ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

古文書は、情報の宝庫だ。「中世の古文書入門 (視点で変わるオモシロさ!)」  

中世の古文書入門 (視点で変わるオモシロさ!)
小島 道裕



連綿と続く日本だが、それでも大きな断絶がある。
特に、明治維新だ。
政治的な機構だけでなく、話し言葉・書き言葉すら、大きく江戸時代から変わってしまった。
その結果、江戸時代に刊行された膨大な量の書物を読むことができる人間は、現在、極めて少ない。

いわんや、「刊行された本」という体裁をとらない文書に至っては、「読む」という行為すら思いつかない。

だが、それでも同じ日本である。「読めない」のは、悔しい。

そこで以前、「やさしい古文書の読み方 」(レビューはこちら )を紹介した。

同書は、
古文書とは何かかに始まり、書き方の作法、文書の仕組みを解説し、
その上で「くずし字」を読むコツを解説してくれた。
これ一冊で「読める」とは言わないが、「古文書は読める」と知ることは、確実にできる一冊であった。

一方本書は、対象を中世の古文書に絞る。
朝廷、幕府、戦国大名が入り乱れる波乱の時代。
それは、多くの文書が飛び交う時代でもあった。

恩賞、命令、軍令、主従関係。
様々な関係が、文書によって伝達された。

その多くの文書を、見開きで実例として紐解いていく。
特筆すべきは、その視点だ。
「文字を読む」ことも重要だが、本書では特にその形式に注目する。

中世の古文書では、宛名をどう、どこに書くか、
また差出人の名前をどのように、どこに書くかということにより、言外のメッセージを伝えることができた。
現代社会では忘れ去られてしまった、これらの「決まり」を、本書は教えてくれる。

また同時に楽しいのは、「花押」の成り立ちだ。

戦国大名の文書を彩る花押だが、その形成、書き方、特徴などは、
なるほどこれらの「文書史」を知ることで、具体的に理解できる。

本書では、足利尊氏、伊達政宗、織田信長、豊臣秀吉などの花押を例に、
その書き方、構成、そしてそこに籠められた「意思」なども紹介する。
「古文書の読み方」だけでなく、こうしたトピックを知ることができるのも、また楽しいところだ。

人生において、古文書を読むというシチュエーションがそう在るとは思えない。
だが、「古文書は当然ながら読めるものだ」と知っておくことは、日本に生きる者としては知っておくべきだろう。

【目次】
第1章 朝廷と天皇の文書
第2章 武家の文書
第3章 文書が残るということ
第4章 さまざまな契約書
第5章 組織と儀礼
第6章 戦国大名の文書
第7章 近世の文書へ

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category: 歴史

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ニホンオオカミ、廃線路橋  

〈2017/03/25土〉

久方ぶりに新刊書店へ。娘が6巻まで読み終わったので「ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~ 」を入手。
僕が読めるのはまだまだ先だなあ。
ついでに自分のための本を物色していると「ニホンオオカミは消えたか?」を発見。ざっと目次や参考文献を見ただけだが、かなり深く調査し、とても丁寧にニホンオオカミ問題を整理している感じ。期待が高まり購入決定。
まだ読んでいないが、雑誌「シンラ」で山根眞氏も問題提起していた「そもそもニホンオオカミとは何なのか」という種の記載に関わる問題も視野に含めながら、「ニホンオオカミは生きている」(レビューはこちら)での目撃事例、「オオカミの護符 」(レビューはこちら)で取り上げられたオオカミ信仰まで包含している。
ニホンオオカミについて単純化すれば、
「ニホンオオカミとは、どんな形態の生物か」という点について、学術的な整理がないまま、
「誰も見なくなったから絶滅ね」と結論付けたもの。
「見なくなった」のか「見ても分からなくなった」のかも曖昧。また「見なくなった」というのも、積極的に調査したわけでなく、「見たという記録が無くなった」という程度。
日本の動植物保護史における重要な問題を含むテーマなので、ぜひ多くの方に興味を持っていただきたい。

