ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

2017/7/15-7/22 買った本  

〈2017/7/15-7/22 買った本〉

最近ブックオフでの衝動買いが激しいので、Amazonの読みたい本リストが溜まる一方。
そこで、古本価格が下がっている本などをまとめて入手した(中には新刊もある)。
冷静に考えれば、バーチャルな積読がリアルな積読になったのだが、
まあ読みたい本が手元にあるのは良いことである。

レビュー出来るのはまだまだ先なので、例によってとりあえずのセレクトした理由と共に紹介。
立花隆の書評本でチェックしたためか、今回は宇宙関係が多い。

▼アポロ1号から始まった、月への有人探査ミッション。上下巻の大部な本だが、実際にアポロ計画に携わった多くの宇宙飛行士にインタビューした上で書かれたドキュメンタリー。これはじっくり読みたい。




▼こちらは日本人宇宙飛行士に関する本。
刊行当時も著者の独特の風貌で話題となり、なんだか便乗ブームだなあと感じて敬遠していたが、
かなり良い本との噂を聞く。なので、続編と共に購入。
そういえば、宇宙飛行士本人の本ってのは多いけど、家族の視点の本は少ないよね。




▼立花隆関連。「旧石器発掘ねつ造」事件はショッキングだったが、今から思えばSTAP細胞騒動の布石だったかのよう。この事件については詳しく知りたいが、かといって余り楽しい話題でもない。
手頃に状況を知るために、この本を選択。


▼日本書紀・古事記などにおける神々のモチーフや、各神話の歴史的な意味合い等に関する本は多い。
だが、そもそも日本書紀って、どのように成立したのか? 
その素朴な疑問を、当時の音韻学を踏まえて精査していく。
日本における丁寧な文献学の成果として、楽しみ。


▼暗号、古代文字というと必ず出てくるロゼッタストーン。その解読史をまとめたもの。
これは読んでおかなきゃな、という感じ。


▼ヒトラーは生きていてた!等のトンデモ話がある。
遺体を検視したソ連が隠蔽したのは、実はヒトラーではなかったためだ―等のストーリーが多いが、
実際のところ、検視状況はどうだったのか。本書が全てかどうかは知らないが、
歴史の事実をまずは知りたい。


▼1998年。自殺したいという女性に、ネット上で知り合った人物が青酸カリを送り、実際にそれで自殺。
送り主も女性の死を知り、自殺。
当時、ネットの闇的な雰囲気で語られていた印象があるが、実際の事件はどうだったのか。
独特な事件だっただけに、何が起こっていたのかを知りたい。


▼著者は、NHKのサイエンスZEROのコメンテーターも務める、科学ライター。
「仮説」というモノに焦点をあて、科学を論じる、よう。
ちょっとしたヒントが得られるかもとして購入。


▼奇書である。
「テロ爆弾」を軸に、その構造(といっても昭和前期のものだ)と歴史について、
テロ爆弾を造ったことがある人物ならではの視点による本。
面白いといったら不謹慎だが、こんな本があったんだなあ。


▼義手・義足を創っている会社について。もっと詳しく知りたい。


▼特に日本赤軍によるハイジャック史。現在からは想像もつかないが、かつては日本がテロ輸出国だった。


▼探検ものとして評価の高い一冊。いつか読もうと思っていたもの。


▼これもベストセラーとなった一冊。僕の通常のセレクションからは外れているが、
この本も、いつか読むだろうなと思っていた。


▼カミキリムシって良いよね。
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category: 雑記:日々のこと

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今年の山へは、スキルを持って。「山岳遭難は自分ごと 「まさか」のためのセルフレスキュー講座 (ヤマケイ新書)」  

