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ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

日本は既に周回遅れか。「宇宙ビジネスの衝撃――21世紀の黄金をめぐる新時代のゴールドラッシュ」  

宇宙ビジネスの衝撃――21世紀の黄金をめぐる新時代のゴールドラッシュ
大貫 美鈴



アメリカにはFFAが認可した商業スペースポートが10か所あり、宇宙産業の拠点となることを目指した経済開発が行われています。p194

イーロン・マスクが率いるスペースXが、開発したファルコン9。
ロケットが自律的に着陸するという光景は、宇宙開発テクノロジーの新時代の到来を象徴するものだ。


日本ではかなりニュースになったが、こうした華やかな部分に特化した報道に示されるように、
日本ではまだまだ宇宙開発はロマンの延長線上にあると思いがちだ。

だが世界は、既に商業ベースでの宇宙開発時代に突入している。
その現実をコンパクトに紹介するのが、本書だ。
著者は、アメリカの宇宙企業100社以上が所属する「スペースフロンティアファンデーション」のアジアリエゾン(大使)でもある。
外部の記者による短期間取材ではなく、
民間宇宙開発の内側にいる方による書であるだけに、紹介する射程、状況分析は的確だろう。

宇宙開発ビジネスといえば、スペースXをはじめとする商業ロケット開発が真っ先に思い浮かぶ。
だがビジネスとしてみると、それは氷山の一角に過ぎない。

商業ベースのロケット打ち上げを行うための商業用スペースポートの整備と、法律的なバックアップる
小型の衛星を多数打ち上げることで構築されるネットワークシステム。
宇宙から得られたデータを分析・提供する情報ビジネス。
宇宙旅行(ごく短時間の宇宙体験を含むサブオービタル旅行)と、それに付随する保険、宇宙服、宇宙食等のサービス。
そして、これらのビジネスに対する投資。
また、費用が低額になりつつある宇宙ロケットは、いわゆる新興国にも参入のチャンスが多いという事実。

これらの情報は日本では報道されることが少なく、
本書では、現時点の宇宙開発ビジネスにおける凄まじい潮流を実感することができるだろう。

そして、それらが示すのは、既に宇宙開発は国主導のものではなく、ビジネスであるという事実だ。

ところが翻ってみると、本書で触れられる日本のトピックは、圧倒的に少ない。
JAXAの活躍は知られているものの、それはビジネスではない。
日本は既に、宇宙開発ビジネスでは周回遅れとなっているのが現実である。
今後、本書で紹介された諸々のトピックが現実化・商業化されるだろうが、
おそらく日本という国は、それらのサービスの消費者にしか成り得ない。

次世代のビジネスの中心である宇宙開発。
日本がその蚊帳の外であるという現実も、本書は突きつける。

【目次】
はじめに

第1章
グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフト、アップル……
なぜ、IT企業の巨人は宇宙を目指すのか?
――BIG5が狙う「21世紀の黄金」

第2章
製造、サービス、流通、医療、農業、漁業、防災……
宇宙ビジネスは、私たちの生活をどう変えるのか?
――「地球ビッグデータ」が産業革命を引き起こす

第3章
小型衛星、宇宙旅行、月面探査、小惑星資源利用……
シリコンバレーが狙う新時代の金脈
――開拓精神を受け継ぐベンチャー起業家たちの夢

第4章
オービタル旅行、サブオービタル旅行、訓練、保険、宇宙服、宇宙食……
宇宙旅行はいつ実現するのか?
――圧倒的なコストダウンで実現間近の新経済圏

第5章
月面基地計画、月資源開発、有人火星探査、100万人経済圏……
月と火星に人類は本当に住めるのか?
――もはやSFではない「火星移住計画」の実現性

第6章
大手からベンチャーまで続々参入
宇宙という「未来産業」の幕開け
――デジタル化、IoT、AIへとつながる新市場の誕生

おわりに
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category: 技術

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国民食カレーに潜む謎。「幻の黒船カレーを追え」  

幻の黒船カレーを追え
水野 仁輔



玉ねぎを炒めてアメ色にするというプロセスは、日本特有のものである。
(p17)



