも保管が容易だ。
こうして奄美大島のハブ禍は漸減していく。

さらにまだ米軍統治下にあった沖縄に招聘され、次は世界初のハブ毒の予防薬、ハブトキソイドの開発に取り組む。
「血清」という事後の薬があるため、誰も気づかなかった蛇毒の予防だ。
沢井医師はこれも開発に成功し、昭和40年から接種を開始する。

昭和40~42年に奄美大島と沖縄で発生したハブ咬症患者は、1907名。
うち、ハブトキソイドを接種していたのは168名だった。
このうち壊死を起こしたのは5名(2.9%)。
一方非接種者1542名のうち、壊死を起こしたのは150名(9.7%)だった。
悲惨な壊死を防ぐという沢井の願いは、ついに結実したのである。

さて、本書は「完本」である。
実は「毒蛇」「続毒蛇」の合本であり、これまでのハブ毒の話は「毒蛇」本書ではちょうど判断、第一部にあたる。
(それでも200pオーバーなので、普通の文庫一冊分のボリュームはある。)

後半の「続毒蛇」は、続いて台湾の毒蛇禍に挑む沢井医師の物語だ。
台湾は毒蛇の種数も多く、ハブの仲間のような出血毒もあれば、コブラのような神経毒もある。

沢井医師はアルバイトとともに台湾全島を調査し、それまで放置されていた毒蛇禍の現状を調査する。

その結果浮かび上がったのは、毒蛇の種数もさることながら、医者の問題だ。
台湾では漢方などの伝統医学者を「中医」、西洋医学者を「西医」と呼び、
蛇に噛まれたらまず「中医」へ。中医で治らなければ西医へ行き、そこで初めて血清を打つことになる。
すなわち、毒性が強かったり、手遅れの患者だけが血清を打つことになり(もちろん死亡する)、
逆に「西洋医学は効かない」というイメージが定着していた。

血清の活用以前の問題に途方に暮れる中、
沢井医師が同行している医師のもとに、最も毒性が強い毒蛇、ヒャッポダに噛まれた少女が搬送されてくる。
現地の医師ではなすすべもなく、全身から出血し、衰弱していく少女。

一方、ハブ毒の壊死患者を扱ったことがある沢井医師は、このような患者には血清や輸血だけでなく、止血剤やステロイド等も費用であり、血清も通常の2倍、3倍必要だと直感。
現地医師に遠慮していたが、少女の「いたいよう」という日本語に動かされ、ついに進言する。
その結果、少女は危険な状態を脱した。

これらの経験が礎となり、台湾でも徐々に「蛇に噛まれたらまず西医で血清を」という意識が定着していく。
そしてついに、致命率の高いヒャッポダとタイワンアマガサヘビの毒の予防薬(トキソイド)を開発し、その接種に取り組むに至る。

毒蛇に咬まれるという事態は、現在日本では、おそらくほぼ縁がない。
だがほんの数十年前は、毒蛇によって命を失い、腕や足を失った人が多数いた。
それを改善したのが、沢井医師だ。

偉業というより、その努力を知らなかったことを悔やむほど、
沢井医師や、その協力者が成し得たことは、大きい。

本書はマイナーな分野であり、なかなか手に取る人も少ないと思う。
だがぜひ、可能な限り多くの方に読んでいただきたい。
埋もれた名作。全国の図書館・中学校・高校の図書室必置と言うべき本だ。

【目次】
第1章 奄美大島
第2章 奄美から沖縄へ
第3章 ハブトキソイドへの道
第4章 毒牙の列
第5章 中医への挑戦
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category: 医学

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西洋医学における、エポック・メーキングな疫学調査。「医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎」  

医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎
サンドラ ヘンペル



現代日本では、医学といえば西洋医学を指す。
漢方医学を「漢方」と略すことはあっても、西洋医学を「西洋」と略すことはない。
この言葉一つとっても、日本の西洋医学への信頼度の高さが伺える。

世界的に見れば、やはりその国の伝統医学のウェイトは高い。
例えば中国・台湾では漢方などの伝統医学者を「中医」、西洋医学者を「西医」と呼ぶようだ。
伝統医学を頭から否定する気もないし、
いずれが効くか―というのは論争は別の話なので、横に置く。