山岳遭難は自分ごと 「まさか」のためのセルフレスキュー講座 (ヤマケイ新書)
北島 英明



山岳遭難や救助の事例集が多々刊行されているとおり、
楽しみの山を悲しみの山にしないよう、様々な方が啓発に努めている。

それを読むだけでも役に立つだろうと思うのは、
遭難は誰にでも起こり得ることであるだけでなく、
一度起これば、人生で最後の試練と成り得る可能性があるためだ。

例えば香川県では、1,000mを超える山は竜王山と大川山の2座しかない。
それでも残念ながら本書を読み終えて幾日も経たない2017年3月23日、
香川県内の五剣山(標高375m、ただし崩落の危険があるため山頂までは行けない)で、
滑落による死亡事故が発生した。

また、標高が低くとも、道迷いはいつでも起こり得るし、
一人で散策中に足首を捻挫することも有り得るだろう。

そうしたトラブルに、どこまで落ち着いて対処できるかが、
「遭難」になるか否かの分岐点だろう。

そして、トラブルへの対処能力は、様々なトラブルに対する知識と経験が左右する。

本書は、そうしたトラブルに対する知識、セルフレスキューに関するテクニックを、
東京都山岳連盟遭難救助隊隊長・日本山岳協会遭対常任委員会委員・日本レスキュー協議会委員という肩書を持つ著者が丁寧に誌上でレクチャーしてくれるものだ。

どのような装備が必要かといった基礎知識から、
助けを求める際の優先事項や伝達事項、
負傷者の搬送方法、補助ロープの使い方、
熱中症・低体温症に対する山中での対処法など、
多くの図と共に解説がなされている。

そしてそこで語られるのが、「一度やってみておけば良いだろう」という点。
本書によって知識は得られるとしても、
それがスキルになるまでには、やはり経験が必要だ。
それには実践あるべきだが、その本番が遭難時ともなれば、やはり事前に試し、
自分にできるスキルを高めると共に、何ができないかも見極めておく必要があるだろう。
それによって、正しい状況判断が可能になる。

本書では、実際の遭難事例が随所に挿入されており、
セルフレスキューを身につけていなかったことによる悲劇が痛感される。

上記のとおり、日本一小さく、山も低山が多い香川県でも、死亡事故は起こる。
それを踏まえ、ぜひ多くの方が本書を手に取ることを願う。

【目次】
第1章 山行計画
第2章 搬送法
第3章 補助ロープの使い方
第4章 救急法
第5章 ビバーク
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category: 技術

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「本」がもたらす、高揚と混乱。「世界を変えた10冊の本 (文春文庫)」  

世界を変えた10冊の本 (文春文庫)
池上 彰



本来、個体の知識や経験は、それ自体に留まるものだ。
だからこそ、その個体のみが自身の知識・経験を活用し、次世代に遺伝子を残すことが可能となる。

ところが人間は、高度な言語によって個体間における知の共有を可能にした。
その結果、共同社会での生存性が向上すると同時に、共同社会間での競争も激化した。

さらに人間は、言語を「文字」として刻み込むことを学ぶ。
これにより、人間の「知」は時空を超えることが可能となり、その発展は加速化された。

ただ、文字によるインパクトはもう一つ在る。

いかなる時空の人間であっても、文字に刻まれた「知」を共有することにより、
同一の共同体に属することができるようになった。
これは、人間以外にはありえない共同体である。

この、知を刻み込んだ「文字」の集合体が、形式は様々なあるとしても「本」である。

言い換えれば、人は一冊の本を核として、知の共同体を形成できるということだ。

そして、その「知の共同体」において、
実社会に対する行動を促進・制限されれば、それは人類の行動を変化させることになる。

本書で池上氏が選択しているのは、そうした「知の共同体」の形成によって、
人類の行動を変化させた「本」だ。
それを称して、「世界を変えた」と言っている。

収録されているのは、次の10冊。
【目次】
第1章 アンネの日記
第2章 聖書
第3章 コーラン
第4章 プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
第5章 資本論
第6章 イスラーム原理主義の「道しるべ」
第7章 沈黙の春
第8章 種の起源
第9章 雇用、利子および貨幣の一般理論
第10章 資本主義と自由

聖書やコーランなどの宗教的書物も有るものの、
一方で経済面での指針となった書物も多い。
これらは一般人には馴染みがないが、
近現代社会において政治経済を左右する層にインパクトを与え、
知らず知らずのうちに、僕らの生活に多大な影響を与えている書物である。