日本でカレーライスを喰わずして成長することは、困難である。
また、小学校の野外学習で作った方も多いだろう。
小学生でも作れるほど基本的には簡単な料理だが、
一方で街中では、多種多様なカレー店が競い合っている。
これほど間口が広く奥行きが深い料理は、そうそう無い。

しかし、カレーライスは生粋の日本料理ではない。
インドを植民地していたイギリスから渡来した料理であり、
日本で知られたのは明治以降。
最も古いレシピも、1872年(明治5年)の「西洋料理指南」である。

しかし一方で、現在の日本の「カレーライス」は、
先祖であるインドのカレーとも、
由来であるイギリスのカレーとも全く異なる。
タマネギを飴色になるまで炒め、とろみがついたカレーと言うのは、日本独自のものだ。
伝来から100年余りで、「国民食カレーライス」を確立した日本人。
その情熱の歴史にも興味があるが、もう一つ、見過ごされている謎がある。

実際に、日本に渡来した時の「カレー」は、どのようなものだったのか。

通説では、イギリス海軍により、船内でこぼれにくくするために「とろみ」を付けたカレーが渡来したのが始まりと言われているが、
実のところ、当時のイギリス海軍において、どのような「カレー」が提供されていたのか、確実な証拠はない。

また、日本におけるカレーの調理方法の基本である「玉ねぎを飴色になるまで炒める」という工程も、
実はその由来は不明である。

これほどまでに国内で普及したカレーライスだが、
その端緒は、いわば「伝説」の域をでないのだ。

さて、著者の 水野 仁輔氏は、カレーライスの人である。
カレー好きが昂じて、「東京カリ〜番長」というグループを結成。
レシピ集やカレー店ガイドなど著書も豊富な、カレー研究家の一人である。

その水野氏が、この謎、
「日本に渡来したカレーとは、果たしてどのようなものだったか」という根本的な疑問に取りつかれた。
本書はその謎を解明すべく、水野氏が日本・イギリス・ヨーロッパを彷徨う記録である。

ただ、いわゆる研究書ではない。
水野氏は、カレー研究家といっても一般人に過ぎない。そこには仕事も家庭もある。
だが、カレーの謎に対する伏せがたい想い。
その葛藤に悩みながら、水野氏は一歩一歩進んでいく。
探究方法も、決してエレガントではなく、またシステマティックではない。

五里霧中の中で、一人のカレー愛好者が挑んだ日本のカレー伝来史の謎。
その探究過程を記録したノンフィクションなのである。

もちろん、本書の中で紹介される様々な日本・イギリス・ヨーロッパ各地のカレー事情や、
日本最初のレシピに記載された材料「赤蛙」の真の意味、
そして遂に巡り会った、ある「カレー」と、
それに用いられていた材料の謎など、興味深いトピックスも多い。

しかし何より、
これほど馴染んだ「カレーライス」について実際は何も知らず、
また謎が多いという事実に蒙を啓かれる思い、
そして水野氏の種々の経験の現場に同行する感覚など、
本書の魅力は、その臨場感にあるだろう。

未開の地・辺境の地に対する冒険の記録は多いが、
本書もまた、「日本のカレーライスの起源」を辿る、優れた「冒険の書」である。


【目次】
第1章 祖父はインド 父はイギリス
第2章 日本の港で足跡を探す
第3章 海軍カレー神話
第4章 ルーツを探しにイギリスへ
第5章 ロンドンの迷宮
第6章 パリのインド人
第7章 ベルリンの二人の女性
第8章 おばあちゃんのレシピ
第9章 歴史的な発見!?
第10章 アイルランド行きのフェリー
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category: 歴史

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科学分析の最先端と、歪み。「江戸の骨は語る――甦った宣教師シドッチのDNA」  

江戸の骨は語る――甦った宣教師シドッチのDNA
篠田 謙一



控えめにいっても、現在の基礎学問は危機的な状況にある。
(p151)



ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッチGiovanni Battista Sidotti。
1708年(宝永5年)、鎖国下の日本に布教のため渡来。
髷を結い、武士の身なりに帯刀して屋久島に上陸。
しかし当然ながら怪しまれ、すぐに捕まえられ、江戸に護送される。
江戸では新井白石が尋問を担当し、得られた知見から「西洋紀聞」と「采覧異言」を書く。
また同時に、シドッチの人柄に惹かれたのか、白石は本国送還を上策として提言する。

だが結局、シドッチは宣教しないという条件で、拷問も囚人的な扱いも受けることなく、
茗荷谷(現・文京区小日向)にあった、過去にも宣教師が収容されていた切支丹屋敷へ幽閉された。

ところが世話役の2人に洗礼を施したとして、3人とも地下牢に入れられる。
それからほどなくして1714年(正徳4年)10月21日、46歳で衰弱死した。
その遺体は、2人と共に切支丹屋敷に埋葬された。

そして2014年。
この切支丹屋敷跡地を発掘中、3体の人骨が発見される。
一体は早桶に入れられたもの。2体は長持ち(直方体の大きな箱)に入れられていた。
この3体の遺体は、シドッチらなのか。
だとすれば、どの遺体がシドッチなのか。

本書は、その遺骨の調査を嘱託された国立科学博物館が、
形態的研究やDNA分析を行い、その謎を解明していく物語である。

江戸時代のキリシタンの埋葬方法といった歴史的トピックや、
DNA分析の基礎、
またミトコンドリアDNA分析(ハプログループと呼ばれるミトコンドリアDNAの変異をベースにした人種集団のグルーピング)、や核DNA分析(SNP分析と呼ばれる遺伝子変異をベースにした人種集団のグルーピング)などの原理と結果など、
DNA分析の最先端とその応用を楽しめる一冊となっている。

状況証拠から、3体のうち1体がシドッチであることは間違いないのだが、
現代科学がいかにしてそれを決定していくか、そうした謎解きを楽しめるだろう。

と同時に、冒頭にも引用したが、本書はこうした基礎科学の危機を世に問う書でもある。

今回の遺骨は、マンション建設のための調査において行われた行政発掘により見つかったものだ。
このため、区が主導しているものの、発掘しているのは民間業者、発掘資金もマンション施工主の負担とである。
そもそも、国立科学博物館が主体的に調査・研究したものではない。
まずこの点、「成果(特に経済的効果)が出る研究にしか予算を出さない」という日本の愚かさが、
「国立」の博物館でさえも主体的な研究が困難という愚かな状況を産みだしている。

そして、この行政発掘というシステムから、
区からすれば、国立博物館が単なる人骨調査の下請け調査機関的な位置づけになってしまう。
このため、最先端のDNA分析の成果や、江戸時代の宣教師シドッチの遺骨発見という歴史的ニュースが矮小化され、
国立科学博物館は主体的な論文発表すらできない状況に陥ってしまう。

詳細は本書に記されているが、それでも著者らは、
世間の風潮に押されて姿勢を変える区との折衝を重ねながら、
何とか今回の成果を発表し、また展示等でアナウンスすることができた。

だが経済原理を優先するシステムが、一歩間違えれば、
日本という国の歴史の手掛かりも、
また最先端の科学技術を用いた成果も公表されず、ひつそりと博物館の倉庫に眠ることになっていたのである。

以前からもそうだが、最近も基礎的研究の資金が激減している。
経済的成果が当初から見込まれなければ予算が付かないことが多いが、
正直なところ、「経済的成果があるか否か」を、予算担当者が正しく判断できるとは思えない。
「目先の利益」と、「将来的な利益」は全く異なるが、極めて近視眼的になっているのではないか。

その余波は、「国立科学博物館」にまで及んでいる。
その事実を痛感するためにも、本書は広く読まれるべきである。


【目次】
1 宣教師シドッチと切支丹屋敷の発掘
2 運び込まれた人骨の形態学的な特徴
3 DNA分析の基礎
4 DNA分析を開始する
5 次世代シークエンサによる分析のスタート
6 核ゲノムの解析
7 復顔プロジェクトと結果の公表
8 古代ゲノム研究の最前線
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category: 歴史

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出来ることからしか始められない。「「国境なき医師団」を見に行く」  