ただそれでも、やはり西洋医学の発展が、極めて多数の人々を救ったこと、
そして人類の叡智の重要な礎であり、また最先端であることには変わりはない。

その萌芽は、やはり18世紀。
解剖医のジョン・ハンターらが、実際の人間の体に即した医学を求めた時代だろう。
その話は、「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 」(レビューはこちら )に詳しい。

そして、ジョン・ハンターが拓いた医学が、「実際の人間に即した医学」であれば、
本書の主人公、ジョン・スノウは、「実際の現象に即した医学」を拓いた、と言って良い。

「疫学の父」と呼ばれるジョン・スノウは、1813年生まれ(1813年 3月15日~1858年6月16日)。
ジョン・ハンターが1728年生まれ・1793年没だから、時代的にはほぼ100年後に活躍したことになる。

しかし、ジョン・スノウが医学を学んだ時代は、
ジョン・ハンターによって解剖学を踏まえた医学の重要性は認められていたものの、
未だ系統だった医学教育はなく、解剖実習用の死体も(ジョン・ハンターの時代と同様)死刑囚か、盗むしかなかった。

だがそれでも、少しずつ近代医学は歩み始めている。
例えば麻酔だ。当時は頭を殴る・酒を飲ますといった麻酔(のようなもの)から、
エーテル麻酔、クロロホルム麻酔へと発展していく時代。
ジョン・スノウは麻酔投与法を研究し、女王の出産時の麻酔も担当するほどとなっていた。

一方、当時イギリスをたびたび襲った疫病があった。コレラである。
ジョン・スノウが生きた19世紀半ばは、まさにコレラが、初めて世界的なパンデミックとなった時代である。
当時の人々の衛生環境や栄養状態もあるためか、その症状は激烈を極めた。
強烈な吐き気と下痢。発症から数時間で、患者は脱水症状が進み、痙攣や体温低下、皮膚の乾燥による風貌の変容を経て、死に至る。

特に1854年8月、ブロード・ストリート一帯を襲ったコレラは激烈で、
通常の経過を辿る時間も惜しみ、人々の命を奪った。
10日間で死者は500人を超え、終焉した1月後には900人以上が死亡したという。

なぜこの一帯だけで、コレラが蔓延したのか。

コレラの伝染経路を研究していたジョン・スノウは、ブロードストリートの惨状を地図に落とし、
かねてから提唱していた「水」による経口感染の可能性を検証していく。

病気になったのは誰か。
そして、なぜその人が病気になったのか。

ジョン・スノウはついに感染経路と発端にあたる患者第一号(インデックス・ケース)を突き止め、水こそが感染源であると証明する。
もちろんこの説が、ただちに歓声をもつて受け入れられたわけではない。当時の主流だった瘴気説などからの反論もあった。
だが以降、様々な時期・場所でのコレラ感染が検証され、ついにスノウの説が認められていく。

そして「実際の現象に即した医学」は、やがて疫学として結実する。

疫学とは、本書ではこのような定義が引用されている。

健康にかかわる状態もしくは事象がある集団に起こる分布と決定要因を調査し、それを応用して健康上の問題をコントロールしようとする研究


現在からよみかえせば、ごく当たり前の学問だ。

だがその発端は、多数のコレラによる多数の犠牲者と、ジョン・スノウの努力があった。

本書は当時のイギリス医学界の現状を極めて具体的に再現し、その制約下でのスノウの偉業を明らかにする。
実のところ、スノウが活躍するのはほぼ後半の1/3のみ。
「医学探偵」というタイトルどおりというか、
まるで島田宗司氏による御手洗潔シリーズのような、思わせぶりな主役の活躍ぶりである。

そのため、やや通読には難儀するが、言い換えれば読み応えのある一冊。
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 」と併せて読めば、
医学の発展した時代に生まれて良かったと思うこと、間違いなしである。

【目次】
はるかな旅
国中が息を殺して
必死の探索
コレラ来襲!
外科医見習い
ロンドンでの修業
風変わりな人物
悲惨な状況
ひとすじの光
センセーション
大実験
疫病がこの家にも
壮大な構想
結果はクロ
ミドリムシと赤い綿花
評決
大団円
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category: 感染症