現代社会を形成するに際し、どんな本が人類の行動を左右したのか。
本書はそうした視点から、各書物のベーシックな概観を得ることが可能であり、
これらの本に興味が無い人ほど、読んでおいて損は無い一冊だろう。
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category: 読書

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「言葉」を巡る、伝説の冒険。「全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路」  

全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路
松本 修



全国各地津々浦々、今日もアホ、バカ、それを意味する様々な言葉が使われている。
香川土着民の僕はアホもバカも使うが、ホッコという言葉も理解・使用語彙の範疇だ。
これらの言葉はあまりに日常的過ぎるが、今から遡ること20年以上前、
「探偵!ナイトスクープ」http://www.asahi.co.jp/knight-scoop/という番組に、ある依頼が寄せられた。
「大阪生まれの自分はアホと言い、東京生まれの妻はバカという。この言葉の使い分けの境界はどこだろうか?」

「複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れ、さまざまな謎や疑問を徹底的に究明する」事をモットーとする高尚な番組(やや嘘)は、早速北野誠探偵を派遣する。
紆余曲折の結果、「アホ」と「タワケ」の境界らしきエリアを見いだして取材は終わるが、
では、バカとタワケの境界は? そして、西日本は全てアホなのか? と、次々と疑問が呈される。
これを解明することが宿題となり、
同番組では、全国のアホ・バカを意味する方言の悉皆調査に発展していった。

本書はその最初の依頼から、まさにこの本書を刊行するまでの、
同番組の取り込みをドキュメンタリーとして綴りながら、得られた成果を誰にでも分かるように丁寧にまとめあげた一冊である。

全国のアホ・バカを意味する言葉の分布については、もはや本番組の成果が定説となった感があるが、
なんと20系統もの単語に分かれ、それが京都を中心に同心円状に分布している。
これこそが柳田國男が提唱しつながらも、確証までは得られなかった「方言周圏論」の証拠である。
方言周圏論とは、京都のような文化的中心地から言語(単語だけでなく発音も)が周囲に拡がる一方、
次々と文化的中心地で新しい言葉が誕生した結果、同心円状に単語が分布するという見解だ。
この場合、遠い方がより古い言葉、中心ほど新しい言葉となる。
柳田國男は「蝸牛考」において「カタツムリ」という名詞からこの論を提唱したが、それ以外に新しい傍証が得られていなかった。

だがこの「探偵!ナイトスクープ」では、アホ・バカという言葉が、
明確に「方言周圏論」で説明できることを証明したのだ。
さらに本書では、他にもリコウという意味の言葉、かわいそうという意味の言葉など、
人々の生活に密着した数々の言葉が、アホ・バカと同様、「方言周圏論」で理解できることも示している。

当時は一地方番組でありながら、
日本の言葉、しかも時に蔑まれる「方言」について、その歴史的出自を明らかにしたという、
稀有のプロジェクトとなったのである。

全国の言葉が収録されているので、必ず貴方が慣れ親しんだ言葉も載っている。
それがどの程度の広がりがあるのか。そして、遠く離れたどの地域に、同様の言葉を用いる人々がいるのか。
現在は文庫にもなっている(「全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路 (新潮文庫)」未読。もしかしたら新しい知見が入っているかもしれない。)ので、ぜひ一人でも多くの方にお読みいただきたい。

なお、本書を読みながら思い出したことが二つ。
大学時代、国語の教官の部屋に本書が在った。
「これ面白いよ」とお薦めいただいのに、当時は堀辰雄で頭が一杯で読めなかった。
(堀辰雄に出会っていなかったら国語学がやりたかったのではあるが。)
20年以上経って宿題を果たしたことになる。
S先生、申し訳ありませんでした。