「国境なき医師団」を見に行く
いとう せいこう


下を向いていればその時間が無駄になる。
我々はできることをするだけだ。 (p380)



いとうせいこう氏の書は、本書と
ボタニカル・ライフ―植物生活 (新潮文庫)」(レビューはこちら)しか読んでいない。
だが、その2冊に通じて分かったことがある。
せいこう氏は、徹底して「主観の人」なのだ。

主観で語るということは、自身の眼、主体性、感覚、倫理等々、全てに責任を持つということでもある。
(「~と考える」と「~と考えられる」だけでも、その主体性には大きな違いがある。)

さて、「国境なき医師団」は、70数カ国に展開するグローバルな非営利組織。
正式名称は「Médecins Sans Frontières」、略称はMSFである。
独立・中立・公平の原則に基づき活動し、1999年にはノーベル平和賞を受賞した。
(日本でのホームページはこちらhttp://www.msf.or.jp/)

世界各地の紛争地帯に率先して入り、政治的立場に関係なく手を差し伸べる方針から、
ともすれば紛争に巻き込まれることもある。
その点について日本では批判的な声を聴くことがあるが、
果たして僕もそうだが、実際の紛争、難民が置かれた状況、
「国境なき医師団」を初めとする非営利組織の活動について、
どれだけの等身大の情報を持っているだろうか。

その「国境なき医師団」の活動を、せいこう氏は見に行く。
ということは、
とりもなおさず、彼らが必要とされる「世界の歪み」を見に行くということでもある。

そして前述のとおり、せいこう氏が主観の人であることから、
描かれる対象は、抽象化された組織としての「国境なき医師団」ではなく、
その中で活動する一人一人の人生、思考、
それぞれの現場の風景、日常、そして対象となる難民らの苦難である。

日本にいると、つい紛争現場の武力衝突のみが思い浮かぶ。
だが、それは始まりにすぎない。
そこから逃げ出す過程において、人々は更なる暴力・性暴力を受け続ける。
家族が殺され、または生き別れ、それでも生きるために国境を目指す。
そして、ようやく国境を超えても、今度は「政治的配慮」により難民となり、
閉ざされた難民キャンプで、延々と暮らし続けることになる。

そうした人々が、日々数百人以上押し寄せる場所。
その場所で、肉体的・精神的に傷ついた人々を癒すために活動するのが、
「国境なき医師団」である。

その活動は、単なる「理想論」では、不可能である。
薬一つとっても、限られた資金の中では、ジェネリック医薬品が有用となる。
また、途上国にではそれらの地域向けの価格設定もある。
だが、「先進国内に来た難民」には、途上国向けの価格設定は適用されない。
薬一つとっても、限られたリソースを最大限に活用する知恵が求められるのだ。

また、本書や類書でもよく取り上げられるのが、
物流面を担当するロジスティクスの重要性。
日本だと、つい医師・看護師の人数・質だけが取り上げられるが、
彼らが十分な活動を行うには、最低限の設備、滞在しつづける物資が必要である。
本書でも、そうした役割を担う人々が多数登場するが、
これからの日本の危機管理においても、ロジスティクスの配置は優先課題となるだろう。
(このロジスティクスが欠けている草の根的なNPOは、逆に迷惑をかけかねない。)

また、精神的なケアを担うスタッフが必須として在ることも、重要だ。
日本は緊急医療にしても被災地支援にしても、被災者・救援者問わず、
メンタルケアをおろそかにしがちである。
だが、傷は心にも在る。

根性、などというものは国際的な常識ではないのだ。(p360)



本書は、「国境なき医師団」に関するルポではあるが、
また同時に、世界の難民キャンプのルポでもある。
そして本書が示すように、
救援する側もされる側も、我々と全く変わりない人々である。
たまたま現在、彼らがそのような立場に在るだけなのだ。

中東やアフリカでの紛争と難民が世界的な問題となっているが、
もしアジアのどこかや朝鮮半島で紛争が生じれば、
日本も無関係ではいられない。

いや、むしろ日本こそ、近年の大規模災害をみれば、
いつ難民化するとも限らないのだ。
(実際、最近の震災では日本も「国境なき医師団」の活動対象国となっている。)