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脳の損傷が、脳の秘められた謎を示す。「奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき」  

奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき
ジル・ボルト テイラー



様々な病があり、様々な人がいる。
時に、その病(またはその器官)の専門家がその病に罹ることがある。
そして、専門家であるが故に、語り得る「病状」がある。

例えば、本ブログでも紹介しており、おそらく多くの方にも読まれている本として、「医者が末期がん患者になってわかったこと」(レビューはこちら)がある。
残念ながら回復することはかなわなかったが、遺された本書は、多くの方の参考になっているだろう。

本書は、若く優秀な脳学者として活躍していた著者が、
ある日突然(認識していなかったが、時限爆弾のような先天的な血管異常があった)脳卒中を起こし、
左脳を損傷してしまう。

様々な偶然や幸運があり、何とか助かったものの、
血管が破裂した瞬間から、思考能力や言語能力はどんどん失われていった。
本書では、その強烈な体験―恐らく多くの人が体験したことがなく、体験した時は生死がかかっている―を追体験することが可能だ。
それだけでも、脳卒中の症状の一つを知り、自分自身や、周りの人が「万が一」の際に、
少しでも理解し、行動する助けとなるだろう。

また、治療から回復に至るまでの過程において、
脳卒中患者が何を必要とし(著者は脳を休めるために、とにかく睡眠が必要だったという)、
どのように尋ね、どのように接するべきかのヒントも得られる。

一般の患者のように、部屋を明るくすることが必要なのか。
外界に膨大に溢れている様々な情報―音、文字、匂い―が負担ではないか。
その患者の脳機能の損傷を知るうえで、 質問の方法や回答までの時間は妥当なのか。

脳の損傷個所により、おそらく態様は様々なのだろうが、
だからこそ、本書のようなケースブックを読み、その患者が最も必要な状況を生み出すことが重要なのだろう。

さて本書は、ほぼ前半はそうした闘病記のスタイルであるものの、
その脳損傷の部位によるためか、著者自身の様々な「右脳体験」も語られている。
というか、本書後半は、そうした右脳生活への賞賛ともいうべきスタイルとなっている。

脳卒中より左脳を損傷した著者は、その直後から右脳のみがフル活動し、
自身や世界を認識するうえで、左脳によるフィルター・制限が解除された状態となった。
そこで体験したのは、
自分と自分以外の境界が消滅した結果の宇宙との一体感、
「現在」だけにフォーカスをあてる幸福感だ。
おそらく多くの方が似たような言葉で表現すると思うが、いわゆる「悟り」「解脱」「涅槃」といった境地である。
こうした体験を引き起こす能力が右脳に秘められているという事実を明らかにした点で、
おそらく本書は他の闘病記と一線を画すものだろう。

だが一方、こうした境地を体験した著者は、左脳による現実認識(過去と未来の認識や、
自分と他者との乖離感)を回復した現在も、「パワフルな右脳生活」の伝道者となっている。

(例えばTEDでも、著者による講演がある。)
ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作

こうした境地が、人々の脳の中に潜在的にある、という事実を示した点において、著者の体験は極めて価値があるだろう。

ただし、その右脳礼賛ゆえに、本書は、左脳の能力が無用であるとか、宗教的な境地こそが唯一のゴールであるかのように、極端な誤読や誤用がなされる懸念がある。

まずは脳卒中という自分や周囲の人がいつ発症するか分からない病について、
その当事者ならではの体験をしっかり知る機会として、本書を読みたい。


【目次】
脳卒中になる前の人生
脳卒中の朝
助けを求めて
静寂への回帰
骨まで晒して
神経科の集中治療室
二日目あの朝の後で
GGが街にやってくる
治療と手術の準備
いよいよ手術へ
最も必要だったこと
回復への道しるべ
脳卒中になって、ひらめいたこと
わたしの右脳と左脳
自分で手綱を握る
細胞とさまざまな拡がりをもった回路
深い心の安らぎを見つける
心の庭をたがやす

▼未読。この方は、また別の影響が出たようだ。

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