もう一つ。何かは忘れたのだが、「たがみよしひさ」のコミックのどこかに、
主人公が誰かを「コケ!」と罵倒するセリフがあった。
当時は「バカコケ」の「コケ」を意識的に短縮して使っているのかなと思っていのだか、
本書によると信州は「コケ」使用圏であった。
すなわち、僕が「ホッコ」と言うのと同じレベルの日常的言葉として「コケ」というセリフを用いたのだろう。
もう一度そのシーンを見つけたいところだが、難しいなあ。

【目次】
「フリムン」は琉球の愛の言葉
「ホンジナシ」は、本地忘れず
「アヤカリ」たいほどの果報者
「ハンカクサイ」は船に乗った
言葉遊びの玉手箱
分布図が語る「話し言葉」の変遷史
「バカ」は「バカ」のみにて「バカ」にあらず
新村出と柳田国男の「ヲコ」語源論争
周圏分布の成立
学会で発表する
「アホンダラ」と近世上方
江戸っ子の「バカ」と「ベラボウ」
「アホウ」と「バカ」の一騎打ち
君見ずや「バカ」の宅
「アハウ」の謎
「阿呆」と「馬家」の来た道
方言と民俗の行方

▼文庫はこちら。

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category: 語学

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「死者」とは、如何なる存在か。「身体巡礼: ドイツ・オーストリア・チェコ編 (新潮文庫)」  

身体巡礼: ドイツ・オーストリア・チェコ編 (新潮文庫)
養老 孟司



死者を弔う墓。
多くの人が石造の立方体を積み重ねた形式を思い浮かべると思うが、
日本でも有名な沖縄の亀甲墓や、地域によっては死体を埋葬する墓と拝む墓が別の両墓制などがあり、
地域によって様々な形態・墓制がある。

ヨーロッパ圏ともなれば、さらに異なる。
ハプスブルク家では、心臓だけをハンガリーに、残りの遺体はウィーンに埋葬する。
またユダヤ人墓地では、既存の墓を残すこと(名前を残すこと)が重要となる。
そして映画でもよく見るが、西欧圏の多くでは、墓は極めて個人的なものとして建立される。

そのような行為は、どのような思想が背景にあるのか。

一人一人の知・経験は、完全に同一のものはない。
同じ風景を見ていても、それぞれの人の視点は、それぞれ別の物語を見いだしていく。

本書は、解剖学者として生と死の関係に強い関心を抱く養老氏が、
東欧圏の墓を巡りながら、その文化的・地質的背景について思索を拡げるものだ。

明確かつ客観的な論理展開があるわけでもなく、
万人が納得できる結論が導き出されるわけでもない。

いわば、「投げっ放し」の本である。

結論を求める層にとっては消化不足に感じるかもしれないが、
おそらく本書は、そのような読み方をすべきではない。

本書は旅の記録である。
読者は養老氏と共に旅し、養老氏の独言を隣で聴いているのだ。
その独言をふまえて、読者自身でも様々に考えていく、本書の味わい方だろう。

共同体にとっての、死者の在り方。
生きている人々と断絶した存在とするのか、連続したものとみなすのか。

また、その社会にとって、死者を忘却することが是なのか、
永遠に記録することが是なのか。

生きている者の共同社会に対して、死者はいかなる存在なのか。
そうした死者観が墓制に反映されているという養老氏の指摘を知るだけでも、本書を読む価値がある。


【目次】
第1章 ハプスブルク家の心臓埋葬―ヨーロッパの長い歴史は、無数の死者と共にある
第2章 心臓信仰―日本人には見えない、ヨーロッパの古層
第3章 ヨーロッパの骸骨―チェコ、4万体の人骨で装飾された納骨堂
第4章 内なるユダヤ人―埋葬儀礼はヒト特有のもの
第5章 ウィーンと治療ニヒリズム―脳化社会と身体の喪失、その問題の萌芽を探す
第6章 自己と社会と―身体と表裏一体に存在する、意識と脳についての考察
第7章 墓場めぐり―死を受け入れた身体の扱われ方に表象する死生観
第8章 お墓が中心―名もない死体が目の前に流れ着いたとき、あなたは
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category: エッセイ

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