車検ついでに、またブックオフ。
子供が読むかもと考え、太宰の「晩年」、漱石の「こころ」を確保。
自分用には、まず「マイケル・ジャクソンの思い出」。以前読んだ「患者さまは外国人 無国籍ドクターと空飛ぶナースのドタバタ診療日誌」でマイケル・ジャクソンが受診しているエピソードがあり、とても驚いた記憶があったので、
同様に「日本人とマイケル・ジャクソン」のエピソードを知りたくなり購入。
マイケル・ジャクソン THIS IS IT」も見たけど、やっぱり「夢を与える人」として偉大と考える。
あとは、「東大教師が新入生にすすめる本 (文春新書)」を、自分の射程外の本を見つける手掛かりとして購入。寝る前にチェックする本にしよう。

さて、所用で宇多津中学校付近を通行中、古そうなアーチ橋を発見。
2017IMG_1165.jpg
位置からして古い鉄道跡と直感、降りてみた。予想通り説明看板もあった。
2017IMG_1166.jpg
明治30年(1897年)の讃岐鉄道から国鉄を経て、昭和63年(1988年)まで現役だったアーチ橋。
味わいのある佇まいである。
2017IMG_1167.jpg
ちなみにスタンフォード大学が公開している陸軍地図(昭和7年修正、まだ坂出市が「坂出町」だった時代)でみると、このあたりかな?
2017地図宇多津
こういうの見ると、ワクワクするね。















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category: 雑記:日々のこと

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ニセモノだからこそ、面白い。「ニセモノ図鑑: 贋作と模倣からみた日本の文化史 (視点で変わるオモシロさ!)」  

ニセモノ図鑑: 贋作と模倣からみた日本の文化史 (視点で変わるオモシロさ!)
西谷 大



ゼロ THE MAN OF THE CREATION」という漫画がある。
天才的な技術と豊富な知識、圧倒的な記憶力によって、依頼された品を完璧に複製・再現する人物の物語だ。
いわゆる贋作モノだが、ゼロが創るものは「本物」であるとされる。
なかなか面白い漫画なのだが、これが楽しいのは、現実世界でも常に真贋の問題があるためだ。

実際、驚異的な贋作者もいれば(未読だが「ピカソになりきった男」など)、杜撰なモノであっても、人を「騙す」ことさえできれば本物として通用し、社会を混乱させうる(例えば、「偽書「東日流外三郡誌」事件 」(レビューはこちら )など)。

また贋作は美術作品に限らない。
むしろ実用品であればこそ、ニセモノが介入する余地もある。
特に金銭に直結するモノ、例えば遺言書(「筆跡鑑定入門──ニセ遺言書、文書偽造を見破るには」(レビューはこちら ))にもニセモノは有り得るし、
ずばり偽札(「」レビューはこちら)になれば、国家レベルでの贋作づくりも有り得る。
(第二次世界大戦中の日本の偽札作りについては、「陸軍登戸研究所“秘密戦”の世界―風船爆弾・生物兵器・偽札を探る」(レビューはこちら) )でも取り上げられている。)

人の営みが損得勘定に左右される以上、ニセモノは人々の生活から切り離すことはできない。

そうすると、人がニセモノを造り、買い求め(騙される場合もあれば、知ったうえでの購入もある)、活用する姿というのは、まさに人の「民俗」そのものと言えるだろう。

本書は、「本物」を収集・展示することが使命の一つである国立歴史民俗博物館が、
あえてニセモノに注目した企画展、
「ジュラ紀から現代まで」とうたった「大ニセモノ博覧会」 から、そのエッセンスたる展示物を紹介したものだ。

例えば戦前までの日本では、ある程度の家には座敷があり、床の間があった。
床の間には春夏秋冬、また祭事に応じて掛け軸―書画をかける。
その「家」が地域を代表する資産家であれば、その書画は「由緒正しい作品」である必要がある。
そこに、ニセモノが介在する余地が発生する。

また、「由緒」といえば、そのものずばり「家の由緒」「特別扱いの由緒」もニーズがある。
本書で紹介されている例は、先祖が武田家に仕官したという「由緒」や、
また甲斐国で行われた特殊な換金法に基づき、年貢が低率になることが保証される「恩借証文」などだ。
精巧なものから稚拙なものまで、こうした偽文書造りが一般化していたことが伺える。