本書を読むことは、冷酷な現実と、
そこに手を差し伸べようとする希望を知ることである。

そして、自身に何ができるかを考えよう。
それが例え、どんな些細な事であっても構わない。
他者がどう言おうが、構わない。

もし誰かから、
(日本における「国境なき医師団」に対する無知から来る批難のように)
「そんなことをしても無駄だ」等と言われたら、
せいこう氏の言葉を借りて、こう告げよう。

出来ることからしか俺は始められないのだ。(p64)



【目次】
プロローグ
ハイチ編
ギリシャ編
フィリピン編
ウガンダ編
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category: 医学

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人類にとって、文明化とは何か。「辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦」  

辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦
高野 秀行,清水 克行



幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)」(レビューはこちら)を初めとする探検家・ノンフィクション作家の高野氏と、「耳鼻削ぎの日本史 (歴史新書y)」(未読)など、日本中世史を専門とする清水氏。
一見共通点はなさそうだが、「近代文明以前の世界を明らかにする」というスタンスにおいて一致する。
その媒介として選ばれたのが、8冊の本。タイトルのような怪書ではないが、
かといってノンフィクション・歴史書好きでも、なかなか手にとらない本たちではないだろうか。

これらを実際に読み、互いの経験と知識に照らしながら、書かれた世界を拡げていく。
読み手のバックボーンに左右されるが、うまく行けば、
こうした複数の「読み合い」からは、上質な化学変化が生まれることがある。
本書は、その成功例といって良いだろう。

取り上げられた本を見ると、
辺境の人々を取り上げたのものが2冊(「ゾミア―― 脱国家の世界史」、「ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観」)、

日本史研究に関するものが3冊、
世界史のなかの戦国日本 (ちくま学芸文庫)」、「旧石器・縄文・弥生・古墳時代 列島創世記 (全集 日本の歴史 1)
日本語スタンダードの歴史――ミヤコ言葉から言文一致まで

実際の史料、またはそれをベースにした小説が3冊である。
ギケイキ: 千年の流転 (河出文庫 ま 17-3)
将門記
大旅行記〈1〉 (東洋文庫)

これらを通して、2人は文字や近代的経済が無い時代や生活の在り方、
そうした世界に生きる人々や、そうした世界を選んだ人々、
そしてそこから近代にいたる道等を語り合う。

それはいわば、書物の上で辺境を旅し、それをルポするようなスタンスだ。

さらりと書かれた様々なトピックについても、
文明と原始社会の邂逅や、文明化に至る道のターニングポイントが示されており、
他書を読んだり、日本史・人類史を考える際にも役立つだろう。

例えば宣教師の布教手段として、その地の言語を調べあげ、
その地の言語をアルファベット表記できるようにし、まず聖書を翻訳する、という戦略。
日本における「日葡辞書」について、宣教師の言語学習の手掛かりのためと理解していたが、
こうした戦略を知れば、その言語学習も聖書翻訳という大目的のため、と知ることが出来る。

掲載された書をすべて読んでおけばより楽しめるだろうが、
読んでいなくとも、
二人の会話はその書に触発されて縦横無尽に拡がっている。
それを読む楽しみが、本書にはある。

その上で、自身の趣味嗜好とあわせて、
取り上げられている書や、その関連書を手にとっていけばよいだろう。

なお本書には前身として、
世界の辺境とハードボイルド室町時代」(未読)がある。
とりあえず、こちらも読んで見たいものだ。

【目次】
第1章 『ゾミア』―文明は誰のもの!?
第2章 『世界史のなかの戦国日本』―世界に開かれていた日本の辺境
第3章 『大旅行記』全八巻―イブン・バットゥータ三〇年の旅の壮大にして詳細な記録
第4章 『将門記』―天皇を名乗った反逆者のノンフィクション
第5章 『ギケイキ』―正義も悪もない時代のロードムービー的作品
第6章 『ピダハン』―あらゆる常識を超越する少数民族
第7章 『列島創世記』―無文字時代の「凝り」
第8章 『日本語スタンダードの歴史』―標準語は室町の昔から



















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