ちょっと脱線するが、「東日流外三郡誌」事件を引き起こした和田氏も、
こうした「古文書偽造」を商いとする系譜に連なる人物だったのだろう。

さて、本書で面白いのは、本物が存在しないニセモノ、すなわち空想の動物も取りあげている点だ。
具体的には「人魚のミイラ」である。
ペリーの航海誌には、和歌山を通過する際に「人魚のミイラを作っている」と記述があるらしく、
どうも人魚のミイラは特産物の一つだったようだ。

「大ニセモノ博覧会」の開催にあたり、人魚のミイラを借りることができなかったため、
筆者らは新しく作っていまう。
その「正しい作り方」を知っている人がいたというところが、面白い話である。

サルの上半身と鮭の下半分を組み合わせるといった基本的な技法は知っていたが、
実際に作るとなると、さらに様々なテクニックがあって興味深い。

生の素材をミイラ化させるために漬け込む液、その期間。
サルだと腕が長すぎるため、それを短くする配慮。
そしてミイラに古色をつけさせめための方法など。

いやはや、ニセモノ造りは奥が深い。


【目次】
第1章 ニセモノとおもてなし
第2章 なぜ偽文書は作られたのか?
第3章 パクリかパロディか
第4章 ニセモノを創造する
第5章 ニセモノから学ぶ

▼手軽に楽しめる。


▼未読。いつか読みたい。


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古書好き 連綿と  

〈2017/03/22水〉
ニッポン旅みやげ」読み始め。通常の観光地とは異なる土地、そこでの歴史の欠片を見つけるような本。
ぶらり途中下車の旅がしたくなる一冊。春になったら、何事もなかったら旅行するんだ(死亡フラグか)。
娘が「ビブリア古書堂の事件手帖 (6) 」まで読み終え、俄か古書ファンになる。
パラフィン紙やアンカットが良く分からないというので、手元の本や、何かに使えるかもと思って撮影していた実家にある本(近代文学館の復刻版「詩集 邪宗門」。本当に役に立つとは思ってなかった)の写真で説明。
アンカットの状態はこんなのである。
2017IMG_7334.jpg

他に古書はあるかというので、写真を撮っていた芥川の「羅生門」と太宰の「人間失格」を示す。

太宰は筑摩書房版なので価値はそこそこ。
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芥川は阿蘭陀書房版の初版(の筈)なのだが、やや痛みがひどい。函もないし。
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他にも三島由紀夫の署名本とかあった筈。
いずれ実家から持ってきたいが、置き場が悩ましい。
ただ、我が家に新しい本好きが生まれつつあることだし、
興味を深めるのに協力したいところ。
色々確執があったが、これらの本を遺した亡き祖父も喜ぶかと思う。
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古書と温泉  

〈2017/03/20月〉
会誌や諸々の文書を作成したりで午前中は沈没。午後買い物につきあい、特に自分の用事は無し。
夕方、心が折れそうだったので、雨中だったが初めての「仏生山温泉」へ。
温泉施設とは思えないオシャレな空間、ロビーには「50m古書店」(だったっけ?)と銘打ち、
古書も販売するという不思議な空間。
品揃えが多い訳でなく(文庫本数十冊と、ハードカバー20冊程度かな)、
何でこの本?という雑多なセレクションだが、雰囲気は楽しい。
なにしろ近くにブックオフがあるのが鬼門。絶対に通ってしまう。

〈2017/03/21火〉
ざっとだが「ヤマケイ新書 山岳遭難は自分ごと」を読了。道具の使い方・救助時のロープワーク・ビバーク時のツエルトの使い方等、シーンごとに、かなり具体的な方法が紹介されているのが特徴。
「セルフレスキュー」というタイトル通り、本書のノウハウを知り、練習しておくだけで、山でのトラブルへの心構えが変わってくると思う。
1,000m未満の低山であっても、山道を踏み外しての負傷や道迷いは有り得る。
また僕らのような野鳥観察でも、それなりに人気のない山道を行くこともある。学んでおいて損は無いし、本書を参考に装備を見直しておくことも重要と痛感。

それにしても、国立科学博物館の「大英自然史博物館展」、いいなあ。行きたいなあ。
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